社会的孤立をどう防ぐ? 格差社会へと進む、現代日本における「貧困」の問題を考える

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社会的孤立をどう防ぐ? 格差社会へと進む、現代日本における「貧困」の問題を考える

「貧困」が日本社会においても大きな問題であるのは、誰もが知るところです。しかし危機感を覚えている人もいれば、深く考える機会が少ない人もいるのが現実でしょう。現代日本における貧困の実態はどのようなもので、その課題解決には何が必要なのか。20年以上もあいりん地区(釜ヶ崎)でのフィールドワークを続け、貧困問題と向き合っている白波瀬達也先生に伺いました。

Profile

白波瀬 達也(SHIRAHASE Tatsuya)

関西学院大学 人間福祉学部 社会起業学科 教授。博士(社会学)、専門社会調査士、社会福祉士。大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員などを経て現職。貧困などの不利が集中する都市・地域の課題を、フィールドワークの手法に基づき研究。単に実態を把握するだけでなく、課題解決のための政策やソーシャルアクションについても研究している。大阪市西成区でソーシャルワーカーとしても活動し、2012年から市が中心となり進める「西成特区構想」プロジェクトにも参画。著書に『宗教の社会貢献を問い直す』(ナカニシヤ出版)、『貧困と地域』(中公新書)など。

この記事の要約

  • 日本の相対的貧困率は15.7%、先進国のなかではアメリカと並んで高い状況。
  • この20年でホームレス状態の人は激減したものの、社会的孤立は深刻化。
  • 誰もが自立できる社会の実現には、まず現状と今後向かう方向を知ることが大事。

日本の相対的貧困率は緩やかに上昇し、所得格差も広がりつつある。

日本は暮らしやすい国、裕福な国といったイメージが、長らく根づいていました。日本の貧困者は増えているのでしょうか。白波瀬先生はこの問いに、「高度成長期から1980年代のバブル期までは、中流意識をもつ人が多く、相対的貧困率も今より低かった」と答えます。相対的貧困率とは、世帯所得が水準(中央値)の半分に満たない人たちの割合を示す数値です。

「実は当時から格差はありましたが、多くの人は将来の経済的な見通しが立ちやすい状況にあったため、社会問題になりにくい時代が長く続いていました。しかしバブル経済が崩壊すると、経済的な見通しが立つ層と立ちにくい層に二極化していきました。相対的貧困率も緩やかに上昇し、1985年には12%だったのが、今では15~16%になっています」

格差社会が進んだ国としてよくアメリカが挙げられますが、日本の相対的貧困率はアメリカと並ぶ高い状況にあるのだと、白波瀬先生は説明します。国によって相対的貧困の水準は違うものの、ここ20年ほどの間で、格差の広がりを実感している人が日本にも多くいるのではないでしょうか。所得格差の是正が日本の政策課題にもなってきています。

「格差が広がっている理由には、雇用の流動化や少子高齢化が挙げられます。また高齢期の貧困も理由の一つです。多くの人が必ずしも、年金を充分に受けているわけではありませんから。しかも日本の全体的な所得は緩やかに下がってきており、そのなかの格差なので、状況は厳しいと言えるでしょう」

厚生労働省「平成29年版厚生労働白書 -社会保障と経済成長-」から

路上生活者は激減したものの、居住不安定者は少なくない。

貧困問題とも深く関わっているのがホームレスの問題です。日本では、「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」を2002年に制定。その頃から対策をとるようになり、「ホームレス状態で生活している人の数は、この20年の間で激減した」のだそうです。

「国が最初に調査した2003年には、路上生活者は25,000人ほどでした。それ以前の統計がないのは、まだホームレスが社会問題じゃなかったからです。その後、仕事や医療、福祉につなげる支援を行っていくことで、2007年には18,564人、2021年には3,824人にまで減っています。国や地方自治体の取り組みもありますが、NPOや宗教団体、民間の支援団体など、官民両方の動きにより減り続け、現在は先進国でも非常に少ない部類です」

厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」から

対して、世界一の経済大国であるアメリカのホームレス問題は深刻です。政府やNGO、NPOでの対策には限界があり、アマゾンやアップルといった大企業も大規模な支援に乗りだしています。

「解決への障壁として、アメリカの場合は住宅供給の問題も大きいですが、日本はそれほど厳しくない。また、日本には生活保護制度をはじめ、救済する社会福祉制度も整っています。これら制度を利用すれば、脱却は比較的たやすいといえるでしょう。それでも家族に連絡されることへの懸念など、さまざまな事情で生活保護を受けない人もいます」

ホームレス状態で生活している人の数が減るにつれ、残っている人たちは高齢化しています。これは「若い世代がホームレス状態になりにくいわけではなく、早い段階で何らかの支援につながっているから」だと白波瀬先生。しかしそこには、また別の問題が横たわっていると語ります。

「NPOやボランティア団体、行政らが、早期発見・早期解決をめざして動いてきた結果、路上生活者の数は目に見えて減っていますが、若い世代でも自宅がなくて知人の家に居候をしていたり、ネットカフェが生活の場所だったりと、居住が不安定な人は少なくありません」

支援が進むにつれ浮き彫りになってきた、社会的孤立の問題。

「路上生活者」の数が激減したとはいえ、まだ解決したわけではないホームレスの問題。その質はどのように変わってきたのでしょうか。「日雇労働者のまち」として知られ、ホームレス生活者の多かった大阪市西成区のあいりん地区(釜ヶ崎)で長年、フィールドワークを続けてきた白波瀬先生。約20年前に初めて訪れたときは、「わかりやすく困窮している状況が見える地域だったので、かなりのカルチャーショックだった」と振り返ります。

「僕が大学生だった2000年前後は、まさに格差の問題が大きくなっていた頃です。就職氷河期で、自分自身、将来の見通しが立ちにくい事態に直面していました。そんななか授業であいりん地区について知り、貧困が集中している地域の現実を見てみたいと興味をもったのがきっかけです。当時、ホームレスを支援するのは、ほとんどが社会運動団体か宗教団体でした。あいりん地区では、キリスト教系の団体が炊き出しなどを行っており、なくてはならない存在になっていました」

あいりん地区内の公園

ホームレス状態の人々に対し、行政が対策を講じる以前から、宗教団体は重要なセーフティーネットをつくってきました。しかしそこには、意図せず問題を先送りする実態もあったと、白波瀬先生は考えます。

「炊き出しは応急的な支援の典型でもあります。一時的な命綱にはなりますが、毎日続ければ依存状況をつくりだし、結果的にホームレス状態からの脱却を困難にしてしまう。本当に必要なのは、炊き出しのなくなる生活に底上げしていく支援です。とはいえ、ホームレスが社会問題化するまでは、何も持たない状態で流入しても生きていける支援が大切な役割を担っていました」

その後、支援母体が増え、食事だけでなく居住支援や就業支援も進みます。白波瀬先生も、あいりん地区でフィールドワークを行う一方、対人援助を続けていきますが、その過程でまた、新たな問題が浮き彫りになってきたと語ります。

「かつては単なる失業問題だと捉えられていましたが、就労支援を丁寧に行っていくと、一般の労働市場に参入できない人も、現実には多いことがわかってきました。現在存在している仕事が合わず、ミスマッチにより精神的にも身体的にも消耗し、どんどん自己肯定感が下がっていく人たちがいるわけです。表面的には屋根のある暮らしになってはいますが、社会的なつながりがなければ、その後の孤立は深刻化していきます。あいりん地区では、事実、孤立死も頻発しています。たとえ生活保護を受けられ、一見、安定した生活になったかのように見えても、社会的に孤立していたことが、亡くなって初めてわかるというケースもあります」

少なくとも必要なのは、自分の置かれた状況や存在を肯定できる社会。

「あいりん地区の問題は、今後の日本社会が向き合わないといけない問題でもある」と警鐘を鳴らす白波瀬先生。家族や地域社会との交流が極端に乏しくなる社会的孤立の問題は、これまで特殊なものだと思われてきましたが、次第に身近になってきたと指摘します。

「結婚せず、家庭をもたず、単身で生きるという暮らし方は、今の日本社会では特別なことじゃありません。不安定就労者も増えていて、1989年のバブル期には19.1%だった非正規雇用率が、2019年には38.3%にまで上がっている。女性で56%、男性で22.8%です。そのことと家族形成できないことは当然、連関しています。あいりん地区の問題は、既にほかの地域でも緩やかに起こっていることだと言えるでしょう。社会的なつながりが乏しい、収入の見通しが立ちにくい、高齢期の収入が不足する……。いずれも身近な問題になってきています」

厚生労働省「令和2年版厚生労働白書」から

とはいえ、就労支援をするにしても、「個人の能力を高めるアプローチには限界がある」と白波瀬先生は考えます。そして、これはホームレスや不安定就労者に限らず、多くの人に関わる問題なのだともいいます。

「積極的に学び直し、社会の変化に対応できるだけの強さが手に入ればいいですが、どんどん競争は激化しますし、ついていけない状況は誰しもに必ずつきまといます。それほど高度な仕事に従事できなくても将来の見通しが立つ、あるいは少なくとも自分の置かれた状況や存在を肯定できる社会をつくっていかなければ、社会的孤立がますます進んでしまうでしょう。選択できる仕事のメニューを増やしたり、より多様な人が携われる仕事を創出したりと、就労課題をもっている人たちが安心して勤められる環境を、いかにつくっていくかが重要です」

関心をもつきっかけがなければ、貧困問題は“自分事”にならない。

「将来的な見通しが立たない」時代が既に20年以上も続き、不安定就労も既に当たり前となってきた現代。多くの人にとって、貧困問題はいつ自分の身に起こるかわからない、いわば“他人事”にできない問題です。にもかかわらず、白波瀬先生のお話を伺うまで、対岸の火事だと思い込んでいたことに気づきました。

「正直、きっかけがないと“自分事”にはならないと思うんです。安定層と不安定層の分断は広がる一方なので、どんどん共感しづらくなっている。自分のなかで深刻な課題だと腑に落ちれば、なんらかの形で関わろう、活動できないなら寄付しようといった行動につながるかもしれませんが、関心をもつ取っかかりをつくることも難しい。安易な問題解決なんてないんですよね」

誰もが自立できる社会は理想です。実現に向けて、私たちに何ができるのでしょう。小さな一歩は、「現状を知り、今後どこへ向かおうとしているのかを正しく知ること」から踏みだせると、白波瀬先生の言葉からくみ取れます。

「たとえばあいりん地区も、特殊なまちだからつながれないと思われがちでしたが、どんどん変わりつつあり、新しい地域の形をめざして開けてきています。ビジネスをやっている人たちにも現状を知っていただき、『そういう課題があるなら、連携して一緒に何かできないか』などと感じてもらえればありがたいですね」

そもそも「自分の置かれた状況や存在を肯定できる社会」は、貧困の問題に関わらず、すべての人に必要なもの。安易な解決策はないものの、現実を知り、目を向けることで、何かを変えるきっかけが得られるのではないでしょうか。

開発が進むあいりん地区。写真は建て替えが予定されている「あいりん総合センター」

取材対象:白波瀬 達也(関西学院大学人間福祉学部 社会起業学科 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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