山井 太×森 隆史。真に豊かに生きるための人生観とキャリア観|特別対談 #2

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山井 太×森 隆史。真に豊かに生きるための人生観とキャリア観|特別対談 #2

豊かな未来のための「知」を発信するウェブマガジン「月と窓」では、実務家とアカデミアの視点から一つのテーマを掘り下げる特別対談を展開しています。

第2回は、日本のキャンプシーンを牽引し、「野遊び」という新しい人生の価値を社会に提案・浸透させてきた株式会社スノーピークの山井太会長兼社長と、ブランディング戦略会社を立ち上げるなど、異色の経歴をもつ関西学院大学の森隆史キャリアセンター長が対談。現代社会において、豊かに生きるとはどういうことなのか。また、豊かに生きるために、仕事にはどんな意味付けがあり、どう取り組んでいくべきなのか。お二人の考える人生観やキャリア観について語り合ってもらいました。

Profile

山井 太(YAMAI Tohru)

株式会社スノーピーク 代表取締役 会長兼社長執行役員。1959年、新潟県出身。明治大学商学部を卒業後、外資系ブランド商社のリーベルマン・ウェルシュリー & Co.,SAに就職。1986年、家業の株式会社ヤマコウに転職。アウトドアをライフスタイルと捉え、オートキャンピングブランドを確立。キャンプ用品の開発を手がけ、日本にキャンプブームをもたらした。1996年に代表取締役社長に就任し、社名をスノーピークに変更。日本全国だけでなく海外約20カ国で展開する。2022年より現職。

森 隆史(MORI Takashi)

関西学院大学 キャリアセンター長。1963年、大阪府出身。関西学院大学を卒業後、アパレル企業に就職。株式会社パソナグループなどを経て、1996年、ウォルト・ディズニー・エンタプライズ株式会社(現ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)に転職し、入社1年でブランディング戦略会社を設立。2006年より成城大学社会イノベーション学部講師、2007年より関西学院大学キャリア教育院内講師を務める。2017年、学校法人関西学院 ブランディング戦略担当専任参事に就任。2020年より現職。

この記事の要約

  • これからの時代に大切なのは、「好き嫌い軸」で好きな方に重心を置く価値観。
  • 自然の中で協力し、親密な関係を築くことが「人間性の回復」にもつながる。
  • 自分の好きな仕事で人を喜ばせることが、真に豊かな人生を実感できる一手段。

より社会を豊かにするためには、「好き嫌い軸」が重要になってくる。

:キャリアセンターは、まず学生に来てもらわなければサポートもままなりません。しかし活用してもらおうにも、働いている人間が楽しそうな職場でないと、学生も来てくれないと思うんですよね。だからあくまでもムードメーカーとして仕事をしようと、明るい職場づくりに気を配っています。

山井:森さんは私から見ても十分楽しそうにお仕事をされています(笑)。

:山井社長に言っていただいて光栄です(笑)。学校のブランディングをしていくためには、広報室など他部署の人たちと力を合わせなければいけません。その際、「あの人と仕事をするとなんか楽しそう」と感じてもらわないと、いい成果は出せないと思うんです。そのことは常に考えています。スノーピークさんの職場も楽しそうですね。

山井:スノーピークはキャンプ用品をつくったり、キャンプの力で衣食住をより良くするよう考えたりしている会社ですが、世界中にいる800人ほどの社員全員がキャンパーなんです。真にキャンパーだけが集まっている会社はかなり特殊なんですけど、だからこそ楽しみながら仕事に取り組めている側面が大きいと思います。それに、たとえばイベントの準備中、私も入って一緒に焚火を囲むと、いろんな話を垣根なくできる。チームビルディングも自然とできるようになっています。

:チームをつくる際も、メンバーから「楽しそうに仕事をしているな」と思われることが重要でしょうしね。

山井:その通りです。これからの時代は「楽しい」など自分の心に沿う選択、つまり「好き嫌い軸」で好きな方に重心を置くことが、大切な価値観だと私は考えています。おそらく日本で教育を受けていると、基本的には「損得軸」でものを考える癖がついてしまう。親からも勉強しなさい、いい大学に入って、いい大企業に就職しなさいと言い続けられて…。そちらの方が経済的に安定しそうですし、会社も合併して規模を大きくした方が勝つとされるのが一般的ですが、そういった世界はこの先AIに置き換わっていくはず。逆に、これから人間がいきいきと仕事をし、より社会を豊かにするためには、「好き嫌い軸」が重要になってくるんじゃないでしょうか。

:私が重視しているのもそちらですね。

山井:私も森さん側の人間なんですけれども、「好き嫌い軸」で考えていった方が楽しいのはもちろん、「好き嫌い」の中には、まだ誰も目を付けていないブルー・オーシャンの部分がたくさんあると思うんです。だいたい損得で考える事業というのは既存の大きな市場を対象に、誰が考えてもほぼ同じような事業。仕掛ければ大きな売り上げにつながります。大企業であればたいてい同じことをするでしょうから、極端にいうとそこはもう人間がしなくてもいいのかなと。

:多くの人はレッド・オーシャンが好きですよね。そこで儲かるとなると、みんなでワッと集まるという。

山井:そうですね。同じ業界の他社が行ったら追随する。それで成り立っている業界が多いでしょうが、私はそこに未来はないと思うんです。

:言われてみれば、キャリア教育においても「好き嫌い軸」を意識しながら指導しています。ザ・昭和世代の私たちが小さい頃は、人口が増え、物質的に豊かになることが幸福だという捉え方が一般的でした。しかし最近の学生たちと話していると、日本が豊かになっていくイメージはないようで、人口も収入も減り、仕事もAIに取られていくなど、何かがなくなっていく感覚を持っている人が非常に多い。だからこそキャリア教育のなかで重視しているのは、本人の価値観です。「何を大切にして生きていくのか」をできるだけ学生時代に気づいてもらいたいと考えています。

山井:なるほど。スノーピークでも、自分たちの事業を好きだと思う人だけが応募してくれるよう、6、7年前から一般的な求人はやめ、外部の会社も使わず、自前のウェブサイトだけで淡々と募集をしているんですよ。

:スマホに採用情報が届く形ではないわけですね。最近の学生は、就職活動のサイトはもちろん、登録さえしておけば企業側からスカウトが来るような就職サービスなど、あらゆる情報手段を持っています。昔なら大学の就職課へ行き、求人票を見て応募するしかなかったのが、家で寝ながらでも就職活動ができてしまうので、便利な反面、ちょっと情報に踊らされている気もします。

山井:わかる気がします。私たちの会社では新たに開拓するような事業が多いので、主体性を大事にしていて。自社サイトだけだと結果的には応募数は少なくなりましたが、一方で離職率は非常に減りましたし、より確実なマッチングにつながっています。「好き軸」を重視すれば、おのずとチームはまとまりますからね。

コロナ禍で普及したオンラインによるコミュニケーション。「でも、会って話すことで人間性が見えてくることを再認識した」と山井社長

人間性が回復された状態で健やかに生きることが、一番の幸せ。

:スノーピークさんは「人生に野遊びを」というコーポレートメッセージで、「人間性の回復」を謳っていらっしゃいますよね。

山井:高度な文明は私たちに大きなベネフィットを与えてくれますけれども、人間性が阻害されることもあると思うのです。なぜ人がキャンプをするのか、野遊びをするのか。その根本には「人間らしく生きる」ことがあると考え、キャンプを通じて「人間性の回復」を提案している会社でもあります。

:なるほど。私たちも自然の中での教育にこだわっていて、スノーピークさんにご協力いただいているCamping Campus®も、とても意味があると思っています。テントを張って学生同士がディスカッションを繰り広げたり、夜には焚火を囲んで教職員も一緒に語り合う取り組みですが、学生たちの表情がいきいきとしていて得るものも大きいようです。

2023年3月のCamping Campus®(写真)は初の宿泊プログラムとして実施

山井:そうやって人間性が回復された状態で健やかに生きることが、一番の幸せなんじゃないでしょうか。私たち人間は、かつて自然の中で生活していましたが、今はその対局にある、人工の都市の中で暮らしています。人間が自分たち自身の環境を整えるために、科学や技術を進化させて文明社会ができたわけですが、皮肉にも今度は自然に戻した方が豊かさを感じるような、そのくらい高度な文明になったのかなと。

:そうですね。いい意味での動物性の部分を取り戻す時機なのだと思います。

山井:その際には、ぜひキャンプをしていただきたいですね。家族の幸せや夫婦仲の良さ、友人との親密な関係やコミュニティづくりといった人生の価値は、キャンプをするとすべて手に入ると思うんです。私も30~40代の頃、子ども4人をいろんなところへ連れて行きましたが、結果的に4人ともが覚えているのは、キャンプに行ったときのことだけなんです(笑)。それだけ楽しかったり幸せだったり、大人になっても強く覚えている体験なので、キャンプを強く推薦したいです。

:家の中にいると自分の部屋にこもりがちになりますが、キャンプはみんな一緒の空間で過ごしますからね。しかもテントの外は大自然なので、何か危険があるかもしれない。そういった状況を共有することでも、動物の根源的なものに近づけるのかもしれません。

自分の意志で選ぶからこそ、「真に豊かな人生」は実感できる。

:関西学院大学の大きなテーマに「真に豊かな人生を送る」というものがあるのですが、山井社長にとっての「真に豊かな人生」とは、どういうものだと思われますか。

山井:今の私が選んだ人生にはもちろん欠けているところもたくさんありますけれども、基本的には自分が好きなことをして、少しは社会のお役に立てていると実感できていますので、豊かな人生が歩めているのかなと思います。もし生まれ変わってこられるのであれば、同じことはしないかもしれませんが、何かモノやサービスをつくりだし、それを使って豊かになった皆さんと関れるような人生を、もう一度選びたいと思います。

:素敵ですね。私は高校3年生だった1981年11月に、大好きだったアーティストの浜田省吾さんが大学祭に来られるというので初めて関学に来たんですが、真っ暗なステージにスポットライトが当たるとバックに時計台が浮かび上がり、カッコイイ!と…。

山井:しびれますね(笑)。

:はい(笑)。音楽が流れ始めた瞬間、「ここに進学したい」と思いました。金銭面の余裕がなく、高校の先生にも親にも大反対されましたが、アルバイトと貸与奨学金で自分が払うからと選びました。2017年、関学に戻って来て、高3のとき直感に従って良かったと思っています。

山井:森さんはご自身で選んでらっしゃいますもんね。

:だから誰にも言い訳できません。選んだからこそ授業とアルバイトで毎日大変でしたが、いい経験ができました。就職すると、お金のために働くという面は否定できません。ただ、それだけだと虚しく、自分がなんで生まれてきたのかと思い悩むところがあります。私は大学卒業時に、就職が嫌で嫌でしょうがなく、働くことをネガティブに考えていました。オフィスワークは無理だと思い、徹底的に考え、好きなことをしようと洋服の世界に入り、ブランディングの仕事を手がけるようになったからこそ今があります。入り口はそれぞれでも、やはり仕事は人生そのものではないかなと思うのです。私の場合、自分の好きなことが人のためになるのが心地いいと気づき、それを仕事すなわち人生の指針にしています。

山井:私にとっての仕事も、自分が関わることによって社会を良くできる対象といいますか…。私がキャンプの仕事を始める時点では、日本の社会でキャンプの地位は低く、自分自身もあまり好きではありませんでした。だけど自分が関われば、もっと豊かでおしゃれな時間が過ごせるように変革できるのではないかと親の会社に転職し、社内起業をして今に至っています。

:おっしゃる通り、昔は「キャンプ道具」という感じだったのが、スノーピークさんの商品を見た瞬間、そのおしゃれさにビビッときて。これはファッションだと感じたから私もハマりました。

山井:キャンパーとして自分が欲しいものをつくっていったんですよね。今では思っていた以上にキャンプが社会に根差していて、スノーピークの道具を使ってくださっている方も多い。皆さんが幸せになっている時間や光景を、私たちのイベントやキャンプ場でも拝見しますので、自分の人生の意味そのものが仕事だったのかなと思っています。

:「真に豊かな人生」は人それぞれでいいと思いますが、自分にとって心地いいものが人の役に立つことであればあっただけ、自分に返ってくるものも大きい気がします。自分も心地いいし人も気持ちよくさせられることに巡り合い、「自分が生まれてきた意味はこれだった」とわかった瞬間に、「真に豊かな人生」が実感できるんじゃないでしょうか。

対談を終えて 森隆史 キャリアセンター長

2017年にこの場所でCamping Campus®を発想し、スノーピークさんと何かできればいいなと思った瞬間から、今の時間を夢に描いていました。スノーピークのキャンプ用品に惹かれ、こんな商品をつくっている会社の社長さんは絶対に楽しんでいると信じていましたが、お目にかかって想像通りの方でした。やはり楽しく仕事をすることが、人生にとっては大切。苦しいときがあっても自然に親しみ活力を得るなど、自分を切り替えることで仕事への取り組み方も変わってくると思うので、楽しむことは常に忘れないようにしたいですね。

※Camping Campusは、学校法人関西学院と株式会社スノーピーク共同の登録商標です。

取材対象:森 隆史(関西学院大学 キャリアセンター長)/山井 太(株式会社スノーピーク 代表取締役 会長兼社長執行役員)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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