すでにある“建築ストック”から、建物の長寿命化を考える|暮らしのムダをなくす #4

WELL-BEING

すでにある“建築ストック”から、建物の長寿命化を考える|暮らしのムダをなくす #4

私たちは、実は膨大なムダやロスに囲まれて暮らしています。そんなムダの解決に取り組む研究シリーズ、第4回でご紹介するのは、建物の長寿命化について研究している飯田匡先生です。

かつての日本は木造建築が中心で、しかも地震や火災が多いことから、古くなった建物を壊して作り直す「スクラップアンドビルド」を繰り返してきました。しかし、資源が潤沢にあった時代は終わりを告げ、次々と新たな建物を作る「フロー型」から、一つの建物を長く使う「ストック型」への転換が求められています。「建築ストック」と呼ばれる、過去に建築され現在も存在している膨大な建築資産に注目し、再利用の実態などを分析している飯田先生に話を聞きました。

2023年10月に新たにオープンした建築学部の建築設計ユニット研究室にて

Profile

飯田 匡(IIDA Tadasu)

関西学院大学建築学部建築学科准教授。大阪大学工学部 建築工学科卒業、大阪大学大学院工学研究科にて建築工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)、一級建築士。建築設計事務所、大阪大学大学院 工学研究科講師を経て、2021年4月より現職。

この記事の要約

  • 日本では古くなった建物を壊して作り直す文化が主流だった。
  • 近年はフロー型からストック型への転換が進んでいる。
  • 建物の長寿命化には多くのメリットがある一方で課題もある。

変化しつつある、スクラップアンドビルドの文化

古くなった建物はスクラップ(廃棄)して、新しい建物をビルド(再建)する。日本で長く続いたスクラップアンドビルドの文化について、飯田先生は次のように説明します。

「日本は長らく木造建築が主流で、かつては資源(木材)が豊富にあり、人口も今よりはるかに少なかったので、スクラップアンドビルドを繰り返してもうまく資源が循環できていました。震災や火災による建て替えが多かったことも、スクラップアンドビルドが主流だったことと関係しています。昭和に入ってもこの文化は根強く残っていましたが、1970年代のオイルショックや、1972年に国際的なシンクタンクであるローマクラブが発表したレポート『成長の限界』などをきっかけに資源保護の重要性が意識されるようになり、建築もこれまでの新築重視のフロー型から、手入れをして長く使うストック型へと変えていかなくてはいけないという危機感が芽生えました」

一方、ヨーロッパでは、古い建物や街並みを残そうとする意識が昔から根付いている印象があります。木造建築と石造やレンガ造といった建築構造以外に、ヨーロッパで古い建物を使い続けていることに理由はあるのでしょうか。

「ヨーロッパでは、街にある建築は、たとえ個人の住宅であっても街の景観を形作る公共財であるという意識が強いように思います。住んでいる街全体が自分たちのものだという感覚があるから、街のことをよく知っており、街に対する誇りを持っている人が多い。日本はスクラップアンドビルドの文化の影響もあってか、自分の家が公共財であるという意識を持つ人はあまりいないようです」

しかし近年では日本にもストック型の考え方がじわじわと広がり、建築ストックの活用が少しずつ増えていると言います。

「建物を長く使い続けるために、ニーズに合わせて建物の改修、すなわちリノベーションする建物が増えています。リノベーションは、耐震改修や設備を大幅に入れ替えたり、当初以上に性能を高めたりするような大規模な改修のことをいいます。そして建築業界では、リノベーションの中でも、元の用途を変更して使うものをコンバージョンと呼んでいます」

飯田先生は大学院博士課程に在籍しながら、建築設計事務所で7年間勤務していた際に、病院の大規模改修に携わり、制約の中で設計を考えるおもしろさを実感したことから、リノベーションやコンバージョンといった建物の長寿命化に関心を寄せたといいます。現在は研究者として、建築ストックを大規模に改修した建物や、用途を変更して再利用している建物に注目し、その企画・設計手法や、利用・運営の実態などを分析しています。

文化財を商業施設としてコンバージョンする利点

リノベーションやコンバージョンによって、建物の長寿命化を行うことは、さまざまなメリットがあると飯田先生は説明します。

「長寿命化によって、建物の解体や建て替えを先送りにすることで、資源やエネルギー消費を削減できるというメリットがあります。この他、お店の開業なら新築よりも少ない費用で始められる、地域で親しまれてきた建物や景観の保全につながるといった、経済的・文化的なメリットも挙げられます」

ここで事例として、飯田先生は2019年に行った大阪府下にある登録有形文化財の建造物の調査をもとに説明してくれました。調査当時、大阪府下の登録有形文化財は721件で、その数は都道府県別でなんと日本一。建物の利用状況の内訳は住宅が43%、次いで学校が12%。コンバージョンされて活用されているものも多かったそうで、博物館などの文化施設になっているものが27%、次に多いのは商業施設で12%だったと言います。

飯田先生は、特に商業施設としてコンバージョンされた建物に着目し、調査・分析を行いました。

「建物の持ち主は、税金を支払わなくてはいけないし、メンテナンスなどの維持費もかかる。一方で商業施設なら人を呼び込みやすく、時にはテナントを入れ替えるなどリフレッシュしながら継続することもできます。貴重な建物を残そうとしてもボランティアでは続かないのが現実。事業として成立するという意味で、商業施設はメリットが大きいようです」

さらに、持ち主だけでなく、テナントにとってのメリットも大きいと言います。

「テナント側にもアンケートを取ったのですが、『古い建物だと家賃が安くて、しかも文化財で雰囲気も良い』『お客さまは建物を見に来る人や、独特の雰囲気を求めて来る人も多く、文化財であることがお店のPRになっている』といった声があり、非常に満足しているという回答が多く見られました」

多くの課題を乗り越えるためには、オーナーの覚悟が重要

オーナーにとってもテナントにとっても多くのメリットがあるリノベーションやコンバージョン。では、デメリットや課題はないのでしょうか。建物を利用する人の快適さや安全性に配慮した設計を研究する、建築計画学を専門とする飯田先生の視点でまず挙がったのが、建物の形態です。

「新築ならある程度思い通りの設計ができますが、改修する場合は『広いスペースを設けたいけれど、構造的に壁は取り壊せない』といった問題も当然出てきます。でも考え方によっては、それはメリットになることも。オリジナルの形態を活かすことで、独自の特徴にできる可能性もあるからです。そこは設計者の腕の見せどころだと思いますね」

制約をメリットに転換した好例として、飯田先生はロンドンのテート・モダンを挙げます。テート・モダンは、発電所跡をコンバージョンして作られた美術館で、かつて大型発電機が置かれていた空間を生かした「タービン・ホール」という巨大な空間が特徴です。

吹き抜けが圧巻のエントランス「タービン・ホール」。このコンバージョンは設計コンペによって決まったそう

「例えば展示室の面積を増やそうと思ったら、吹き抜けの部分に新たに床を作って階層を分けてしまうこともできます。でもそうせずに、新築でデザインしたら絶対にできないような、他のどの美術館にもない空間を作った。制約をメリットにうまく転換できるセンスがあれば、必ずしもデメリットではなくなるという好例ですね」

このようにメリットに転換できる一方で、課題はたくさんあると飯田先生は続けます。基礎工事からはじまる新築建築と比べて、既存建築のコンバージョンは費用が圧縮できるのが一般的ですが、現在の耐震基準に合っていない場合は耐震補強が必要になるほか、維持管理や修繕にかかるランニングコストが想定しにくい、というようにハード面に関わる費用の問題があります。さらに、建築確認申請の際に必要となるオリジナルの図面が紛失していたり、建築基準法の規定が用途によって異なるためコンバージョンが困難であったりと、手続き上の問題が再利用の妨げになるケースもあります。

また、「新築重視の中で、中古住宅に対するイメージを変えるための取り組み、そして中古物件情報の発信が足りないのが現状です」とも言います。

今から約10年前に政府が発表した成長戦略には「中古住宅・リフォーム市場の倍増等」の項目があり、新築重視の住宅からストック重視への転換が盛り込まれています。国土交通省では、住宅の設計、施工、改修などの履歴を保存する住宅履歴情報「いえかるて」の普及に努めるなど、中古住宅にあるマイナスイメージを払拭し、中古住宅を選択できるよう環境整備が進んでいます。

多くの課題がある中で、特に重要なキーとなるのは「オーナーの覚悟」だと飯田先生は語ります。

「さまざまな事例を調査・分析してきて、やはりオーナーの思いの強さや覚悟が重要だなと実感しました。例えば、大阪の北浜にある生駒ビルヂングは、1930年に時計店の本社ビルとして建てられたアールデコ様式の美しい建物ですが、現在は建設当時の社長のお孫さんが引き継いでいます。その方は『祖父が建てた建物を守っていきたい』という思いがとても強い。大阪市の中心部では、貴重な近代建築が多く失われましたが、このオーナーは古くても建て替えるという考えは全くないんです。現在はレンタルオフィスとして運営されていて、非常にうまくいっている例ですね」

最後にもう一つ、課題となる場合もある重要なポイントとして、飯田先生は「これから使うためのニーズと、元の建物の現状とのマッチング」を挙げます。

「リノベーションやコンバージョンだと、元の形態がどんなものであっても自由に作り替えれられると思われがちですが、実はそうではありません。これから使う用途になるべく近いものを選んでおかないと、改修費用が大きく違ってくる可能性もあります」。マッチングがうまくいった例として、あるゲストハウスの立ち上げがあるそう。施主は300軒もの物件を見て回り、最終的に選んだのは社員寮として使われていた建物だったといいます。寮だったスペースをほぼそのまま客室に転用できて、間取りの変更が最小限で済んだため、費用や工期をかなり抑えられました」

大阪市内にある、社員寮だった建物をコンバージョンしたゲストハウス。この水回りのように(写真右)、活用できるものはできるだけ残すことで、レトロな雰囲気も残しながら、工事費用の削減にもつながっている

ニーズとのマッチングは、一般の人たちが中古で家やマンションを購入してリノベーションする際にも重要だと言います。

「購入する前に、仕上がりのイメージをできるだけ明確に思い描いておくことが大切です。その際は、今のイメージだけではなく、数10年先のライフスタイルの変化まで想定しておく。リノベーションを依頼する会社が決まっているようなら設計士に見てもらって、判断するのが確実です。建物の構造など、専門家でないとわからない部分もありますから」

実践の場から研究・教育に携わって20年以上。今後、ご自身の研究を通してどのように社会に還元していきたいと考えているのでしょうか。

「設計視点から考える建築計画学はものづくりの学問ですから、建物の実物に関わっていくことが本来の目標です。特に人間の身体特性にあった空間のあり方を探る建築人間工学の視点をベースに、より快適、安全で使いやすい建物を考え、いかにして実践に移していくのか。研究成果をいかに社会に還元していくのか。それが最も重要だと考えています」

取材対象:飯田 匡(建築学部 建築学科 准教授)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

この記事が気になったら、
感想と共にシェアください

  • X(Twitter)
  • Facebook
  • LINE
  • URLをコピー