想像することさえ難しい、“極端な環境”の天体を研究する|ひもとく宇宙の浪漫 #3

RESEARCH

想像することさえ難しい、“極端な環境”の天体を研究する|ひもとく宇宙の浪漫 #3

「宇宙」にまつわる研究者に、研究の最前線と宇宙の浪漫を語ってもらうこの連載。今回は、ブラックホールに代表される、人間には想像すらできないような「極端な環境にある天体」を研究テーマにする楠瀬正昭先生です。極端な環境にある天体は、なぜ生まれ、どのような状態にあるのか。そもそも“極端な環境”とはなんなのか。コンピュータシミュレーションによって、理論物理学と現実の天体を結びつけようと努力を続ける楠瀬先生に、その研究の魅力について語ってもらいました。

Profile

楠瀬 正昭(KUSUNOSE Masaaki)

関西学院大学 理学部 物理・宇宙学科 教授。1981年京都大学理学部卒業、1986年東京大学理学系研究科博士課程修了(天文学専攻)。1996年関西学院大学理学部 物理学科に赴任。宇宙にあるX線やガンマ線を放射する高エネルギー天体についての理論的な研究を進める。

この記事の要約

  • 何でも飲み込むブラックホールから「ジェット」と呼ばれる放射線が出ている。
  • ほとんどの銀河の中心には、巨大なブラックホールがあることがわかってきた。
  • ブラックホールが初めて観測される約50年前に理論物理学はその存在を予測していた。

ブラックホールから放出される「ジェット」の正体

「私の研究室では、地上の実験室では絶対に再現できない、人間が想像することも難しいような『極端な環境』にある天体の研究をしています」

楠瀬正昭先生は、宇宙に存在する「ブラックホール」や「中性子星」といった、特殊な天体のメカニズムを明らかにすることをめざす研究者です。現代の天文学では、大質量の恒星が寿命を終えて超新星爆発を起こすと、その残骸が原子ではなく中性子を主体とした半径10kmほどの塊になると考えられています。その非常に強い重力と磁力を持つ天体が、中性子星です。しかし中性子星にも自らを支えられる重力の限界があり、その上限を超えてしまった天体が、ブラックホールに変化すると推測されています。

「ブラックホールというと、非常に強い重力によって何でも吸い込んでしまい、一度取り込まれたら出てくることができない、というイメージが一般的ですよね。ところが驚くことに、ブラックホールは物質を吸い込むだけでなく、X線やガンマ線など、さまざまな放射線をものすごいエネルギーで放射しているんです。その放射は『ジェット』と呼ばれていて、遠く離れた地球からも、望遠鏡で観察することができます」

いったいなぜ、あらゆるものを吸い込んでしまうブラックホールから放射線が放出されるのか。その理由について、楠瀬先生は次のように説明します。

「高いところからものを落とすと、その物体は落ちるに従って、重量が加わって落ちるスピードが速くなっていきます。そのことを物理学の言葉では『位置エネルギーが運動エネルギーに変換された』と説明しますが、ブラックホールの周りでも同様に、重力で吸い込まれたガスなどが、ブラックホールの中心に近づくに従ってスピードが増していき、最終的に光の速さの99%以上の速度、つまり光とほとんど同じ速さにまで近づいていくのです。そうした凄まじい速さの物質は、ものすごいエネルギーを持ちますので、一部はブラックホールの重力を振り切って外に飛び出してくると考えられるのです。現在のところ、世界の天体物理学者の多くは、それがジェットを形作っていると考えています」

銀河の中心にある巨大ブラックホール

楠瀬先生は、ジェットが出てくるメカニズムを、実際のブラックホールと思われる天体の観測データを分析することで、解き明かそうとしています。

「20年ほど前に行った研究ですが、銀河系の中に無数にあるブラックホールと思われる天体から放出される、高エネルギープラズマ中の電子の分布関数と放射スペクトルについて研究を行いました」

楠瀬先生は、電子がブラックホールの近くでどれぐらい加速するかを方程式で導き出し、そのモデルを、地球から見てさそり座の中を2.6日の周期で周回している「GRO J1655-40」という星の観測データと比較しました。GRO J1655-40は「連星」と呼ばれる天体で、2つの星がグルグルとお互いの周囲を回りあっています。またこれまでの観察によって、GRO J1655-40は「主星」である天体の表面から出たガスが、暗い「伴星」のほうに吸い込まれていることがわかっており、ブラックホールの可能性が高いと考えられています。

「この天体をブラックホールとすると、その質量を太陽質量の7倍,プラズマ雲の大きさが400km、磁場の強さが3百万ガウス程度と想定すると、実際に観測されるガンマ線が、方程式で導き出したモデルで説明できることがわかりました」

太陽のような恒星は、超新星爆発を起こした後にぎゅっと縮んで直径数kmの大きさになると、重力が非常に強くなってある時点でブラックホールに変化します。GRO J1655-40もそのような恒星から生まれたブラックホールの一つと考えられます。 私たちの宇宙には、そのような小さなブラックホールが無数に存在することが最近の研究でわかってきています。

そして楠瀬先生は、GRO J1655-40のような小さなブラックホールの他に、宇宙には太陽の何億倍、何十億倍もの質量を持つ巨大ブラックホールがあるとも言います。

「これまでの宇宙の観察で、ほとんどの銀河の中心に、そうした巨大なブラックホールがあることがわかってきました。2020年には、おとめ座の巨大楕円銀河M87の中心にあるブラックホールの『影』が、世界で初めて撮影されたことが大きなニュースとなっています」

このM87の中心にあるブラックホールの撮影は、地球上の6か所にある8つの電波望遠鏡を同期させるとともに、地球の自転を利用することで、通常の望遠鏡をはるかに上回る性能を実現したことによって可能になりました。こちらの写真が、実際に撮影されたブラックホールの「影」の映像です。光の輪の真ん中にはっきりと黒い穴がぽっかりと空いているのがわかります。この巨大ブラックホールはその後の研究で、太陽の質量の65億倍~71.3億倍ほどの大きさを持つと解析されました。2022年には、この撮影を成功させた国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」は、私たちの太陽系が属する「天の川銀河」の中心にあると考えられるブラックホールの撮影にも成功しています。

2019年4月にイベント・ホライゾン・テレスコープによって撮像されたM87 中心部にあるブラックホールの映像(Credit: EHT Collaboration)

「こうしたブラックホールから出るジェットは、回るコマの軸のように2方向に飛び出していくという特徴があります。地球でも北極と南極では、夜空に輝く『オーロラ』と呼ばれる現象を見ることができます。オーロラは太陽から飛んできた電荷を持ったプラズマ粒子が、地球の大気の粒子とぶつかって発光することで可視化される現象です。北極と南極のみで観測されるのは、ぐるぐる自転する地球の地軸に沿って磁力が発生し、それに粒子が巻き込まれるからです。ブラックホールも回転するとともに、地球とは桁違いの磁力が発生していることから、同じようなメカニズムでジェットが2方向に拡散しているのではないかと考えられています」

アインシュタインの理論がブラックホールを予測

現在、楠瀬先生は主に、銀河の中心にあるブラックホールから出ているジェットについて、その放射のプロセスや、どんな種類の粒子が放出されているかを調べています。とはいっても、実際にブラックホールの近くに行って観察することは不可能ですので、コンピュータのプログラムコードをつくり、シミュレーションをすることにより、ブラックホールの物理状態を予測するのがその主な研究手法です。

「私の行っている理論物理学は、実験をすることがありません。宇宙や天体の状態について、自分の頭の中で考えて、コンピュータの計算力を借りて、整合性のある理論を組み立てることに面白さがあります」

宇宙にブラックホールという天体が存在する可能性があることに、最初に理論的なアプローチのきっかけを与えたのは、天才物理学者として知られるアルバート・アインシュタインでした。アインシュタインが1915年から1916年にかけて発表した「一般相対性理論」は、「重力」について新しい理解を人類にもたらしました。ピンと張った布に重い鉄の球を落とすと球の周りの布が沈み込みますが、重力もそのように、質量によって3次元の空間を歪めるのだと、アインシュタインは考えたのです。この一般相対性理論の考えを発展させてブラックホールの存在を予言したのが、カール・シュヴァルツシルトいうドイツの天文学者でした。シュヴァルツシルトは、「空間あたりの質量がある一定の重さを越えると、そこからはこの世で最も速い光ですら脱出できなくなる」と予想したのです。彼が理論的に導き出したブラックホールの存在は、その約50年後の1964年、観測によって証明されます。

「1964年に発見された、はくちょう座X-1と呼ばれる天体からは、強いX線が出ていることがわかりました。それまでX線を放つ天体が観測されたことはなく、しかもそのX線の強さが、極めて短い間隔で定期的に変化していることがわかりました。X線の変化の間隔が短いということは、『それを放出している天体の大きさが小さい』ことを意味します。計算すると、その天体は太陽よりもはるかに小さいはずなのに、質量は10倍以上あることがわかったのです」

楠瀬先生は、「人類が宇宙についてわかっていることは、まだ1%もない」と語ります。

人類が初めてブラックホールを発見してから約60年。それから現在までに発見されたブラックホールは、天の川銀河の中だけでも60個を越えます。イタリアの天体物理学者たちが今年2022年に発表した予測では、宇宙全体で4000京個(1000兆の4万倍)のブラックホールが存在するとされ、宇宙全体の質量の1%を占める可能性があると指摘されました。私たちのまったく想像もつかない環境にあるブラックホールも、宇宙的な観点から見れば、「ごくありふれた存在」であるということが、理論から導かれています。

「ブラックホールだけでなく、宇宙の質量の大部分を占めるとされる『ダークマター』や、『ダークエネルギー』といった存在も理論物理学では予想されていますが、いったいそれがどういうものなのか、現時点ではまったくわかっていません。望遠鏡や探査機で実際に宇宙を観察することはとても大切ですが、それだけではこの広大な宇宙全体のことは理解することが難しいのです」

ブラックホールの存在も、想像力と理論を積み上げることで宇宙の本質に迫る理論天文学によって、実際に観察される前に存在が予言されました。これからも楠瀬先生は、人間の想像を絶する「宇宙の極限の環境」に、人の思考の力で挑み続けます。

取材対象:楠瀬 正昭(関西学院大学 理学部 物理・宇宙学科 教授)
ライター:大越 裕
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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