最相葉月×中道基夫。現代社会に生きるうえで“信仰”を持つ意味とは|特別対談 #3

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最相葉月×中道基夫。現代社会に生きるうえで“信仰”を持つ意味とは|特別対談 #3

豊かな未来のための「知」を発信するウェブマガジン「月と窓」では、実務家とアカデミアの視点から一つのテーマを掘り下げる特別対談を展開しています。

第3回は、ノンフィクションライターの最相葉月さんと関西学院院長の中道基夫先生(神学部 教授)のおふたり。最相さんは、今年2023年1月、全国の教会に赴き135人の日本のキリスト者の声を集めた長編ノンフィクション『証し 日本のキリスト者』(KADOKAWA)を刊行されましたが、この執筆には構想10年、取材に6年をかけたといいます。なぜこのテーマで書こうと思ったのか、また、取材を通して見えてきたことは何だったのか、同時代に関西学院大学で学び、かたやキリスト者となった中道先生との対談からひもときます。

Profile

最相 葉月(SAISHO Hazuki)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、カウンセリングなどをテーマに取材を重ね、執筆活動を展開。『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞、『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞などを受賞。そのほかの著作に『青いバラ』『セラピスト』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『れるられる』、エッセイ集に『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』、児童書に『調べてみよう、書いてみよう』、共著に『心のケア 阪神・淡路大震災から東北へ』『胎児のはなし』など。

中道 基夫(NAKAMICHI Motoo)

関西学院院長、関西学院大学神学部教授。1960年、兵庫県出身。関西学院大学神学部、同大学院神学研究科修士課程修了。神戸栄光教会副牧師、福井・城之橋教会牧師・城之橋幼稚園園長、ドイツ・ヴュルテンベルク州教会世界宣教チームDiMOE宣教協力牧師を経て、関西学院大学神学部の教員に。2011年、ドイツ・ハイデルベルク大学神学部にて神学博士号を取得。関西学院大学神学部長などを経て、2022年より関西学院院長。専門は実践神学。説教、礼拝、そして教会の死者儀礼の問題を取り上げ、神学的な考察をするとともに、日本文化と対話し、現代日本における宣教のあり方を探求している。

この記事の要約

  • 生身の人から言葉をもらい、その人生を知ることで、大きな実りが得られる。
  • 宗教2世の問題は、けっしてカルトと呼ばれる人たちに限ったことではない。
  • 現代は○○教という信仰を持たずとも、別の形で魂の癒しを探り合える状況にある。
  • 小さな存在だと自覚することで、人とのつながりや学び、経験の大切さも実感できる。
  • 人は変われるのだと知ることは、自分自身を豊かにすることにもつながる。

「神を信じて生きる」とはどういうことなのかを知りたかった

中道:ノンフィクションライターというお仕事は、その人に隠れているものを文字にして、形にしていきますよね。形にしなければ埋もれたままだったものを掘り起こす、ある意味、奉仕の精神の上に成り立っているのではと感じるのですが…。

最相:いえいえ、私自身は迷惑な存在だと自覚しています。取材する際の大前提として、対象者はそんなことを書いてほしくないと思っている、と考えています。そこを、あなたの生き方に心動かされる読者はいるはずだから、媒介させてほしいとお願いするのです。世間はよくマスコミのことを揶揄してマス“ゴミ”と呼び、ドラマや映画でも暴力的に踏み込んでいくシーンが描かれがちですけど、実際はほとんどそうではありません。同業者たちは皆、どれだけ相手にリスクを負わせるかを自覚して取材し、できあがったものに評価や批判を受けることを覚悟の上で、この仕事をされています。

中道:なるほど、あえてリスクを負って人生の話を聴く…。そこにはどんな意味を見いだされていますか。

最相:人が豊かになるということは、自分の中にどれだけたくさんの人生を持っていられるかだと思うんです。人間一人が生きて経験できることはほんのわずかです。今は家にいながらにして、いろいろな人生を知ることができますが、生身の人とたくさん会って、言葉をいただくのは、実りあることだと信じて仕事をしてきました。

中道:大きな実りが得られますし、大切なことだと思います。取材や執筆にあたり重視されていることはありますか。

最相:今回は一人少なくとも2~3時間はお話を聴いています。取材の音源を文字に起こしたテキストだけでも膨大な量になる。それを取捨選択して、一つのストーリーとして編集し直すのは、書き手である私です。非常に難しいのですが、文字起こしを何度も繰り返し読むうちに、何を一番おっしゃりたかったかが浮かび上がってきます。取材時間も文字数も制限がある中、いかにその人らしさ、おっしゃりたかったことを軸にして的確に伝えるか。これは訓練でしかありません。もともと上手なライターもいますが、私は不器用なので、来年ノンフィクションライターをはじめて30年になりますが、その時間がそうさせてくれた気がします。

中道:とても興味深いお話です。『証し 日本のキリスト者』では、なぜキリスト教に焦点を絞られたのでしょうか。

最相:地下教会のクリスチャンとの出会いから『ナグネ―中国朝鮮族の友と日本』(岩波新書)※1を執筆したり、『セラピスト』(新潮文庫)※2の取材を通じて、カウンセリングの技法がアメリカ人宣教師の息子を通じて日本に導入されたことなどを知ったりと、キリスト教にふれる機会が何度もありました。そこから、そもそも信仰とは何か、神を信じるとはどういうことかと考えるようになり、キリスト教は、あらためて正面から取り上げなくてはいけないテーマだと感じました。それでまず、日本のキリスト者の人数を調べてみたら、1%もいなくて…。

中道:そうなんですよ。0.8~0.9%だとも言われています。

最相:これだけミッションスクールやキリスト教系の病院などがあるのに、日本には本当に信者が少ないんですよね。私自身、キリスト者ではありませんが、小さい頃には教会附属の幼稚園や日曜学校へ通っていましたので、こんなにもマイノリティである現実に大変驚きました。じゃあ今、どんな人がキリスト教を信じて祈りを捧げているのか。家族の中でどのように信仰が引き継がれてきたのか。そうじゃない場合はなぜ信者になられたのか。そういったことがまず知りたいと。はじめのころは手探りで、出会ったキリスト者の方々に、「なぜ信じますか」「どういう家庭で育ちましたか」といった質問ばかりをしていました。その中で皆さんが信仰をもって生きることの実際を語ってくださって。段々と自分は、「神を信じて生きる」とはどういうことなのかを知ろうとしているのだとわかってきました。

※1:偶然の出会いから16年間、ともに過ごした中国朝鮮族女性の姿を描いたノンフィクション。最相さんは彼女の生い立ちから、禁教とされる「地下教会」の存在を知ったという。

※2:「心の病」に関心をもって、最相さん自らもカウンセリングを学び、取材を通じて心の治療のあり方を追究。セラピストとクライエントの関係性を読み解いたドキュメンタリー。

自分自身が無力であると知るためにも、信仰は残り続ける

中道:信仰や宗教は、旧統一教会や宗教2世の問題などで否定的に捉えられていますし、かつてはオウム真理教の問題などで怖いものという印象が社会に広まったようにも思います。しかし、そうでありながらも信仰は続いています。『証し 日本のキリスト者』の執筆を通じて、135人ものキリスト者と向き合われましたが、現代社会にとっての信仰について、何か感じることはありますか。

最相:宗教2世の問題では、当事者たちが記者会見などでお話しをされている中で、「自分たちはカルトの子である」という言い方をされています。メディアも「カルトだから悪い」と報じがちなのですが、そうではなく、歪む危険性は宗教そのものにある。それは正統派であれ新興宗教であれ、関係ないと思います。なんらかの神を信仰するということは、常にそれ以外の人たちとの衝突を生む危険性があって、だからこそ歴史的にたくさんの戦争が起こり、今なお起こっています。宗教2世の問題も、けっしてカルトと呼ばれる人たちに限ったことではなく、信仰をもつ人は誰であれ自分事として捉えていただきたい。自分たちがいつ、その立場になるかもわかりません。別問題だと退けてはいけないことが今起きていると感じています。

中道:衝突を生むきっかけになるのなら、宗教は要らないのではと…。

最相:生きていくということは、自分の力だけではいかんともしがたい困難に向き合う可能性があるわけですから、自分自身が無力であると知るためにも宗教は必要ですし、残り続けると思います。この取材期間中、ずっと田川建三先生(新約聖書学者)から聖書について学んでいたんですけど、そのすばらしさに初めて気がつきました。書かれている文章に即して読むと、キリスト教という宗教が生まれた時代にどういう人たちが生きて、なぜイエスを神として打ち立てなくてはいけなかったのかという時代背景や人間の営みが見えてきます。関学時代にちゃんと学んでおけば良かったんですが(苦笑)、いつ出合ったとしても聖書が史上最大のベストセラーでありロングセラーである意味がわかるはずです。信じる信じないは、そのあとでもいいと感じました。

中道:キリスト教を信仰するしないに関わらず、聖書自体がすばらしいと。

最相:そう思います。また、キリスト教や仏教など、特定の宗教の信者でなくても、原始の人類が台風や日食や月食におそれをなして対応策を見いだしたように、今の人たちも違う形のおそれを祈るという、宗教的なるものが誰しもにあるのだと思います。実は先日、宗教学者の島薗進先生にお目にかかって話したのですが、現代は○○教という信仰をもたずとも、別の形で魂の癒しを探り合える状況にはあるのではないかということが話題にのぼりました。アルコール依存症者の集いであったり、事件や事故の遺族の会であったり、患者家族の会であったりと、草の根に広がっている当事者たちの集いにも、宗教と同じような光が見いだせるのかもしれません。

中道:私は、宗教のあり方という意味では、最新の科学とともに聖書も学ぶべきだと考えています。日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹さんも、「理論物理学の始まりは神話だ」と著書に書いておられます。日食や月食がなぜ起こるのか、雷がなぜ鳴るのかといったことを、神話では神の怒りだと説明され、昔の人はそのように理解し自分の中で捉えてきました。現代では、「全体的な知」の一部分が物理学などの科学で解明されていますが、自然に対するおそれや畏敬の念、自然との関係など神話や聖書の言葉が大きな意味を持つ知もまだまだ残っています。「全体的な知」には、なぜ生きているのか、なぜ死ぬのかといったことも含まれていて、それらを理解するにあたって、信仰か科学かといった区別はないと思います。

最相:そうですね。これまで行ってきた生命科学の取材でも、必ず宗教の話が出ていたんですが、今回の取材を通して、信仰と科学は決して矛盾するものではなく、人間や自然を深く知ろうとする姿勢は同じだと感じました。クリスチャンには「違う」と言われそうですが、その源が神かそうでないかの違いかなと思います。

自分の意志で選ぶからこそ、「真に豊かな人生」は実感できる。

中道:関西学院では「真に豊かな人生を送る」ことを一つのテーマにしているのですが、そのためのヒントやアドバイスをいだだけますか? おそらく誰しもが、いろいろ悩んだり迷ったりされているはずです。

最相:そうですね…。AIも進化して、調べたらなんでもすぐに答えが出てきますし、SNSが普及して、まるで自分が神であるかのような全能感を抱きがちな時代になりました。でも、そんな時代だからこそ、自分自身が無力であることを自覚させられるキリスト教はすばらしい宗教だと思います。取材をした若い信者の方が、「クリスチャンになったことによって受動的になる」とおっしゃっていました。「『私が稼いだ』『私が成功した』ではなく、『成功させていただいた』『稼がせていただいた』と、すべての動詞が受動態に変わる」と。それって、周囲への感謝にもつながりますよね。自分自身が無力で何者でもないと自覚するからこそ、こういう力を与えてくださった神様にありがとうございましたと言える。自分はちっぽけな一人の人間に過ぎないと思えるからこそ、人とつながることや学ぶこと、経験することの大切さも実感できるわけです。

中道:確かに、自分にはこれもないしあれもない、お金も地位も能力もない、だから豊かになれていないと感じてしまいそうになりますが、自分の弱さや足りなさを知ることで逆にわかることもある。弱さの意味を受け容れることに豊かさがあると感じますね。

対談は、『証し 日本のキリスト者』の話だけでなく、関西学院大学での学生時代、最相さんが通ったキリスト教系の幼稚園の話も出て、終始なごやかに行われました

最相:今回、『証し 日本のキリスト者』の取材を通して、多くのクリスチャンと出会い、強く感じたのはまさにそこです。お話を聞いて感動して涙が出たこともありました。それは、皆さんが自分自身は何者でもないというところに立ち返ってお話をしてくださったからだと思います。キリスト教にはありのままの自分を受け入れるだけでなく、自分で自分を変えていく力もある。クリスチャンは神に変えていただいたとおっしゃるでしょうが、皆さんのお話からそれが伝わってきましたし、これこそが二千年も受け継がれてきた理由だと感じて、タイトルも「証し」としました。さまざまな人の人生にふれることや、人は変われるのだと知ることは、自分自身を豊かにすることにもつながると思います。そのためにも、いろんな人たちと関わることが大切なんじゃないでしょうか。

対談を終えて 中道 基夫 関西学院院長

教わることが多い時間で、なかでも豊かさの考え方が印象的でした。自分の弱さを知り、「自分の足りないものを知ることが、真の豊かさにつながる」という考え方は、確かにそうだなと感じます。一連の取材をされた後に至られたお考えでしょうし、聖書を真剣に読まれていることをお伺いしもっと深く、いろいろなことを対談したくなりました。対談を通して受けたさまざまな刺激を、私自身の今後の学びや活動の支えにもしたいと思います。

取材対象:中道 基夫(関西学院 院長、関西学院大学 神学部教授)/最相 葉月(ノンフィクションライター)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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