複雑で多様化する現代を、「学びのコミュニティ」で軽やかに生き抜く

CAREER

複雑で多様化する現代を、「学びのコミュニティ」で軽やかに生き抜く

働き方改革や、終身雇用をはじめとする従来の雇用形態の崩壊などを背景に、パラレルキャリアという選択も当たり前になりつつあります。このような時代において、新たなキャリアデザインを描くためのヒントとして注目されているのが「実践共同体」という概念です。

今回は、実践共同体研究の第一人者である松本雄一先生に、実践共同体とは何か、そして日々の生活への取り入れ方、さらにはキャリアや人生観を広げるコツをうかがいました。

Profile

松本 雄一(MATSUMOTO Yuichi)

関西学院大学商学部教授。博士(経営学)。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論、人的資源管理論。主な研究テーマは実践共同体による人材育成、組織における技能形成。『ベーシックテキスト 人材マネジメント論Lite』『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』(同文舘出版)ほか、著書多数。『実践共同体の学習』(白桃書房)が2019年度日本経営学会賞(著書部門)研究奨励賞を受賞。

この記事の要約

  • 実践共同体とは自由に、自律的に運営する学びのコミュニティ。
  • 実践共同体は個人にも組織にもメリットがある。
  • ひとりではないことを再確認する勇気の共同体でもある。

実践共同体とは組織内外に構築する学びのコミュニティ

国内大手メーカーや経営コンサルティング会社などでも取り入れられているという、「実践共同体」。業務効率化や新たな人的ネットワーク形成といった効果があると聞けば、ビジネスパーソンとしては気になるところ。とはいえ、まだ、聞きなれない言葉かもしれません。実践共同体とは何なのでしょう。「一言で表すなら、組織内外に構築する学びのコミュニティです」と松本先生は言います。「もう少し具体的に説明するなら、自分たちが学びたい、知見を深めたいテーマについて、知識創造や共同学習などに取り組む実践の場です」

知識創造や共同学習を実践する場。となると、これまでの勉強会や研修会と何が違うのでしょうか。さらにお聞きすると、「勉強会や研修会は強制力がありますが、誰かに言われて参加するのではなく自主的な集まりです。運営も自律的で、参加しない人が出ても、去る者は追わず。学ぶだけでなく、親近感や自分の居場所だと感じられる場と理解してもらえばいいと思います」と先生は語ります。

学ぶ内容もさることながら、自律と自由が肝である実践共同体においては、コミュニティ内での繋がりのほうが重視される傾向にあると言います。勉強会との違いはこの「繋がり重視」にあるようです。

「企業における実践共同体で話を聞くと、『我々は〇〇を学ぶ会ですが、勉強するのは集まる口実で、その後の飲み会が本番です』とはっきり言う人がいるくらいです(笑)。もちろん、学びもしっかりするのですが、勉強以外の何かがあるコミュニティが実践共同体。参加して楽しいことが重要です」

こう聞くと、大学時代のゼミを思い出します。同じ関心事のもとに集まった同士との学びの場であることは大前提として、時には共に飲み語らい、旅に行くことも。そしてそこが自分の居場所となっていく……。

「大学のゼミはかなり近いと思います。しかし実践共同体は興味がなくなれば行かなくてもいいですし、勉強を真面目にしなくても大丈夫。学ぶという点では勉強会や研修会とかぶっていますが、強制力があるこれらとは違う。いわゆるサードプレイスとして今の時代に求められているものです」

なんとなく、実践共同体という概念がつかめてきました。「子どもの学びはある程度の知識の詰め込みが必要なため、苦しさや我慢が伴います。しかし、大人は苦しんで学ぶ必要はありません。大人の学びには、れっきとした学ぶ動機があって、人との繋がりの中で楽しんで学ぶという人生経験こそが大きな資源となる。それが大人の学習なのです」と松本先生は補足します。

実践共同体では、積み重ねられた集合知によって、今まで自分が抱えていた疑問や不安が一瞬で解決してしまうこともあると、松本先生は言います。その事例として挙げたのが、介護施設での実践共同体。「介護施設は勤務シフトもバラバラで非常に忙しいことが大半です。そんな中、ある施設では課題感を抱いていたリーダーが『まずは月に1回、学習活動のために集まろう』と声を上げました。集まってみて初めて、『我々はつながりを求めていたんだ』ということに気づいたというんです」。普段関わり合いのないスタッフ同士との交流や、個々が抱えていた悩み相談も行われる学習活動=実践共同体では、「その後、学習活動の時間を確保するために業務改善が行われ、業務の効率化にもつながったそうです」

興味関心をフックに、人とつながることがポイント

それでは、実際に企業や自治体などに籍を置く組織人は、どのような実践共同体で、どのように学んでいけばよいのでしょうか。まず、学びと場の関係について、松本先生は「3つの輪」の図を用いて説明してくれました。

松本先生の著書『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』の図をもとに作成(以下、同様)

「図の①のように組織Aで学べることと個人Bが学びたいことが一致していれば何の問題もありません。しかし実際には②のように、個人が学びたいのに組織では学べないケースが往々にしてあります。そのような場合、これまでは③のように個人が学びたいことを、組織で学べることに近づけるしかありませんでした」

ここで実践共同体の登場です。「④や⑤のように、個人が学びたいことが学べる実践共同体Cを探して所属したり、なければつくればいいんです。先ほど紹介した介護施設では、⑤のように職場で実践共同体を作っていたことになります。そして実践共同体は⑤のC-1やC-2のように複数あっても構いません」

なるほど、ひとつの組織の中で学び得た知識や技能だけで、一生のキャリアを完結させることが難しくなってきた今の時代、組織の内外で複数の学びを楽しみながら、知見を得られる実践共同体に注目が集まる理由がわかってきました。

「とはいえ、勤務先である組織の中で『複数のキャリアが大事ですよね』とはなかなか言えないものです。そういう時は組織の外で、例えば『キャリアを考える会』に行けばいいんです。他にも業務に関係しづらいこと、例えば論語を学びたいなら『論語を読む会』に参加すればいい。『個人で学べない』というのは、『組織で学べない』という意味ともうひとつ、『個人で学ぶには大変』という意味もあります。ひとりで論語の『子曰く~』とやるより、集まって読んだ方がずっと早く深く、楽しく学べるはずです」

実践共同体での学びのテーマは、いわゆる学問やビジネスにつながらなくてもよいのでしょうか。「テニスでもサッカーでもサウナでも、集まる目的はなんでもかまいません。とにかく大事なのは、興味があることを軸に人が集まることです」と力説します。

「仮にテニスの実践共同体があったとして、終わったら“はい、さようなら”ということは、ないじゃないですか。試合後に食事に行ったら、それぞれの会社の課題について語り合うはずです。テニスは集まるための最初のフックであって、テニス以外のことにも学びが広がることがあるんです。人が集まることによって多くの知識も集まり、そこにはより高い次元の知識や、課題に対する最適な解があるかもしれません。そんな集合知が得られるコミュニティ、それが実践共同体です」

組織も個人も、実践共同体に関わるデメリットはない

これまでの先生の話から、参加者のメリットには、①自分が学びたいことが学べる、②仕事を離れて学べる、③仲間と一緒に学べるそして集合知を得られる、ということがわかりました。

さらに「実践共同体に参加することのデメリットはない」と言い切る松本先生。組織に属する個人が実践共同体を通じて、次々に新しい知識と経験を得るだけでなく、組織から新たな世界に踏み出す可能性もあります。この場合、実践共同体という存在は、組織にとってデメリットにはならないのでしょうか。

「そこは組織のマネジメント次第です。従業員の意見を柔軟に対応する、実践共同体で得た知見を組織活動に活かすしくみ、すなわち循環的学習の学習サイクル(下図)ができていれば、組織内の雰囲気がよくなったり、イノベーションを起こすためのプロジェクトが生まれたりすることがあるからです」

循環的学習の学習サイクル(松本先生の著書『ベーシックテキスト 人材開発論Lite』の図をもとに作成)

「また、個人の学びたいことが組織外で実現できると、『やりたいことができないから組織を辞める』という極端な選択にはなりません。やりたいことが外で叶えられると、自然と人は組織内でできること、もっと言うと組織内でしかできないことにも目が向きます。それが個人にとっても組織にとってもwin-winなパラレルキャリアになるのではないでしょうか」

所属するコミュニティがあるから、新しい挑戦ができる

実践共同体には、頻繁に集まって知識を交換して学ぶ「熟達型」と、頻度は低くとも大規模に集まって人脈を広げる「交流型」の2つのタイプがあるといいます。松本先生は「熟達型と交流型を積み重ねる重層構造こそが実践共同体の力を発揮する理想の形なので、得手不得手や興味対象、目的によって使い分ければよいと思います」とアドバイスします。

では、実践共同体を生活に取り入れようと思った場合、コミュニティはどこで探せば良いでしょう。「自分に合った実践共同体を探し、参加するのに、SNSは最適なツールです」と松本先生は言います。「SNS、中でもFacebookにはさまざまなコミュニティが立ち上がっています」

実践共同体が気になるものの、コミュニケーションが苦手な人はどうすれば…とお聞きすると、「そういう人は引っ込み思案でも大丈夫な実践共同体に入るか、そのようなコミュニティをつくるのがいいかと思います」とアドバイス。「ただ、可能なら少し頑張って自分から既存のコミュニティに加わる経験も、ぜひしていただきたいですね。積極的にかかわることで見つかる、新たな自分の居場所というものがあるからです」

もう一つ気になるのが、自分で実践共同体をつくってうまくいかなかったとき。大人になるほど失敗を恐れてしまうものです。この問いにも、松本先生はとてもポジティブ。「実践共同体が失敗した時に考えられる最悪の事態とはなんでしょうか。苦い思いをして少し傷つくかもしれませんが、人脈は残ります。そして失敗はしたものの、挑戦したという手ごたえは残ります。実践共同体は完全にゼロになることはないんです」

こうして松本先生の説明を聞いているうちに、例えば学生時代のゼミやサークル然り、私たちはすでにいくつかの実践共同体、あるいはその土台となるようなものとつながっていたんだということに気づきます。

「自分はひとりだ、なんていうのは基本、個人の認知です。私たちはさまざまなコミュニティに囲まれて生きてきたという実感。自分はこのような人たちとこれまでの人生を生きてきたという展望が見えることを『実践の展望』と言います。自分には帰る場所があるということを再認識することから、今後のキャリアを考えることもおすすめです」と松本先生。

キャリアの構築はもちろん、自分の来し方行く末の展望にもつながり、生きる勇気まで湧いてくる「実践共同体」は、複雑に、そして多様化する時代の道しるべになるのかもしれません。

取材対象:松本 雄一(商学部 教授)
ライター:青柳 直子
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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