無償の愛はどこからやってくる? 社会心理学で解き明かす、良好なパートナーのあり方とは

WELL-BEING

無償の愛はどこからやってくる? 社会心理学で解き明かす、良好なパートナーのあり方とは

多くの人にとって、親しい友人や恋人といったパートナーとの関係は豊かな人生を送る上で欠かせないものでしょう。困難に陥ったときに助け合ったり、楽しみを分かち合ったりできるかけがえのない相手である一方、ちょっとしたすれ違いで関係にヒビが入ってしまうことも。

社会心理学がご専門の清水裕士先生は、そんな親密な人間関係について研究されています。人間はなぜ親しい相手をつくり、無償の愛をそそぐことができるのでしょうか。さらに、パートナーとの関係を良好に保つ秘訣についても伺いました。

お話を伺った清水裕士先生。

Profile

清水 裕士(SHIMIZU Hiroshi)

関西学院大学 社会学部 教授。専門は社会心理学・グループダイナミックス。関西学院大学社会学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科 博士後期課程修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員、University of Melbourne 客員研究員、広島大学大学院総合科学研究科 助教を経て、2015年に関西学院大学 准教授に着任。2018年より現職。恋愛関係や友人関係などの親密な人間関係について、その成立条件や社会規範との関係を研究している。

この記事の要約

  • 人間が利他的に行動するのは、相手が「なくてはならない存在」だから。
  • 親しい人とトラブルは「メタコミュニケーション」で解決を。
  • 良好な人間関係のコツは、相手に期待しすぎないこと。

「無償の愛」は人間特有の生存戦略。

そもそも、親しい相手とただの知人とは何が違うのでしょうか。いろいろな答えがありそうですが、清水先生によると、「相手が困っているときに、見返りを求めずに助けることができるかどうか」に大きな違いがあるのだそうです。

「人がなぜ他者に協力するのかという問いは、社会心理学が扱う主要なテーマのひとつです。人間以外の動物が他者を助ける場合、その相手は親子やきょうだいにほぼ限られます。人間が赤の他人に対して利他行動をおこなうのは、自然界からすればとても珍しいことなのです。

ただし、人間であってもすべての人に無条件に利他行動を起こせるわけではありません。そんなことをしていては、自然界ではまっさきに淘汰されてしまいますよね。だから一定の条件で助ける相手を選んでいるわけですが、その条件こそが『親しい人』といえるのではないでしょうか」

つまり、自分にとって助ける必要がある相手のことを「親しい人」というカテゴリーに置いているのではないか、と清水先生。それでは、どんな理由があって人間は「親しい人」を必要とするようになったのでしょうか。

「2つの有力な説があります。ひとつは、病気や怪我といったピンチに陥ったときにお互いに助け合える関係をつくっておくためという説。もうひとつは、集団同士の戦いのときに協力しあえる仲間をつくっておくためという説です。

どちらも、一人では立ち向かえない危機に対応するために身に着けた戦略ということができるでしょう。その場の損得勘定と関係なく相手に助けの手を差し伸べるので、『無償の愛』に見えるわけです」

無償の愛にもそれなりの理由があると聞くと、納得はいくものの少し興ざめしたという方もいらっしゃるのでは。しかし、ここで大切なのは、「見返りなく助け合える関係は、お互いのことをなくてはならない、唯一無二の存在として認識しているということ」だと清水先生は言います。「たとえば誰から見ても他に代わりのいない、天才と呼ばれるような人物であれば、無条件に周囲の協力を得ることができるかもしれません。しかし大多数の普通の人はそうはなれないので、お互いを必要とする親しい相手をつくるという戦略を取っているのではないでしょうか」

人間以外の動物が血縁関係にない「赤の他人」を助けることは非常に珍しく、類人猿でまれに見られる程度だという

時代とともに多様化する親密な関係のあり方。

ひとくちに親しい相手といっても、その形成のされ方は関係性によって変わってくるといいます。友人関係ならば、楽しみや悩みを共有する相手として。恋人ならばそこに性的な欲求を満たすことが加わり、結婚すれば家族をつくるという目的に変化していきます。友人から親友へ、あるいは友人から恋人へといった変化についてははっきりと線引きできるものではなく、ギブアンドテイクの関係から唯一無二の関係へと徐々に変化していくものなのだそう。

さらに、親しい関係のあり方は社会的な要因によっても変化するといいます。「小説やドラマなどに描かれた恋愛の様相を見てみると、少し前まではいわゆるロマンチック・ラブ、理想的なパートナーを見つけて最後に結婚するという物語が多く見られましたが、最近はそうしたお決まりのルートに乗らない物語が増えてきました。時代の流れとともに恋愛関係が多様化してきていると言えそうです」

さらに言えば、恋愛の向かう先が家族をつくることから、お互いが自分らしくいられる関係を追求することに変わってきているのではないかと、社会学者・心理学者は考えているようです。若い世代と親世代とでは恋愛や結婚に対する価値観が合わないというのは当然のことかもしれません。

親しい相手と良好な関係を保つには、「ズレ」に気づくことが必要。

友人や恋人など、親しい相手と些細なことですれ違ってしまう経験は誰もが覚えがあるでしょう。パートナーとの人間関係をよりよく保つにはどうすればいいのでしょうか。清水先生は、「予防」と「対処」のふたつのコツがあると説明します。

「まずはすれ違いを予防しましょう。心理学には〈透明性の錯覚〉という言葉があります。相手と親密になればなるほど、『自分は相手のことをよく理解している』と思いこんでしまうことです。これは当然のことのようにも思えますが、実際は親しくなればなるほど相手を知るための会話は減っていくので、知らず知らずのうちにズレが生じてしまうこともあります。それに加えて30代、40代は仕事が忙しい時期ですから、パートナーと共有する時間が減ってしまいがちですし、夫婦ならば家事や育児の分担が温度差を生んでいるかもしれません。こうした『わかっているつもりで、全然わかっていない』ことがトラブルの原因になります。

予防策は、相手をよく知ることです。何に困っていて、何をしてもらうと嬉しいのか、日頃から丁寧にコミュニケーションをとることが大切です」

それでも喧嘩になってしまった場合の対処ですが、喧嘩の原因がわかっているのであれば、まずはお互いの利益を脇において話し合うことで解決をめざすことができるでしょう。しかし、難しいのは原因がわからないときだと清水先生。

「相手がなぜ怒っているのかわからない、なぜかこじれてしまうというときは、お互いに『何の話をしているのか』がずれているのです。たとえば、相手はただ『謝ってほしい』と思っていて、こちらは『どう埋め合わせれば許してくれるのか』を考えているとき。相手は『この人はなぜ素直に謝らないのか』と腹を立て、こちらは『なぜどうやっても許してくれないのか』と困惑しているのですが、お互いにはっきり言葉にしないので話はこじれるばかりです。

こうしたズレに気づくためには、〈メタコミュニケーション〉、つまりコミュニケーションのためのコミュニケーションが必要です。仲直りをしようとしているという前提に立って、『ちょっと待って、今、何の話をしてるんだったっけ?』とお互いの考えを整理してみるんです。怒りやプライドがそれを邪魔してしまうかもしれませんが、そこはぐっとこらえましょう。

利害の不一致ではなく、コミュニケーションのスタイルのズレが喧嘩の原因だとわかれば、そのルーティンを解消できるはずです」

「私もまだ40代になったばかり。あまり偉そうなことは言えないのですが…」と清水先生

社会心理学でコミュニケーションの分断を解消したい。

人間の心理を他者との関係性から俯瞰的に読み解く社会心理学。清水先生は、人と人の「心の距離」を測ることに興味をもってこの分野に進まれたのだそう。研究を進めるにしたがって、研究対象は個人の心の中だけではなく、個人を取り巻く人間関係全体や、他者との相互作用にまで広がってきたと振り返ります。研究の難しさと面白さについてもお聞きしました。

「研究手法としては、質問紙と呼ばれるアンケートを使った調査が多いです。パートナー関係にあるお二人に協力していただいて会話を観察するという方法もあるのですが、他人がいる前ではなかなか普段どおりの行動はしてくれないので、普段の様子を聞き取る調査のほうが確実なんです。

そうやってデータを取ってみても、驚くべき結果が出てくることはほとんどないというのが難しいところです。世の中の大多数の人は、一度や二度は誰かと親密な関係になったことがありますから、いわば誰もがエキスパートです。だから、誰もが腑に落ちる、当たり前の結果になるのはある意味当然なんです。

ですが、そうした当たり前の関係や行動を厳密に定義していくことで、新たな知見が生まれることもあります。そうしたポイントを整理して、世の中に対してメッセージとして伝えていくことができるのが面白いところですね」

清水先生は、対人関係の研究を発展させて、社会が抱える問題を解決することにも役立てていきたいといいます。

「TwitterなどのSNSでは、お互いが自分の意見をぶつけ合うだけで、議論が成り立たない状態をよく見かけます。これはコミュニケーションの分断と言うことができるでしょう。この分断は、マジョリティとマイノリティの関係でも見られます。近年は社会的に弱い立場にある方、マイノリティの方の権利を守っていこうという流れが活発になってきましたが、これに反感を覚える人もいます。マジョリティの側にいる人にとっては、今までのやり方でうまくいってきたし、これからもうまくいくというある種の思い込みがある。だから、マイノリティの方が不条理に直面している状況を正当化するバイアスが働いてしまうのだと考えられます。

こうしたコミュニケーションの分断がどうして起こるのか、どうすれば解消できるのかを、社会心理学の手法で明らかにしていきたいと考えています」

清水先生の本棚にはコミュニケーションに関する専門書が並ぶ

心穏やかでいるコツは、自分を過信せず、相手に期待しすぎないこと。

人間関係がますます多様化する現代社会で、コミュニケーションに起因する問題を避けて通ることはできません。それらに振り回されずに、心穏やかでいるためのポイントは「人に過剰に期待しすぎないこと」だと清水先生は言います。

「基本的に、人間はコミュニケーションが非常に得意な生き物です。だから相手に対して話が通じていないなんて思いもしないのですが、実際にはすれ違いが起こってしまう。なぜかといえば、私たちは普段、コミュニケーションのほとんどを言外の意味に頼っているからです。例えば、仕事で使っているような言葉遣いを家庭で使えば、伝えたいのとは別の意味が相手に伝わってしまうでしょう。伝わらないからイライラしたり、相手のことを下に見てしまったりします。

『もしかしたら話が通じていないかも』と気づくためには、『期待しないこと』が大切です。それは相手を馬鹿にすることではなくて、私たちは思っているほどコミュニケーションが得意ではないんだと自覚することかなと思います。自分の理想を相手に押し付けないこと、と言い換えてもいいかもしれません」

清水先生のおっしゃるとおり、自分の言いたいことが伝わらないときに、その責任を相手に押し付けてしまいたくなることは誰にでもあるのではないでしょうか。まずは自分が心に余裕を持つことで、パートナーとともに豊かな人生を歩みたいものです。

取材対象:清水 裕士(関西学院大学社会学部 教授)
ライター:谷脇 栗太
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

この記事が気になったら、
感想と共にシェアください

  • X(Twitter)
  • Facebook
  • LINE
  • URLをコピー