高温・乾燥耐性を持つ植物から、グリーンイノベーションと食糧不足の解消を

RESEARCH

高温・乾燥耐性を持つ植物から、グリーンイノベーションと食糧不足の解消を

地球温暖化の進行によって食糧不足が懸念され、生産性を維持するための作物の品種改良が求められています。宗景先生は、この問題解決の一助となる高温・乾燥耐性を持つ「C4(シーヨン)植物」の研究者。 イギリスのオックスフォード大学が主導する、C4植物に注目したイネの品種改良プロジェクト「C4 Rice Project」に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が巨額の資金援助を行うなど、世界的に注目されている分野です。そんなC4植物の研究について、宗景先生に話をお聞きしました。

Profile

宗景 ゆり(MUNEKAGE Yuri)

関西学院大学生命環境学部生物科学科 教授。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士課程修了、博士(バイオサイエンス)。研究分野は光合成、環境適応、ストレス耐性、分子育種。

この記事の要約

  • 植物の光合成には従来型のC3(シーサン)型と進化の過程で獲得したC4型がある。
  • C4型光合成を行うC4植物は高温・乾燥耐性がある。
  • C4型への進化の原因遺伝子がわかればC3植物にC4の特長を付与できる。
  • 品種改良には交配、遺伝子組換え、ゲノム編集がある。

高温と乾燥による不作の一因は光合成の停止

「NASAのデータによると、この50年で地球の気温は大陸では1℃から2℃、極地では4℃まで上昇しています」と宗景先生は言います。

「地球温暖化による気候変動は、洪水や山火事、氷河が溶けることによる海面の水位上昇など、各地でさまざまなことを引き起こしています。農業において、一番影響が大きいのは干ばつで、作物収量が減少します。温暖化が進めばこれまで育てられなかった寒冷地での栽培が可能になる農作物が出てきますが、一方では従来、栽培してきた温帯地域では農作物が育てられなくなります。特に赤道付近は干ばつがさらに厳しくなるのは明白であり、『農作物の乾燥耐性、高温耐性を強化させることができないか』というのが、私の研究の動機です」

宗景先生の研究は植物の光合成。「光を使ってCO2を有機化合物に変換するシステム」について、分子生物学の視点から光合成の研究を行っています。「分子生物学は簡単に言うと、遺伝子変異とその結果起きる表現型(性質)の変化までをつなぐ学問。遺伝子変異は生物の進化を促します。植物界では太陽の光を奪いあう生存競争の中でより効率の良い光合成能力を獲得したものが生き残るため、世代を経るごとに、より環境に適した遺伝子変異を蓄積し、光合成の進化が引き起こされます。この光合成の進化メカニズムを研究しています」

では、光合成と植物の乾燥耐性、高温耐性はどのように関係するのでしょうか。

「まず光合成の原理からお話ししますね。H2O(水)とCO2(二酸化炭素)を使って、有機化合物をつくり、同時にO2(酸素)を出すというのが、植物の光合成の基本です。陸上植物は葉っぱで光合成を行います。葉っぱの細胞の中の葉緑体には光を集める色素を結合したタンパク質がたくさんあり、それらは光を使ってH2Oを分解して電子を取り出し(このときO2が発生)、化学エネルギーに変換します。CO2は化学エネルギーによりどんどん結合され、有機化合物である糖とデンプンに変えられていきます」

光合成のように、光をエネルギーに変えるシステムというと、ソーラーパネルなどを連想しますが、「人工的なシステムは、光変換効率の面で植物の光合成には及びません。というより、人間がなかなか真似できるものではないのです」と宗景先生は力説します。

ただし、高温と乾燥に見舞われると、光合成が阻害されるのが弱点。「CO2を固定するためにRuBisCO(ルビスコ)という酵素が使われるのですが、高温になるとRuBisCOが持つCO2識別能力が下がるため、光合成能力が低下します。さらに乾燥してくると植物は水の蒸散を防ぐために葉の表面にある穴(気孔)を閉じます。気孔が閉じるとCO2も入ってこなくなり、光合成が停止してしまいます。そのため、干ばつは穀物生産に大きなダメージを与えるのです」

優れたシステムでありながら、弱点もある植物の光合成。しかし光合成にもタイプがあり、高温、乾燥の影響を受けやすいのはC3型光合成。私たちが主食とするイネ(米)、小麦、ダイズ、ジャガイモは、C3型光合成を行うC植物です。一方で、高温で乾燥した環境下でも能力が低下しない光合成もあり、それが、宗景先生が研究しているC4植物による「C4型光合成」。C4植物は、農作物だとトウモロコシやサトウキビ、農作物以外ではススキやエノコログサ、イヌビエなどが代表的な植物として挙げられます。

では、なぜC4型光合成は高温や乾燥の影響を受けづらいのでしょうか。

「C4型光合成は、C3植物からC4植物への進化の過程でCO2濃縮機能が付加された光合成様式です。C4植物は少しだけ気孔を開けて水分の蒸散を防ぎつつ、取り込んだ少量のCO2を濃縮することができるのです。C3型光合成は一つの細胞の中で完結しますが、C4型光合成では二つの細胞で機能を分担することで、CO2を濃縮させます。CO2濃度が高くなることで、RuBisCOによってCO2が固定されやすくなるため、光合成能力が下がらないのです」

実際、どのぐらいCO2を濃縮できるのかとお聞きすると、C4植物の細胞内でのCO2濃度はC3植物の10倍ほどにもなるとのこと。「そこで、C4植物がもつCO2濃縮機能をC3植物に付加できれば、作物の乾燥・高温耐性を強化できるのではないか?と研究者たちは考えたわけです」

C4型のCO2濃縮機能をC3植物に付与しようという取り組みは、さまざまな国で行われていますが、そのひとつがここ日本。国内では過去に、CO2濃縮経路で働く四つの代謝酵素をC3型であるイネのゲノムに入れる研究・実験を行ったものの、光合成活性は向上せず、逆に成長は悪くなってしまいました。その結果を受けて、CO2が濃縮するための条件は代謝酵素が働くことだけでなく、二つの細胞が分担して光合成を行うことで一方の細胞へCO2が漏れ出ないように濃縮すること、さらに代謝のバランスがとれていることが重要ではないかと考えられています。また、イネの維管束鞘細胞(いかんそくしょうさいぼう※)には葉緑体がほとんどないことも原因として指摘されているそうです。

※葉・茎・根において、物質移動の通路となる維管束の周囲に位置する細胞。

「CO2濃縮機能を付与するためには数多くの改変が必要で、実現不可能と考える研究者も多くいます。しかし、植物は実際に進化という過程を経てCO2濃縮機能を獲得しました」

C3型光合成を行うさまざまな植物からの進化によりC4型光合成を行う植物が出現

「地球に光合成生物が誕生し、陸上に生息域を拡大した植物はすべてC3型光合成を行っていました。C3型から何世代にもわたり遺伝子変異を重ねた進化の結果、生まれたのがC4型光合成を行う植物です。C3植物とC4植物の生息分布をマップに落とし込むと、温帯・亜熱帯地域ではC4植物が占有していることから、C4植物は高温環境に有利であることがわかります。植物にはさまざまな属・科がありますが、C4型への進化は、系統学的解析から独立に66回起きたと言われています。属・科が異なっていても何か共通の因子があり、それによって同じような進化が起きたと考えられるんです」と宗景先生は話します。

では、C4植物は、いつ出現したのでしょうか。

「約3000万年前です。そしてC4系統の中でもっとも最近、といっても約500万年前ですが、C4型が出現したのがキク科のフラベリア(Flaveria)属です。フラベリアはメキシコで発生した植物ですが、C4進化が起きた時期が近いためC3型、C4型、そして両方の性質を持つ中間型が現存しています」

研究室には温度管理がされたスペースでC3種、C4種、中間種の栽培が行われている

宗景先生は、「C4型光合成はC3型光合成から一足飛びに進化したわけではなく、中間的な光合成様式を経て進化したのではないか?」という仮説をもとに、C3型、中間型、C4型のフラベリアそれぞれの光合成を細胞レベルで解析を進め、C4型の代謝酵素は中間型ですでに発現しており、C4化が進むにつれて細胞特異的に発現するようになったことを突き止めました。

「あとは何がC4化を引き起こしたのか。そのゲノム変異(原因遺伝子)を見つけたいのです。ゲノム変異を見つけることができれば、C3植物にそのゲノム変異を導入し、自発的にC4化させることができるのではないか、そう考えています」

DNA残留の有無が品種改良の規制ポイント

CO2濃縮機能により効率的に光合成を行うC4植物の形質をC3植物に導入する。これが実現すれば、地球温暖化に適応した作物を育てることができるようになります。では、今の日本の規制でそれは可能なのでしょうか。その鍵を握るのが、「DNAの突然変異」「交配」「遺伝子組換え」という品種改良に関わる言葉と定義です。

「イネを例にとると、イネの原種は雑草同様で、その実は小さく登熟するとすぐに脱粒してしまう植物でした。DNAの突然変異によって登熟しても実が脱粒しない収穫に適したものや、たくさん実るものが生まれています。人間はこれらの中から食べるのにふさわしく、収量の多いものを選抜して、育ててきました。これを育種といいます。交配というのは、それぞれの種の長所を掛け合わせて誕生したもの。たとえばコシヒカリは、味は良いものの茎が長くて倒れやすいという栽培面の短所がありましたが、茎が短く倒れにくい種と交配させ新しい種が生まれています」

では、遺伝子組換えはどうでしょう。「交配では種を超えた遺伝子の導入はできません。一方、遺伝子組換えでは、種を超えて外来遺伝子を植物の染色体に組み込むことができるというのが最大の特徴です」

イネならイネの品種間で、イチゴならイチゴの品種間でというのが交配。遺伝子組換えの「種を超えて」について、宗景先生はトウモロコシの品種開発を例に説明してくれました。

「遺伝子組換え作物のリーディングカンパニーはアメリカにあり、主に除草剤に耐性がある農作物と、害虫に強い農作物が遺伝子組換えによって生み出されています。その一つにBt(ビーティ)生産トウモロコシがあります。Btとは土壌細菌が持っている殺虫成分のあるタンパク質のこと(※)。Btの遺伝子をトウモロコシに組み込むことにより、害虫であるオオタバコガに耐性を示すトウモロコシが開発されました。このトウモロコシは害虫には影響しますが、人体に害はありません。同様に外来遺伝子を導入する遺伝子組換え技術によって除草剤耐性を示す遺伝子組換えダイズもアメリカでは多く生産されています」

※Btはバチルス属の細菌(バクテリア)である「バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)」を表す略語。

日本では遺伝子組換え生物が、生物の多様性に悪影響を及ぼさないよう「カルタヘナ法」によって規制され、遺伝子組換え植物の栽培は禁止されています。ただし、日本の安全審査を経た遺伝子組換え作物は輸入流通が認められ、主に飼料や油などの加工食品には使われているものもあるそうです。

そして、近年台頭しているのがDNA配列に変異を組み込む「ゲノム編集」。人為的に突然変異を起こし、性質を変える技術です。C4植物の特性をC3植物に組み入れる宗景先生の研究もゲノム編集に該当します。

ここで宗景先生から質問が。「ゲノム編集された作物は、遺伝子組換えに該当すると思いますか?」。発生しているのは突然変異と同じですが、そのために使われているのはDNAを触る人工的な技術。いったい、どちらなのでしょう。

「これは、現在の国内のゲノム編集食品の取り扱いに関するルールでは、遺伝子組換えと非遺伝子組み換えのどちらの場合もあります。ポイントは、変異後に外来遺伝子が残っているか否か。ゲノム編集によって変異を起こさせた作物と自然界の突然変異によって生まれた作物の見分けがつくのか、ということです。外来遺伝子が残っている場合は規制対象で、残っていなければ規制対象外となります」

カルタヘナ法におけるゲノム編集生物の取り扱いのルール。農研機構ホームページ「バイオステーション」の図をもとに、一部抜粋して作成

地球温暖化が進んでいるニュースが浸透しているとはいえ、食卓には当たり前のようにごはんが並ぶ日々。そんな日常に宗景先生は言及します。

「今、ごはんが食べられたらそれでいいのでしょうか。雨が多く緑豊かな日本では干ばつを想像しにくいかもしれません。植物の進化のメカニズムを明らかにして、C4化を起こしたゲノム変異を見つけ出し、C3植物にC4植物の高温耐性、乾燥耐性を付与することで、グリーンイノベーションを起こしたい。これは私や、C4 Rice Projectに参画する研究者を含め多くの光合成研究者の目標です」

取材対象:宗景 ゆり(関西学院大学 生命環境学部 生命環境学部 生物科学科 教授)
ライター:青柳 直子
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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