ジョブローテーションや投票システムもある!? 効率化を追求したアリ社会とは

SCIENCE

ジョブローテーションや投票システムもある!? 効率化を追求したアリ社会とは

北條 賢生命環境学部 生物科学科 教授

アリは公園や庭先などで見かける私たちにとって身近な昆虫です。童話でのキャラクターから、アリには仲間と仲良く協力し合う働き者のイメージがありますが、実はアリの社会は私たちが考えるような和気あいあいとしたものではないことがわかってきました。では、アリたちはどんな社会を生きているのでしょうか。また、私たちの社会とはどう違うのでしょう。アリの「社会性」を研究する北條賢先生に話を伺いました。

Profile

北條 賢(HOJO Masaru)

関西学院大学生命環境学部生物科学科 教授。博士(環境・農学/昆虫科学)。研究分野は化学生態学。神戸大学理学研究科特命助教、関西学院大学理学部准教授、同生命環境学部准教授を経て、2023年より現職。アリのフェロモンコミュニケーションの化学物質・行動・脳・遺伝子レベルでの解析や、アリとシジミチョウなどの共生関係についての研究に取り組んでいる。

この記事の要約

  • アリ社会には女王アリ、働きアリ、オスの3つの役割があり、働きアリの仕事は細分化されている。
  • 働きアリが女王アリの子どもを育てることで、効率的に遺伝子を残すことにつながる。
  • アリは嗅覚が発達しており、フェロモンを介したにおいのコミュニケーションをとっている。
  • 人間は自然の法則に倣うだけでなく、反面教師的に見る視点も必要。

女王アリのために働かない? 集団存続のカギを握る働きアリ

アリはコロニーと呼ばれる家族集団を形成して生活する「社会性昆虫」です。ではこの「社会性」は、人間社会のそれと同じ意味なのでしょうか。北條先生は生物学的な社会性の定義は、人間の社会性とはまったく別のものだと説明します。「社会性昆虫の中でもアリやミツバチは『真社会性昆虫』に分類されます。真社会性には明確な定義があって、繁殖を分業していること、親以外の個体も子どもの世話をすること、複数の世代が同居していることです」

この分業について、アリの社会には大きく分けて3つの役割があるという北條先生。「このうち2つは、よく知られている女王アリと働きアリです。これはどちらもメスで、女王アリは繁殖に特化した産卵するのみのアリです。働きアリは産卵以外の労働を受け持っていて、ワーカーとも呼ばれています。そしてもう1つ重要なのがオス。有性生殖のためにはオスという存在が必要です」

地上でオスと交尾した女王アリは巣を作り、卵を産みはじめます。女王アリには精子を貯蔵しておく器官があり、生涯にわたって少しずつ受精させながら卵を産んでいきます。なお、受精をしなくてもアリは産卵をすることができ、受精卵から生まれるのはメス、無精卵から生まれるのはオスなのだそう。そして女王アリの寿命は20年から30年と、昆虫の中では長寿の部類に入ります。

一方、働きアリの寿命は1、2年しかありません。女王アリと働きアリの寿命に大きな違いがありますが、生まれたときから差があるわけではありません。というのも、女王アリと働きアリは産み分けられるのではなく、同時期に生まれたアリの中から働きアリの育て方によって次世代の女王アリが決まるからです。「働きアリは女王アリのために働いているというイメージがあるかもしれませんが、実際はそうではありません。次の女王アリをつくるかどうかの決定権は、幼虫を育てている働きアリが握っています。働きアリは女王アリを使って、いかに効率よく自分の遺伝子を残せるか?という仕組みになっています」

私たち人間の場合、兄弟姉妹で遺伝子を半分共有し合う血縁度(2個体間の血縁関係を示す尺度、自分から見て同じ遺伝子が含まれているであろう度合い)は0.5の関係です。これに対して、アリやハチの姉妹は遺伝子の4分の3を共有しているので血縁度が0.75となります。

アリのメスの染色体は二倍体だが、オスはその半分の一倍体(半数体ともいう)。メスが自分の子供を産んだ場合、オスでもメスでも子供との血縁度が0.5になる。一方、姉妹との血縁度は0.75、オスの兄弟との血縁度は0.25になる。つまり、メスにとっては、自分の子どもを産むよりも、姉妹を育てることに貢献する方が自分の遺伝子をたくさん残せることになる。この血縁度はアリのほか、ハチにも該当する

つまり働きアリは自分でメスを産むよりも、女王アリが生んだ血縁度が高い姉妹の繁殖を助けた方が、より多くの遺伝子を残すことができるのです。「だからといって、女王アリと働きアリの利害は必ずしも一致していません。たとえば女王アリにとっては繁殖するメス(次世代女王)とオスを同じ数だけつくることが好ましいですが、働きアリにとっては血縁度が高いメスの個体が多くつくるほうが遺伝子をたくさん残せます。実際に、働きアリは女王が生産した個体の性比をコントロールして、働きアリにとって好ましい性比にしてしまいます」

ジョブローテーションに投票システム、アリ社会を支える仕組み

働きアリには、女王から誕生した幼虫を育てる以外にもさまざまな業務があります。業務をさらに細かく分業することで、結果的に協調的なふるまいをしているのです。この働きアリの業務は日齢によって変わり、生涯にわたっていろいろなタスクをこなしていくのだそう。具体的には、最初は巣の中の幼虫の世話に従事し、歳を取るにつれて巣の拡張工事や掃除など巣の外側のタスクへと変わっていって、最後は巣の外に出てえさを取る係に着任するという仕組みです。

アリ社会の分業の効率について、気に入っている論文があるという北條先生。「この論文では、たくさんの働きアリにマーキングすることで個体を識別できるようにして、各個体がえさを運ぶのにかかる時間とその頻度をすべて記録したとあります。その記録を見ると、個体によってえさを運ぶのがうまい、へたがあったんですが、エサ運びの専門家ほど運ぶのがへただったんです。運ぶのがうまい個体を専門家にした方が効率は良いはずですよね。つまり分業の本質は、そのときの一時的な効率アップをめざしたものではなく、さまざまな環境変動下でも集団として安定した作業効率を実現する、持続可能性をめざしたシステムではないかと考えています」

統制がとれたアリ社会ですが、だからこそ“監視社会”のような一面もあると北條先生は言います。産卵は女王アリの役割ですが、それは受精卵に限った話。働きアリにも生殖機能はあり、未受精卵を産卵することができます。しかし卵を形成する間は労働ができないので、働きアリたちはお互いを監視して産卵させないようにしているのだそうです。「働きアリが卵を作ると発生するフェロモンの匂いで、周囲の働きアリたちは状況を察知します。そして、みんなで卵を産もうとする個体に攻撃してストレスを与え、卵を産めないようにしてしまいます。みんなが産卵してしまうと誰も働かなくなってしまうので、監視と罰で社会を統制しているのです」。なお、何らかの理由で女王アリがいなくなってしまうと、強くて若い一部の働きアリが産卵を始めます。メスの卵を産む女王アリがいなければコロニーの成長は望めないので、自らがオスを生んで、自身の繁殖を優先することが理に適っているからです。

ここだけ聞くと恐ろしい社会のようですが、アリが発する別のフェロモンには民主的な投票システムの機能もあるといいます。「アリはえさを見つけると、巣への帰り道に“道しるべフェロモン”を点々と置いていきます。良いえさ場への道中にはみんながフェロモンを置いてにおいがどんどん濃くなるので、後からえさを探しに行くアリは、においの濃いところをたどっていくことで、数あるえさ場から効率よく最適なえさ場に行くことができます。いわば投票のような仕組みですね」

なお、巣の引っ越しにもこのフェロモンによる投票システムが使われています。いくつかの引っ越し先の候補地のうち、みんなが残したフェロモンが一定数を超えたところに決めれば、巣が分散することなく最適な引っ越し先が選べる仕組みです。「もちろんトップダウンで決定したほうが時間はかかりませんが、誤った結論を出してしまうことも少なくありません。アリの投票システムは、最適な答えを一番効率よく選べる集団の意思決定の仕組みだと思います」

社会生活の円滑化に重要なにおいのコミュニケーション

働きアリの産卵や投票システムからもわかるように、アリ社会での重要なコミュニケーションの手段がフェロモン。アリの体はさまざまな部位に外分泌腺があり、そこから警報フェロモンや道しるべフェロモンといった多様な化合物を出して、発達した嗅覚によって、においのコミュニケーションを取っています。

北條先生はアリのフェロモンに関する研究を行っており、働きアリの繁殖を抑えるクロオオアリの「女王フェロモン」の解析に成功しました。「女王アリだけが出すフェロモンで、働きアリはそのにおいを感知すると卵巣が縮小して繁殖をやめてしまうんです。女王フェロモンを受容することで脳が特定のホルモンを分泌し、その作用で繁殖がコントロールされているのではないかと考えています。単純な化学構造のにおい成分をかいだだけで卵巣が縮小してしまうのは生命現象として興味深く、分子レベルでの仕組み解明に取り組んでいます」。さらに同じホルモンが労働分業にも関係していることがわかっているそうで、このホルモンがどのように作用すれば、働きアリに巣の中で労働をさせたり、外へ労働に行かせたりするのか?というメカニズムの研究が続きます。

これほどまでに高い嗅覚機能を持つアリの脳は、触角葉(しょっかくよう)と呼ばれる嗅覚処理の一時中枢領域が肥大化し、においの受容体の数もヒトに並ぶほどだそう。そのため研究では、顕微鏡下で細いピンセットを用いてアリの脳を取り出して調べることも。「アリの頭部はほとんどが脳で占められていて、嗅覚のほか、私たちの大脳に当たる記憶や認知に関わる領域も非常に発達しているといわれています。かつてアリなどの社会性昆虫は、個体レベルでは賢くないものの、集団としてはうまく立ちまわれるのだと考えられていました。しかし最近の研究で、個体レベルでも高い認知能力を持っていることがわかってきています。脳の大きさがそのまま賢さを表しているとは一概にいえませんが、社会性を持つ生き物の脳が大きいのは、脳の大きさに反映されるような、何らかの機能を獲得したからではないでしょうか」

最後に、アリ社会の研究を通して、私たちが豊かな社会を築くためのヒントを北條先生に尋ねました。「人はつい、自然の法則はすばらしく、それに倣うべきだと考えてしまいがちですが、僕はアリの社会には人間社会の反面教師にするべき点も多くあると考えています。社会性の進化とは、いかに効率よく次の世代をつくるかということで、それを極めると、たとえばアリ社会に見られる監視社会になってしまいます。もちろんアリの社会は生物の現象としてすばらしく、美しいと思います。でも人間社会は、アリの社会とは別の到達点をめざすべきではないかと思っています」

取材対象:北條 賢(関西学院大学生命環境学部生物科学科 教授)
ライター:岡田 千夏
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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