AIの生成物に著作権はある? AI時代に知っておきたい基礎知識と最新動向
コンピュータが学習したデータをもとに、文章や画像、音声、動画などさまざまなコンテンツを作り出す生成AI。ここ1、2年で急速に普及し、多くの人にとって身近な存在になりました。しかし、既存の著作物のデータをAIに与える機械学習や、それをもとにコンテンツを生成したりインターネット上で公開したりすることは、著作権侵害にあたらないのでしょうか。情報化社会における著作権法について研究している谷川和幸先生に、著作権の基礎知識から最近の動向まで、詳しくお話を伺いました。
Profile
谷川 和幸(TANIKAWA Kazuyuki)
関西学院大学法学部教授。法務博士(専門職)。京都大学大学院法学研究科修了。福岡大学などを経て、2021年4月に関西学院大学へ。2023年4月より現職。著書に『教育現場と研究者のための著作権ガイド』(共著、有斐閣)、『図録 知的財産法』(共著、弘文堂)など。
この記事の要約
- 著作権とは、著作物=人間のエスプリ(精神)が宿った表現を保護しようとする考え方。
- アメリカとヨーロッパでは、著作権に対する考え方や目的が異なる。
- 日本では、著作権法第30条の4により世界に先駆けてAIの機械学習を推進した。
- AIからクリエイターを保護するには著作権以外の視点も必要。
子どもの落書きや作文も対象。意外と身近な著作権
そもそも著作権とはどんな権利で、いつどのようにして生まれたのでしょうか。谷川先生は次のように説明します。
「著作権は、自分が作った作品は自分だけが使えるという独占権。したがって、作者以外の人による無断利用があれば、使用の差し止めや損害賠償の請求ができます。著作権が生まれたきっかけは、15世紀に登場した活版印刷です。印刷技術によって無断出版がしやすい状況が生じ、これを規制するために著作権が作られました」
ちなみに、世界で最初の著作権法を作ったのはイギリス。1710年に施行されたアン女王法が、著作権法の元祖だと言われているそうです。一方、日本で著作権法ができたのは明治維新以降でした。
「日本は1899年に、著作権を世界各国がお互いに保護しあうという内容のベルヌ条約に加盟し、国内法を整備しました。これは日本国内の作者の権利を守るためというよりは、ヨーロッパ列強の外圧で著作権法を作ったという意味合いが大きいです。つまり、ヨーロッパの先進的な著作や発明を日本で使う時に、ちゃんと対価を払いなさいと圧力がかかったんですね」
著作権法の対象といえば、小説やマンガ、音楽、写真などさまざまなものが思い浮かびますが、どのように定義されているのでしょうか。
「著作権法の保護対象として、著作物という概念があります。著作物は『思想又は感情の創作的な表現』と定義されています。人間の思想や感情、フランス語で言うところのエスプリ(精神)が宿っている表現を保護しようという考え方ですから、経済的な価値の有無は関係ありません。プロではない一般人が書いた文章や撮影した写真、子どもの落書きや作文も、創作性が認められれば対象になります」
また、著作権は特許権や商標権のように、特許庁に出願(申請)して承認されてから権利が発生するものではなく、創作と同時に発生すると谷川先生は説明します。つまり、誰もが著作権を持っていると言えるわけです。
このような考え方は世界共通のものですが、実はヨーロッパとアメリカでは方向性の違いがあると言います。
「エスプリというのはヨーロッパで生まれた発想です。作品は人間の人格的な発露である。だから人権として保護しなくてはいけない。これがヨーロッパ的な考え方です。一方、アメリカの考え方はもっと合理的。著作権の制度がないと、海賊版が出回ることで新規の作品を作ろうとする意欲がそがれてしまい、社会が停滞する。そういう困った状況を是正するために、著作権を与え、創作のインセンティブにしようという発想です」
日本は明治時代にベルヌ条約に加盟したこともあり、著作権を人権として考えるヨーロッパ的な思想から始まったものの、戦後はアメリカの影響が強くなり、現在は創作インセンティブを考慮して合理的に考える見解が有力になっているそうです。
今の日本は機械学習パラダイス!?
もともとは活版印刷をきっかけに、出版物の海賊版を規制するために生まれた著作権法。時代が流れ、映画やテレビ、ラジオ、インターネットと新たなメディアが登場するのに合わせて、著作権法も改正を繰り返してきました。特にここ数年は、毎年改正が行われているそうです。そんな中で最近特に注目されているのが、AIと著作権の問題。
AIは、これまで世に送り出された情報に対して機械学習を行いますが、情報の発信者に許可を取ることなく学習するのは、著作権侵害にあたらないのでしょうか。
「ヨーロッパとアメリカの方向性の違いは、AIへの対応にも表れています。ヨーロッパは、人権である著作権を最優先にすべきであり、無断でAIに学習させるのは違法だと捉え、基本的には規制していこうという慎重な姿勢です。一方アメリカは、AIが機械学習を行ったほうが、社会がより発展するだろうと、結果から逆算的に考えて許容していく方針です」
では、日本はというと、実はアメリカよりも早くAIの機械学習を許容する方向で推進し始めたと言います。
「日本では、2018年に著作権法第30条の4という条文が作られました。この条文が意味するのは『日本ではAIが学習し放題です。機械学習パラダイスです』ということ。これをアピールポイントに海外のAI企業を日本に誘致して、国際競争力を高めていこうという政策的な方針を打ち出したのです。日本がこの条文を作ったことで、シンガポールなど、これに追随して同様の規定を導入する国も現れました」
著作権法第30条の4には、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」という文言が記されています。この「享受を目的としない」の箇所が非常に重要だと谷川先生は説明します。
「著作物は本来、人間が見たり読んだり聴いたりして、心を動かすもの。つまり人間に対して働きかけるものです。そのような作品を作り出してくれた作者に、しっかりと金銭的な見返りを与えるべきです。違法な海賊版によって心が動かされたときに、その対価が作者に還元されないということがあってはならない。そのために、海賊版の規制が必要だという発想でした。しかし、AIに関して言えば、プログラムが文章や画像を学習するので、享受しているのは機械であって、人間ではない。これは著作物の本来的な用途とはいえません。だから機械学習を禁止する必要はないというロジックなんです」
一方ヨーロッパは、あくまでも人権と捉えているため、機械しか享受しないような状況でも著作権は及ぶと考えているそうです。ただし、非営利の研究目的の場合に限っては学習OKという例外も設けています。
日本では営利・非営利にかかわらず、すべて学習OKとされている状況。直接学習したのはAIだとしても、結局は生成AIを通して元の作品を人間が享受していることにならないのでしょうか。そんな疑問を投げかけると、まさに今それが問題になっていると谷川先生は指摘します。
「実はこの条文を作った時に主に想定していたAIは、生成AIではなく、分類や識別をするAIだったんです。当時はそういったAIが中心でしたから。しかし、2022年から生成AIが爆発的に普及して想定外の状況になり、この条文を維持できるのか、大きな問題になっています」
技術の発展が法整備を飛び越えてしまった状態。しかし、歯止めの条文も存在しています。著作権法第30条の4には、「ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合には、この限りではない」と書かれています。
「著作権者の利益を不当に害する場合は、例外の例外として原則に戻る。つまり、無断利用はできません。この一文が歯止めになるだろうと、今のところは考えられています。ただ、実際に裁判になった事例はまだないので、その境界線は不明瞭な状態ではありますね」
クリエイターの著作権保護は、多面的に考えていくべき問題
ここまではAIの機械学習についてお話を伺ってきましたが、AIによる生成物の著作権については、現在の日本ではどのように考えられているのでしょうか。
「著作物は『思想又は感情の創作的な表現』と定義されていますから、AIが生成したものには人間の思想・感情は入っていないため、著作権はないという解釈が一般的です」
ただし、「AIを道具として使った場合」には、著作物だとみなされる可能性が高いと、谷川先生は付け加えます。
「プロンプトを打ち込んで、AIが提案してきた無限のバリエーションの中から一つを選んだだけでは、人間による創作とは言えません。しかし、AIの原案に対して人間が編集や調整を加えてできあがったものは、著作物である可能性が高いです。できあがったものの外形だけでは判断できないので、人間による創作の貢献がどれだけあったかというプロセスを示す証拠が必要になりますね」
著作権法第30条の4が作られてからわずか数年の間に生成AIが普及し、状況が一変した中で、議論されていることの一つとして、谷川先生は「アイデアの保護」の問題を挙げます。
「従来、アイデアや作風、技法といったものは、著作権の保護対象ではありませんでした。美術界で印象派の技法に多くの画家が触発されたように、アイデアの利用は自由にしておいたほうが新たな作品が生まれ、文化が芳醇化すると考えられていたからです。でも今では生成AIが、手塚治虫風のキャラクターもYOASOBI風の曲も、何万パターンでも作れてしまうので、アイデアも保護してほしいというニーズがあります」
確かに今のままのルールでは、AI時代においてクリエイターを保護するのは難しそうです。谷川先生はどのような対応が必要だと考えているのでしょうか。
「クリエイターを何とか保護したいという思いはあります。でも、著作権法で対応するべきか、という点には疑問があります。AIのために著作権法の考え方そのものを変えてしまうと、かえってこの後の人間の創作に悪影響を及ぼす可能性があるからです。『YOASOBI風の曲を作ったらダメ』としてしまうと、YOASOBIの影響を受けた人による新しい表現が生まれにくくなってしまいますよね。だから、著作権法はあくまでも人間に対する規制として今のままにしておいて、AIの規制は完全に別で考えたほうが良いのではないでしょうか」
例えばフランスでは、クリエイターを保護するための新しい法案が2023年9月に提出され、「AIが著作物を学習する際には権利者の許諾を得ること」「AI生成著作物については、その生成に寄与したオリジナルの著作物の作者を明らかにすること」「オリジナルが特定できない場合には、そのAIシステムを運営する企業から税金を徴収して集中管理団体(※)に配分すること」などが盛り込まれたそうです。
※権利者から信託を受け、権利者に代わって著作物や実演などの利用管理、使用料の徴収などを行い、権利者に分配を行う団体。日本音楽著作権協会(略称JASRAC)もその一つ。
「『AIによる生成に寄与したクリエイターに対価を支払うのが難しい場合は、税金として納めなさい。国がジャンルごとの権利団体に再配分します』という仕組みですね。個々の著作権は一旦置いて、産業全体でお金を回そうという大胆な制度設計です」
こうしたフランスの対応から、著作権だけの問題というよりは、むしろ経済の問題であり、産業政策の方向性として考えていく必要があることがわかります。目まぐるしく状況が変わっていく中で、最新の動きを注視しつつ、私たち一人ひとりはどのようにAIと向き合っていけば良いのでしょうか。最後に尋ねると、谷川先生はこんなふうに答えてくれました。
「AIにできることはAIに任せて、人間がすべきことを考えていく必要があるでしょうね。AIが集めてきた情報をどう分析して、どのように使って、どんな社会にしていきたいのか。人間のアイデアやクリエイティビティがより重要になると思います。AIはあくまでツールとしてうまく使って、人間が決断する。それが人間に残された最後の仕事ではないでしょうか」
取材対象:谷川 和幸(関西学院大学 法学部 教授)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります