世界で初めてブラックホールの存在を立証した天文学者の挑戦|ひもとく宇宙の浪漫 #1

RESEARCH

世界で初めてブラックホールの存在を立証した天文学者の挑戦|ひもとく宇宙の浪漫 #1

未知のベールに包まれ、私たちの好奇心を刺激してやまない対象、宇宙。「ひもとく宇宙の浪漫」シリーズでは、宇宙にまつわる研究者に、その研究内容や宇宙の浪漫について語ってもらいます。第1回は、世界で初めてブラックホールの存在を立証した中井直正先生。そもそもブラックホールとは何なのか、その存在はどう観測され、どんな謎が解き明かされていくのか。ブラックホールの浪漫に迫りました。

Profile

中井 直正(NAKAI Naomasa)

関西学院大学理学部 物理・宇宙学科 教授。理学博士。国立天文台教授、野辺山宇宙電波観測所長などを経て、現職。電波天文学的な観測により、銀河、銀河系、ブラックホールなどの構造や形成・進化の謎を解明する研究を行っている。現在は、地上最高の天文観測拠点である南極大陸内陸部の高原地帯に高精度の電波望遠鏡を建設する計画に向けて尽力。130億年以上先にある銀河を観測し、銀河の誕生と進化を研究する南極天文学を推進している。

この記事の要約

  • ブラックホールとは、強い重力により全物質が脱出できなくなる天体。
  • ブラックホールが存在する世界初の確証は、偶然の発見から得られた。
  • 南極にテラヘルツ望遠鏡(高精度電波望遠鏡)を建設できれば、宇宙初期の観測も可能に。

物質はおろか、光すらも脱出できないのがブラックホール。

「ブラックホールとは何か」という問いに、「一言でいえば、重力が強すぎて、物質も光も何もかもが出てこられない天体のこと」だと教えてくれた中井先生。なぜ脱出できないのか。地球を例に、こう説明します。

「たとえばボールは投げる速度が速ければ速いほど、遠くまで飛ばせますよね。地球の半径より遠いところまで飛ばせられれば、一周して戻ってくる。そして計算上、毎秒11km以上の速さで投げられれば、地球の重力を振り切って脱出できます(図1)。しかし仮に地球の質量を太陽の2,200倍以上に重くしたり、直径を2cm以下に圧縮したりすれば、重力が強くなり過ぎて、光の速さでも脱出できなくなる(図2)。地球はブラックホールになるというわけです」

(図1)毎秒11km以上の速さで投げれば地球を脱出させることができる
(図2)地球をどんどん重くしていくと、光の速さで投げても脱出させられないもの=ブラックホールになる

ブラックホールの存在が最初に予言されたのは1784年。イギリスの研究者が、ニュートンの万有引力の法則を用いて、「宇宙で最も速い光の速さで投げても脱出できないものが考えられる」という論文を発表しました。「しかし、その説明には問題点があった」と中井先生は付け加えます。

「光は質量を持っていないので、地球の重力で引きつけられないのです。現代的なブラックホール理論が発表されたのは1916年です。アインシュタインは一般相対性理論で、大きな質量を持ったものには強い重力が生じ、それを受けている空間が曲がると提唱しました。この考えを受けてドイツの研究者が、光は空間中を直進する性質があるものの、強すぎる重力を受ければ空間が強く曲げられ、もとに戻ってしまうので脱出できなくなることを解き明かし、これがブラックホールだと示しました」

ドイツの研究者、カール・シュヴァルツシルトが発表したブラックホールの原理

ブラックホールは重力圏にあるすべてのものを取り込んでしまうため、その存在を見ることはできません。「つまり厳密に言えば、『ブラックホールの発見』という事実はないんです」と中井先生は解説します。

「外側の動きから見て、いかに存在する確率が高いかを立証することが『ブラックホールの発見』と呼ばれています。銀河の中にブラックホールがあった場合、その重力半径の外側にあるものは吸い込まれず存在できるため、周囲にある星やガスからの光や電波は観測できますからね」

イギリスのドナルド・リンデンベルにより、銀河の中心に巨大質量ブラックホールがあるという理論が発表されたのが1969年。以降、ブラックホール発見の報告は数多くなされたものの、いずれも証明しきれていませんでした。星の集団でも説明できたのです。そんななか、世界で初めて「ブラックホールでなければ説明がつかない天体」を発見したのが中井先生でした。それはまさに「偶然の発見、セレンディピティだった」と振り返ります。

銀河M106の中心に見つかった水メーザーの円盤の模式図(作:加賀谷 穣)と、野辺山45m電波望遠鏡で見つかった水メーザーのスペクトル

ブラックホールの予言者が「26年間、この日が来るのを待っていた」。

中井先生がブラックホールの存在を立証するきっかけとなったのが水メーザーです。メーザーとは、レーザーと同じ原理で、光ではなく電波であるマイクロ波が放射されているもので、なかでも水分子から放射されるものを水メーザーといいます。1984年、ドイツの電波望遠鏡で、M(メシエ)106という銀河の中心に、とても強い水メーザーが出ているのが発見されたことが、すべての始まりでした。

「水メーザーは我々が住む天の川銀河のいろいろなところからも出ていますが、M106で見つかった水メーザーは天の川銀河のそれよりも百万倍も強い電波でした。その後、欧米の電波望遠鏡で何十回も観測されましたが、正体がわからない。1991年には、アメリカのグループが、この電波の強さが85日周期で強くなったり弱くなったりすることを見つけたと発表し、注目を浴びました。後にそれは誤りだったとわかりますが、なぜそんなことが起きるのかと興味をもったのです」

1990年頃までには、5つの銀河から強い水メーザーが放射されていることが確認できていました。そこで中井先生は、M106以外の銀河でも周期的な変化をしていないか、当時在籍していた長野県の野辺山宇宙電波観測所で観測することにしたといいます。

「5つの銀河のうち、日本から観測できるのはM106を含めた3つです。調べるには電波の周波数ごとに強さを測定できる電波分光計が必要でした。当時、海外の電波望遠鏡に備え付けられた電波分光計の数はせいぜい1~2台だったのですが、野辺山にある45m口径の電波望遠鏡は、世界で唯一8台もの電波分光計を備えていました。せっかくあるからとすべてを使って3つの銀河を観測したところ、M106に時速360万kmという超高速の動きを見せる水メーザーを発見したのです」

銀河発見から約70年、そんな動きをするものが確認されたことは一度もありません。中井先生は、「これが本当ならとんでもないなと、頭が熱くなった」と語ります。

「何かの間違いで、実際はこんな速度じゃないかもしれない。『見つかった』『すげぇだろ』とみんなに自慢して、あとから間違いだったとなると恥ずかしいでしょう(笑)。本当かどうか、1ヵ月は公表せずにチェックを重ねました」

3つの銀河を観測した45m口径の電波望遠鏡(国立天文台野辺山宇宙電波観測所提供)

手段を尽くして調べた結果、銀河の中心から出ている水メーザーであると確信。その内容を記した論文が、1993年、国際的な科学誌『ネイチャー』に掲載されました。

「内容を審査したレフェリーの一人は、『この論文を見た世界中の天文学者が、自分の望遠鏡のところに走っていくだろう』と書いていました。もちろん私も、この正体を探りたい。ちょうどその頃、アメリカが口径25mのアンテナを全米に10台配置した巨大な電波干渉計(VLBA)を完成したばかりだったので、共同研究を呼びかけたところ、これに応じてもらいました。結果、M106の中心核の周囲に、時速360万kmの速度で回転するガス円盤があることがわかりました」

ブラックホール発見当時のことを力強く語る中井先生

このときの観測により、ガス円盤の動きは、太陽系の惑星と同じく、中心に近いほど速くなるケプラー回転だとわかりました。その距離と速度から計算すると、中心に太陽の3,900万倍もの質量のものがあることになります。これは、星の集団でもガスでも説明がつかず、唯一、ブラックホールでしか説明がつきません。巨大質量ブラックホールの初の明確な証拠をつかみ、その成果は、1995年に再び『ネイチャー』に掲載されました。

「私たちの論文を見たリンデンベルは、『26年間、この日が来るのを待っていた』と手紙を送ってくるほど、非常に喜んでくれました。この発見は、従来の100万倍もの確度でブラックホールの存在を証明しましたが、その約2年後に、ドイツのラインハルト・ゲンツェルらが、我々と同じ確度で、地球のある天の川銀河でブラックホールを発見しました。その後も観測を続け、さらに1,000倍の確度で存在を明らかにし、2020年にノーベル物理学賞を受賞しました。ブラックホールを見つけたという意味では我々が最初ですが、彼らのほうがより確かな証拠を得たことが、ノーベル賞の選考評価になったのだと考えられます」

地上最高の天文観測拠点である南極から宇宙の謎を解き明かす。

その後も他の銀河でブラックホールを発見していった中井先生。しかしブラックホールがいつ、どのようにしてできたかは、まだ謎に包まれているといいます。

「ビッグバンにより宇宙が生まれ、7億年ほど経った頃には、すでに太陽の数十億倍の質量のあるブラックホールが存在していたことがわかっています。しかしその形成には、現在の研究だと数十億年はかかるとされており、矛盾が生じます。このような銀河の中心に存在する巨大質量のブラックホール誕生の謎を明らかにするためには、非常に遠方の宇宙初期での銀河とブラックホールの観測が必須です」

たとえば10万光年離れた天体から出た光は、10万年間、宇宙空間を飛び続けて地球に届きます。つまり今、地球から見えている天体の姿は、10万年前の姿だというわけです。同じように100億年前に出た宇宙の光が観測できれば、宇宙の初期の姿を知ることも可能です。中井先生は、この途方もない観測をするための準備に取り組んでいます。

「非常に遠くにある銀河のうち1割から2割しか可視光では捉えられていません。しかし高い周波数の電波でなら、観測することが可能です。たとえばテラヘルツ波(赤外線に近い電波)を捉える望遠鏡でなら、120億光年以上も遠い銀河も明るく輝いて見えるのです」

とはいえその電波は、大気中の水蒸気に吸収され、地上までなかなか届きません。そこで中井先生らは、2004年から南極大陸に天文台を建設する計画を進めています。

「観測に向いているのは、空気の薄い山、砂漠地帯です。地球上で一番大きな砂漠、かつ最も水蒸気が少ないのが南極大陸の内陸部です。標高も高いところで3,800mから4,000mほどあります。さらに年間の7割が快晴、9割が晴天。ここに月4個分の領域を一度に観測できる、12m口径の高精度電波望遠鏡を設置するのが、私の今の目標です。完成すれば、既存の望遠鏡で100年以上かかる観測が、1年で可能になります」

候補地は、昭和基地より約1,000km内陸にあたる場所。国立極地研究所が造ろうとしている「新ドームふじ基地」内に建設しようと進めています。

昭和基地より南の内陸部に位置する「新ドームふじ基地」が、地上で最も天文観測に適した場所と中井先生

「技術的な問題は山積みでしたが、多くの問題の目処は立っていて、現状、見込みがついていないのは金銭面のみになります。望遠鏡建設に20億円以上も必要となるため、寄付を募っているところです。すでに海外の天文学者たちからも注目をされているので、日本が主導する国際南極天文台として、何としても完成させたいですね」

小学5年生のとき、4つ上の姉が小さな天体望遠鏡を買ってくれたのをきっかけに、宇宙に興味をもったという中井先生。「宇宙は、本当は何歳なのか。ブラックホールは、いつ誕生したのか……。まだわかっていないことを知ろうとするのは面白い。とても夢があるでしょう」と、目を細めます。その笑顔には、研究者として宇宙と向き合うことのやりがいがにじんでいました。

天文台設立のため南極で現地調査をする中井先生

取材対象:中井 直正(関西学院大学理学部 物理・宇宙学科 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

この記事が気になったら、
感想と共にシェアください

  • X(Twitter)
  • Facebook
  • LINE
  • URLをコピー