太陽光で世界のエネルギー問題を解決。人工光合成でめざす、脱化石燃料|暮らしのムダをなくす #3

RESEARCH

太陽光で世界のエネルギー問題を解決。人工光合成でめざす、脱化石燃料|暮らしのムダをなくす #3

私たちは、実は膨大なムダやロスに囲まれて暮らしています。そんなムダの解決に取り組む研究シリーズ、第3回でご紹介するのは人工光合成の研究者、橋本秀樹先生です。自然界の光合成の仕組みを人工的に再現することで太陽光のエネルギーをうまく活用し、暮らしに必要なエネルギーをムダ(ロス)なく生みだそうという人工光合成の研究は、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、日本では国をあげて進められています。人工光合成によって世界のエネルギー問題はどのように変わるのでしょうか。光合成で重要な役割を果たすという色素成分の研究からこの課題に迫る、橋本先生にお話を伺いました。

Profile

橋本 秀樹(HASHIMOTO Hideki)

関西学院大学生命環境学部環境応用化学科教授。理学博士。1990年、関西学院大学理学研究科化学専攻 博士課程修了。大阪市立大学(現・大阪公立大学)工学部助手、静岡大学工学部助教授、グラスゴー大学客員准教授、大阪市立大学大学院理学研究科教授などを経て、2015年、関西学院大学に着任。研究テーマは、人工光合成、超高速レーザー分光、カロテノイドなど。光合成初期過程に重要な役割を果たすカロテノイド色素に注目し、人工光合成による次世代燃料の生成に関する応用研究にも取り組んでいる。

この記事の要約

  • 植物が二酸化炭素と水からデンプンと酸素をつくる作用は、光合成の一部。
  • 光合成の仕組みを再現する人工光合成で、太陽光燃料の生成がめざされている。
  • 太陽光をキャッチするのに重要な役割を果たすのが、カロテノイド色素。
  • 人工光合成が完全実用化すれば、世界のエネルギー問題は解決できる。

水と太陽光があれば、植物はデンプンを生成しなくても生きていける

植物が太陽光のエネルギーを使って、二酸化炭素と水からデンプンを合成して酸素を放出する。それが小学校のときに習った覚えのある光合成のイメージですが、実はそれだけではないのだと、橋本先生は説明します。

「簡単にいうと、光合成とは光のエネルギーを生体エネルギーに変換する反応のことです。動植物はATP(アデノシン三リン酸)がADP(アデノシン二リン酸)に変わるときに出てくるエネルギーを使って生きています。植物の場合、エネルギーの素となるATPは、基本的に水を燃料として太陽光のエネルギーからつくることができ、これを光合成の『明反応』といいます。しかし無限には溜められないので、デンプンという形で保存します。このデンプンをつくるときに二酸化炭素を使い、廃棄物として酸素を出す。これは炭酸同化作用という現象ですが、太陽光を使わないため光合成の『暗反応』とも呼ばれています。小学校で習っている光合成は、実は光合成の仕組みの一部である、暗反応のことです」

つまり、常に水と太陽光があるなら、わざわざデンプンにしてエネルギーを貯め込む必要がなくなり、二酸化炭素を酸素に変える作用も不要になるわけです。光合成の主な作用と思っていたものが、太陽光が届かない夜の時間帯のための備えだったと知り、衝撃を受けました。

「私たち人間は、ごはんを食べてデンプンを吸収し、それを消化してブドウ糖にして燃やしてATPをつくっています。デンプンは私たちにとっての栄養源になるので、それをつくる反応は大事だと小学校では習いますが、植物は夜間のために蓄えているだけ。暗反応である炭酸同化作用はあくまでも補助的なものなんです」

光合成によって太陽光が電力に変換される効率は、ほぼ100%

植物は39億年におよぶ進化によって、光合成という地球環境に優しくしかも光のエネルギーを最適に利用できる構造を獲得したのだと橋本先生。この優れたメカニズムは、すでに私たちの生活に取り入れられているのでしょうか。

「光をエネルギーとして電力をつくっているという意味では、光合成はすでに実用化されている太陽電池と一緒です。光合成と太陽電池の違いは、それをダイレクトに電気のまま取りだしているのか、別の形で利用しているのかという点だけです。太陽電池は半導体を利用して光のエネルギーを電気に変えます。わかりやすく説明すると、2種類の半導体が接合した界面に光をあてるとプラスの電気とマイナスの電気が生まれます。それぞれの半導体に引き寄せられた電気を電力として利用するのが太陽電池です。しかしこの反応はすごく狭い界面で起こり、ほとんどは電力として使えないまま熱になってしまいます。一方、光合成は太陽光のエネルギーをもらうと最初に発電し、しかもプラスの電気とマイナス電気が戻らないようにキープできるから、ほぼ100%という最高効率で電力にできるんです」

光を電力に変換する効率(光電変換効率)は、市販されている太陽電池で10~15%。良いものでも20%くらいしかなく、その効率の低さが最大の課題となっているそうです。効率の問題を植物は生まれたときから機能として克服しており、その仕組みを人工的に再現しようというのが人工光合成だと橋本先生は解説します。しかしその最高効率で発電された電力を得るには、課題があるようです。

「光合成では、太陽光エネルギーを吸収したタンパク質が発電し、その後、電気を送る、二酸化炭素を固定する、水を分解するための触媒を働かせるといった、およそ40ものステップを経てデンプンがつくられます。一つずつのステップは、エネルギーロスが少なくとても効率よく行われているのですが、たくさんのステップを踏むため、最終的にはごくわずかな電力しか残りません。かといって発電のステップから電力を直接、取り出すことは難しいため、今、めざしているのは燃料をつくる形での活用法です。たとえば化石燃料に代わるエネルギーとして期待が高まっている、水素をつくろうとしています」

とはいえ現在でも、太陽電池で発電した電気を使って、水を電気分解させることにより、水素と酸素をつくり出すことは可能です。しかし、太陽電池の光電変換効率が20%ぐらいで、電気分解の効率が40~60%なので、掛け合わせると水素が得られる効率は10%ほどになってしまうのだといいます。10%を超えれば実用レベルではあるものの、さらに効率を上げたいという橋本先生。「人工光合成では14%をめざしている」と意気込みを語ります。

「電力と違い水素であれば取り出しやすいですし、水を分解して水素をつくるだけなら必要になる光合成反応は40ステップもなく、太陽電池よりも効率が上がり、コストは下がるはずです。また、水の電気分解を行う際、通常は触媒として白金を使いますが、これは地球上の埋蔵量に限りがあるレアメタルです。一方、人工光合成の場合、レアメタルを触媒にしなくても電気分解が可能となります」

世界のエネルギー問題の解決に向け、めざすは人工光合成の完全実用化

もともとは動植物に広く存在する色素成分、カロテノイドを研究していて、人工光合成の研究も手がけるようになったという橋本先生。今から40年近く前、橋本先生が大学生だった頃は、光合成の明反応や発電のメカニズムについて、まだまったくわかっておらず、明らかにすればノーベル賞が取れるとまで言われていたのだそうです。

「現在は、バクテリアから高等植物に至るまで、少なくとも明反応を起こすために必要なタンパク質の構造は明らかになっていて、太陽光をキャッチする役割を果たしているのが、色素がタンパク質に結合した『色素タンパク質複合体』であることもわかっています。しかし、どのように動いているかの解明は、まだまだこれからです。色素タンパク質複合体が、どうやって光エネルギーを捕獲し、伝達しているのか。人工光合成によって太陽光燃料をつくりだすには、それらの機構を解明することが不可欠です」

橋本先生の研究室にあった光合成バクテリアの培養瓶。「光があれば光合成をし続けるサスティナブルな存在です」

光合成において光をキャッチするために必要な色素といえば、小学校でも習った葉緑素が代表的。緑色系の成分で、クロロフィルとも呼ばれています。ほかに赤色系のカロテノイドもその役割を果たしていて、色素タンパク質複合体は、これらクロロフィルやカロテノイドなどによって構成されているのだそうです。

「それぞれの色素は自分と同じ色の太陽光を反射や透過させてしまうため、クロロフィルは赤色の光は吸収しますが、青色の光を吸収する力は弱く、緑色の光は吸収できません。しかし実は太陽光のうちで一番エネルギーが強いのは青や緑です。そんな太陽光の一番おいしい光エネルギーを捕まえられるのが、赤色系のカロテノイドなのです。また、クロロフィルは、どんな植物でもほとんど同じ緑色なので、もし地球環境が変われば全滅してしまうおそれがあります。それに対しカロテノイドは地球上に800種類以上もあり、植物の種類によって色が違うだけでなく、少し構造を変えるだけでも黄色やオレンジ、紫など、さまざまな色に変わります。色が違うということは、吸収できる太陽エネルギーの波長も違ってくるので、それぞれケンカしないで取り合え、みんなが生きていられるようになるわけです」

橋本先生によれば、光合成は光を当てたらすぐに反応が始まるので、どのように状態が変わっていくのかをリアルタイムで追いかけることが可能なのだとか。その観測のために必要な世界最先端のレーザーを自分たちの研究室で開発したというから驚きです。

「時間分解分光といって、秒速30万キロで地球を7周半する光さえも止まって見えるくらいの速さで捉えられる測定装置です。これを使えば、分子が構造変化しながら動いているのが観測できます。そのため、光合成色素は時間とともに色が変わっていくのですが、そのときに分子の形がどう変わっていったのかを具体的に調べることができるわけです。これまでは天然の色素タンパク質で観測していましたが、最近は自然界に存在しない形の色素をつくって入れ替え、構造の解析をしながら光機能の解析もしています」

これまでに橋本先生らは、人工の光合成色素をはめこんだ色素タンパク複合体を生成。それらがきちんと生理機能を果たすことも確認しています。さらにはカロテノイド色素を再構成することで、これまで自然界で30%程度だったエネルギー伝達率を、80%にまで上げることにも成功しました。

「目標は、七色ある太陽エネルギーのすべてを余すことなく利用できるようにすること。太陽電池にしても太陽光燃料にしても、ネックになっているのは、光のエネルギーをいかに効率よく集められるかです。天然の光合成の仕組みを理解し真似すれば、これもクリアすることができ、エネルギー問題は解決すると私は考えています。植物には、長い生命の歴史の間に培われたサスティナブルなノウハウが全部詰まっていますので、無視する手はありません。残りの研究者人生、アイデア出しくらいで終わるかもしれませんが、こう進めればいいというサジェスチョンはしていきたいですね」

日本の成長戦略にも入っているという、人工光合成のプロジェクト。現段階では、100㎡の触媒パネルで水素を発生させる実証試験までは済んでいるとのこと。めざすは光触媒を使って水を分解し、出てきた水素と二酸化炭素を反応させ、化石燃料の代わりとなる有機物をつくるシステムの実用化です。

「地球上の人口は80億人を超え、2050年には90億人を突破すると言われています。一方で化石燃料は車のガソリンだけではなく、医薬品の製造にも必要とされている。エネルギー不足は必至ですし、少なくとも化石燃料からは脱却しておかないと、大変なことになります。まずは太陽光と水と二酸化炭素から有用な物質をつくれる道筋をつけておかねばなりません。人工光合成の分野において、日本は世界トップです。現在、世界的に連携して進められている脱化石燃料への取り組みを、この先も日本が牽引していくことを期待しています」

取材対象:橋本 秀樹(関西学院大学 生命環境学部 環境応用化学科 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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