CAREER

モノは人を幸せにできるのか? 人生はその答えを探す旅|人生を豊かにした出会い #5

田中 裕久工学部 物質工学課程 教授

私たちの人生は出会いにあふれています。みなさんは、どんな出会いが記憶に残っていますか? ここでは「人生を豊かにした出会い」をテーマに、関西学院の研究者のエピソードを紹介します。彼らの出会いや体験から“豊かさ”について考えてみませんか?

関西学院はキリスト教主義に基づく全人教育を掲げており、スクールモットーである「Mastery for Serive」(奉仕のための練達)を体現する世界市民の育成を目指しています。

私は聖者や哲人と呼ばれた人たちがどんなことを考えていたのかにとても興味があって、学生時代からギリシアのアクロポリスを訪問したり、旧約聖書の世界であるシナイ半島や死海を旅しました。クリスマスイヴにベツレヘムの聖誕教会へ巡礼して、翌日にはゴルゴダの丘にも歩みを進めました。そういった全ての教えにとても惹かれますが、私個人の原点は仏教にあると思っています。より気持ちを正しく表現すると、お釈迦様その人が大好きなんです。生まれ育ちが東大阪なので、遠足などでよく奈良に行き、大仏さんを見てはすごいなあと感激していました。大学に進んだ頃には、仏教熱が最高潮に達しました。京都の古美術研究会に入って暇があればお寺まわりをし、下宿ではひたすら仏像彫刻に励む。インドには何度も旅行に行ったり、パキスタンのガンダーラまで行って仏像を彫刻してみたり。ちょっと変な学生でした。

お釈迦様のどこに惹かれたのか。それは物欲を手放しなさいという、お釈迦様の教えです。その教えが、大学を卒業して仕事に就いたとき、自分の中で葛藤を引き起こしました。望み通り材料を扱う企業に就職でき、材料研究に携わる日々は、それはそれでとても楽しかったのです。ところが、材料がモノとなって人に届けられたとき、果たしてそのモノが人を幸せにするのかと疑問が湧いてきた。モノで人を幸せにするのは、「物欲を手放せ」というお釈迦様の教えに矛盾しているじゃないですか。

その頃の日本はバブル好景気が真っ盛りの時代で、世の中にはモノが溢れていました。確かに誰もモノには不自由していない。けれども、みんなが幸せに暮らしているとはとても思えない。お釈迦様は29歳の誕生日に出家しています。だから私も29歳の誕生日に会社に辞表を出し、出家のつもりで1年間の世界放浪の旅に出たのです。

サハラ砂漠に行き、360度周りを見渡しても何もモノのない世界で自分がどんな気持ちになるのか試してみました。哲学の国ギリシアに行って思索にふけってみたり、あらためて聖者のいるインドに行って人生について考えてみたり……。けれども結局どこへ行っても、人の幸せとモノと関係に答えは見つかりません。

そこで思いついたのです。もしかすると問いの立て方が悪いのではないか。モノと幸せの関係を改めて捉え直し「モノは人を幸せにできるのではないか」という仮説を立てる。仮説を検証するために、もう一度モノの研究に取り組めばいいじゃないかと。結局はお釈迦様の手のひらの上を、ウロウロしているだけなのかもしれませんね。そして2016年から関西学院大学で教鞭をとっています。

Profile

田中 裕久(TANAKA Hirohisa)

関西学院大学 工学部 物質工学課程 教授。1980年京都工芸繊維大学工芸学部卒業。メーカー勤務、世界放浪などを経て1989年よりダイハツ工業(株)で新触媒開発に携わる。1998年東京大学にて博士号取得(触媒化学)。2016年関西学院大学工学部に赴任。液体燃料を蓄電媒体とする燃料電池、自動車の排ガスをきれいにする触媒などの研究開発に取り組んでいる。

運営元:関西学院 広報部

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