馬渕磨理子×加藤雅俊。人生を豊かにする、スタートアップという生き方|特別対談 #1

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馬渕磨理子×加藤雅俊。人生を豊かにする、スタートアップという生き方|特別対談 #1

豊かな未来のための「知」を発信するウェブマガジン「月と窓」の新シリーズがスタート。実務家とアカデミアの視点から一つのテーマを掘り下げる特別対談です。

第1回は「スタートアップという生き方」をテーマに、経済アナリストで日本金融経済研究所の代表理事を務める馬渕磨理子さんと、スタートアップを研究対象にする加藤雅俊先生(経済学部 教授)が語り合いました。日本のスタートアップを取り巻く現状や今後のキャリア形成に重要な学び直し、スタートアップという生き方についてなど、お二人の活発な対話をお届けします。

加藤雅俊教授と馬渕磨理子さん(左から)

Profile

馬渕 磨理子(MABUCHI Mariko)

経済アナリスト。一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事、ハリウッド大学院大学 客員准教授。公共政策修士。京都大学 公共政策大学院 修士課程を修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのシニアアナリストなどを経て、現在勤務するファンディーノ社で日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。テレビや雑誌、Webメディアや講演会などでも活躍。「日本一バズるアナリスト」と言われる。『5万円からでも始められる! 黒字転換2倍株で勝つ投資術』『京大院卒経済アナリストが開発! 収入10倍アップ高速勉強法 』ほか著書多数。

加藤 雅俊(KATO Masatoshi)

関西学院大学 経済学部 教授、関西学院大学アントレプレナーシップ研究センター センター長。博士(商学)。一橋大学経済研究所専任講師などを経て、2010年に関西学院大学に赴任し、2018年より現職。専門は、産業組織論。近年は、スタートアップに関する実証研究に従事。アントレプレナーによる創業および創業後のスタートアップに対する支援の方向性に対して示唆を与えることをめざしている。近著に『スタートアップの経済学―新しい企業の誕生と成長プロセスを学ぶ』(有斐閣)がある。

この記事の要約

  • 失敗の原因が自分にあると捉えて向き合うことが次の成功につながる。
  • 目の前のチームに喜んでもらえるインプットがリスキリングの第一歩に。
  • 既存の組織で重ねた経験は、スタートアップにもおおいに生かされる。

失敗を許容できる社会になることが、スタートアップ発展のカギ

加藤:スタートアップは狭義では新たな事業を始めること、あるいは新しい企業を指します。新規参入によって競争が生まれれば市場が活性化され、最終的には世の中の質、我々の生活も豊かになることも期待できます。しかし政府の統計によれば、戦後1955年から1970年頃までは10%ほどあった開業率が次第に下がり、近年は5%ぐらいに落ちた状態が続いており、ここ10年ほどでも起業に関心を持っている人が3割ぐらい減ってきています。岸田内閣が2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ後押しに乗り出しましたが、日本では起業に関心を持つ個人が少ないことが課題です。

馬渕:そのあたりは国民性も関係しているのでしょうか。

加藤:新しいことにチャレンジするためには、失敗してもいい雰囲気が大事です。日本では、みんなと同じことをやりなさい、失敗を咎めるという教育が根づいていると思います。日本は、周りと違う行動を奨励せず、失敗を許容できない傾向が強いですが、これは起業の発想とは逆だと思います。

馬渕:確かにそれは感じます。絶対に失敗できない、となると挑戦もできません。私自身も多くの失敗を重ねてきて、今がありますから。

加藤:どうやって乗り越えてこられたのでしょうか。

馬渕:必ず「自分が悪い」と思うようにしてきました。決して人のせいにせず、なぜ失敗したのか、時間をかけて徹底的に自分と向き合ってみる。そうやって原因がわかれば行うべきことが明確になり、違うリスタートが切れるようになります。つい自分ではない部分に理由を求めたくなりますが、やっぱり原因の多くは自分にありますから。

加藤:それは、スタートアップの研究ともつながるところがあります。失敗をした場合、その原因が自分にあると捉える人と、他人や環境のせいにする人に大きく分かれます。まさに馬渕さんのように、自分に問題があったと考える人だけが、次の起業で成功する確率が高まることが国内外の研究から明らかにされています。周囲のせいにする人は失敗の原因を探らず学習をしないので、結局、次も変わらないということなのでしょう。

馬渕:研究結果として出ているのは、うれしいです。そういったことを知っているだけでも、人の行動って変わりそうです。学術的にもそうだよと言われたら、いったん愚痴を言うのをやめて考えてみよう、と思えるかもしれません。

加藤:学術研究にも意外と実生活につなげられるヒントが詰まっています。スタートアップの研究は生き方や働き方と関連することが多いので、日本社会の課題も見えやすいテーマかもしれません。

馬渕:企業のなかでも、スタートアップが新しいことに挑戦する一方で、既存の大企業は新しいことにチャレンジしにくい傾向にあるように思います。

加藤:長い歴史を持つ大企業は過去に成功体験を積んできているので、新しいことに取り組むことで過去を否定したり、これまで蓄積した知見が通用しなかったりと、なかなか動機づけしづらい部分があります。一方でスタートアップは、ある意味、失うものがありません。この違いが、チャレンジへの向き合い方にも表れていると考えられます。人が歳を重ねるとチャレンジが億劫になってくるのと共通点があります。

馬渕:親世代と自分たち世代の価値観が乖離しているのとも似ています。自分たち世代の言うことが、親世代の価値観を否定しているかのように感じて前に進めない人たちもいると思います。そこを切り離して自由に活動できるといいのですが…。

加藤:大企業に勤める若いビジネスパーソンにヒアリングすると、新規事業開発を命じられ「新しいことをやれ」と言われても、何をしていいかわからないという人が多くいらっしゃいます。しかし、典型的な大企業においては成果をすぐに求められるので、じっくり自分の能力を高め直すことも難しい。上に立つ人には、新しいことにチャレンジしたり失敗したりすることを、長い目で見てほしいとお願いしたい気持ちがあります。企業としても何か新しいことをしなければという危機感はあるはずですが、それがなかなか難しい。

馬渕:そこが変わると経済、社会は変わっていくと思います。イノベーティブなことを起こす力は、本当は大企業も持っているはず。人材にしても技術にしてもデータにしても資金にしても、大企業のほうが圧倒的に持っていますから。

加藤:今は既存の大企業にあらゆる資源が集中していて、それをうまく活用できていない。大企業の優秀な人材がスタートアップを含めた市場に流れていけば、日本でもイノベーションが起こりやすくなるはずです。

今の実務と遠くない勉強から始めれば、学び直しも継続しやすい

加藤:日本は企業に入ってから学び直すことが難しいのが現状です。就職後でも一定期間、勉強して戻ってくれば、これまでと違う発想、知識、価値観を持ち込めます。しかし、いったん入社すると定年まで顔ぶれが変わらない環境に身を置いていると、新しいアイデアに対して抵抗感が強かったり、たとえイノベーティブなことを行おうとしても周りに潰されたりと、悪循環に陥ってしまいがちです。

馬渕:やる気を出しても、やらせてもらえないと閉塞感につながります。

加藤:そうなんです。最近ではリスキリング(※)という言葉がホットトピックにもなっていますが、日本社会でどう取り組めばいいと思われますか。

※リスキリング=現在の職業、または新しい職業に就く際に必要とされるスキルを修得すること。

馬渕:政府が求めているのはIT人材だと思いますが、全員が当てはまるわけじゃありません。経営学を学べるビジネススクールに通えばいいわけでもない。それよりも今の実務と遠くない勉強から始めれば、継続しやすいと思います。私の場合、まず心がけたのは、目の前にいるチームに喜んでもらえるようなアウトプットのためのインプットでした。

加藤:目の前のチームに貢献できるようなインプットですか?

馬渕:はい。「今、政府がこんな方針で動いている」といった、メンバーが追えていない情報をインプットして簡単にまとめ、定例会議で共有すると、「じゃあそういう視点で発信していこう」といった感じでチームにとても喜ばれます。近くにいる人の喜びは原動力になりやすいので、日常業務のなかで思い描ける相手のためにインプットしてみることです。「今週はあのチームのために、この資料を出してみよう」などと進めれば自然にインプットできますし、アウトプットも明確にできます。

加藤:あまり大きなことを考えるより、まず近くを意識していくということでしょうか。

馬渕:すると、その題材をベースに、みんなの知見を混ぜ合わせて議論できる。半熟の状態で持っていったとしても、仲間で壁打ちができるんです。それを持ち帰り、一人の時間にアップデートして…ということを繰り返していくと、自然に学び直しもスキルアップもできます。それがある程度できていくと、次に違う役割を求められるようになり、キャリアのステップアップにもつながります。

加藤:確かに自分に関係のないことから入ってしまうと、何から手をつけたらいいかわからず、長続きしない結果に陥りがちです。今から自分がどうキャリアを積んでいくのか、悩んでいる人たちにもすごく参考になると思います。

馬渕:今の会社にまだ社員が20人ほどしかいなかったときは私も焦り、プログラミングを学ぶ塾に申し込んだことがあります。でもそれは私の役割ではないし、できる人を雇えばいい話。プログラミングでも広報でもプロにならなければいけない、なんて手を広げてしまうと、深く学べなくなります。だから、削ぎ落としながらインプットすることを絞っていきました。

加藤:おっしゃる通り、急に広げすぎるのは良くないかもしれません。研究でも広げすぎたり得意ではない分野に参入したりしてしまうと、アウトプットに時間がかかり、途中で挫折することが何度もありました。とはいえ忙しくなると私の場合、なかなかインプットにまで手が回らず、新しいことを身につけていないなと不安に陥るのですが…。

馬渕:わかります。どんどん浸食されてくるような感覚になります。アウトプットだけだと自分がどんどんすり減って枯渇し、自信もなくなっていくので、土曜の午前中だけでもインプットにあてるなど、強制的にスケジュールに入れて時間を確保しています。毎日ニュースは見ますが、元データをしっかり見るのは日常では難しいですからね。土日なら外部の人から連絡が来ない、連絡が来たとしても社会人としてすぐに返さなくていい時間が取りやすいかなと。

週末にインプットの時間を確保するために、金曜日の夜から体制を整えるという馬渕さん

加藤:相当ご多忙なのにどうされているのかと思っていたのですが、インプットの時間を予め予定に組み込まれているのですね。インプットしないと、アウトプットの質も落ちていくと思います。

馬渕:はい。どんどん薄くなっていきます。一つの事象をとっても、ちゃんとインプットを継続していると三層くらいの下からの深い意見が出せても、追っているだけだと第一層からの浅いことしか言えなくなってしまいます。

自分を評価してくれる組織の存在を知ることが生きやすさにもつながる

加藤:スタートアップは広義には、「新しく何かを始めること」だと捉えられます。これは、生き方やキャリア、人生を充実したものにするためにも大切なことだと思います。しかし何かにチャレンジしたいけど、既存の組織で思い留まっている優秀な人も多くいらっしゃいます。

馬渕:私が勤めている会社は、株式投資型クラウドファンディング事業を営むスタートアップですが、大手金融機関で20年働いてきたような50歳から60歳くらいの方たちがたくさん活躍されています。大企業で行き場がなくなっている方々の問題も取り沙汰されていますが、そこには人脈やノウハウがたまっているので、ポジションを変えてスタートアップに来られたらかなり重宝されると思います。

加藤:雇用の流動化は、活躍の場を見つけるという意味でも重要です。スタートアップから再び大企業へ戻ることも、また新たなキャリアにつながります。政治主導で変えるのは難しいかもしれませんが、私の感覚的には、若い人の価値観が変わってきていて、これだけ終身雇用や年功序列の意識が薄れてくると、なし崩し的に変わりつつあるような印象を持っています。

馬渕:一つの組織で終身雇用もいいのですが、その世界が自分の100%だった場合、もし認められなかったり失敗して行き詰まると、生きづらいと思います。でも別のところに移れば自分のことを評価してくれる組織もたくさんあり、その視点があるかないかで生きやすさは全然違ってきます。そこはまだまだ日本は浸透していないと感じている部分です。先ほどの話にもつながりますが、ここが自分の最後の世界だと思うと失敗できない、となるのも無理はありません。

加藤:なるほど。起業家というと若い世代をイメージしますが、平均年齢を見ると日本でも海外でも40代前半ぐらいです。しかし、その世代になると、リスクを取りにくいという人も少なくありません。再チャレンジできる雰囲気がないと、なかなか既存の企業から離れるのは難しいと思います。

開業時の年齢のグラフ。2021年度は40代の割合が36.9%と最多(日本政策金融公庫総合研究所「2021年度新規開業実態調査」より)

馬渕:40代の起業はとてもいいと思います。組織に所属し、お金の流れや決裁権などいろいろなことを理解したうえで出て行くことになるので、大型の資金調達をしたとしても有効な使い方ができるのではないでしょうか。

加藤:いろいろな経験も積んできていますから。

馬渕:若すぎるメンバーだけだと、効率的ではないものに資金をあててしまうことがありますが、そこに大人の知識やアドバイスが加われば計画性が保てるはずです。40代はスタートアップにとてもマッチしているのかもしれません。

加藤:さらに上の年代でも可能なように思います。先日も70代の方が新しいビジネスを始めたという記事を見かけましたが、今後は「ライフスタイル・アントレプレナー」と呼ばれる、経済的な成功ではなく、生き方としての自己実現をめざす起業も増えていく気がしています。政策としても、たとえば兵庫県の丹波篠山地域では「シリ丹バレー」と銘打ち、田舎で暮らしながらビジネスをする方々を支援する取り組みが行われています。今後そういうことが増えてくると、セミリタイアをして自分でビジネスをすることも選択肢に入ってくるのではないかと思います。

馬渕:人生100年時代になり、早期にセミリタイアするのも“あり”ではないでしょうか。スタートアップやベンチャーというと激しいイメージがありますが、自分の趣味の発展で稼ぐとなると、また違った世界観が築けそうです。

加藤:「ユニコーン(※)」を標榜しすぎると、スタートアップやベンチャーに対して身構えてしまいます。「ハイテクで急成長するビジネスをやらなければ」と思うと、起業へのハードルが高くなってしまう。「そこそこのビジネスでいい」というマインドを持つ人を増やしていくことも大事です。日本では起業は他人事という人が多いので、周りのサポートも受けにくい状況です。日本全体で起業に対する抵抗感を減らしていくことが大事だと思います。最後にスタートアップという生き方に対して、何かアドバイスをいただけたらと思います。

※ユニコーン=価値10億ドル以上の未上場企業。

馬渕:30代から40代になって家庭をもつと、自分が望んでいても一歩足を踏みだせないことは多いと思います。父親や母親として「こうあってくださいね」というような、周りから求められる“像”の圧もあるでしょう。もちろんそれに応えることも大切ですが、自分の想いと異なる場合は苦しいはずです。そのときは無理して抑えつけず、チャレンジしてみていいように思います。今は本当に価値観が多様化してきていて、受け容れる土壌も社会に根付きつつあります。ぜひ興味のあるものに、勇気をもって一歩踏みだしてほしいです。

対談を終えて 加藤雅俊 教授

何かを新しく始めようにも、どこから学び直せばいいのか悩んでしまうもの。勉強となるとどうも身構えてしまい、先送りにして取り組めなかったり途中で挫折したりしがちですが、現状の環境で周囲に喜んでもらえることから始めればいいという発想に、目から鱗が落ちました。背伸びせず少しずつ進めれば、その先にMBA(経営学修士)を取るといった目標も出てくるかもしれません。今の馬渕さんがあるのも、地に足をつけて一つひとつ積み重ねてこられたからこそ。私自身もスタートアップのマインドを忘れず、見習っていきたいです。

取材対象:加藤 雅俊(関西学院大学 経済学部 教授)/馬渕磨理子(経済アナリスト)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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