生成AIで仕事はどう変わる? いまリスキリングが求められる理由

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生成AIで仕事はどう変わる? いまリスキリングが求められる理由

リスキリング支援に5年で1兆円を投じる方針を、2022年10月、岸田文雄首相が衆院本会議で表明しました。データやAIの活用が進む中、私たちの働く環境、そしてこれからの社会は、どう変わろうとしているのでしょう。情報化を中心とする社会変化の影響や対処法などを研究している鈴木謙介先生に話を聞きました。

Profile

鈴木 謙介(SUZUKI Kensuke)

関西学院大学社会学部教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員、株式会社シタシオンジャパン顧問。専攻は理論社会学。情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。2009年に関西学院大学に着任、2024年から現職。『暴走するインターネット―ネット社会に何が起きているか』(イーストプレス)、『カーニヴァル化する社会』(講談社)、『SQ―“かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『未来を生きるスキル』(角川新書)など、著書多数。

この記事の要約

  • 従来の手法を刷新し、新しいスキルにキャッチアップするのがリスキリング。
  • ビジネスツールとして普及した生成AIが、仕事の前提を変える大きな要因に。
  • リスキリングを推し進めるには、まず“量の頑張り”をやめる必要がある。
  • 雇用の多くがAIに取って代わられるわけではないが、格差の広がりが問題。

日本社会全体のDXを進めるのが、リスキリングの大きな流れ

岸田首相が打ち出したことから、日本でもにわかに注目されるようになったリスキリングですが、鈴木先生によると、リスキリングとは「2018年の世界経済フォーラムで提唱された概念」だと言います。世の中に蓄積されるデータとIoTやAIなどのデジタル技術によって、社会や生活を改革するDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進される中、「DXに対応するためのスキルを身につけることが急務の課題となり、リスキリング支援につながっている」と説明します。

これまで広く使われていた「リカレント教育」は、分野を問わず学び直すことを意味していましたが、リスキリングは、職業や業務に結びつく教育に限定されているのが特徴です。そして、リスキリングとともによく使われるようになったのが「アンラーニング」。こちらは過去の学習で得た価値観やスキルを、新たな学びによって修正するという意味です。これらのことから、「役立つスキルを身につけるというよりも、従来のやり方を捨ててでも新しいスキルにキャッチアップしなければならないという意味が含まれている」と言います。

鈴木先生によれば、政府によるリスキリング支援の目的は「成長産業への労働移動」と「産業構造の転換」。1つめの目的、成長産業への労働移動はDXに対応できない生産性の低い企業から生産性が高く高賃金な企業への転職を促すことで、労働者全体の生産性と賃金を高めるのが狙い。そのため、リスキリングに「転職のためのスキルアップ」というイメージを持つ人も多いと指摘します。

一方で、個人(労働者)視点ではなく、社会に視野を広げると見えてくるのが2つめの目的、産業構造の転換。日本は他の先進国に比べてDX化が遅れていると言われていますが、自社のビジネスを効率化するためには、DXに対応したスキルを持つ人を雇用するだけでなく、従業員にデジタルスキルを学ばせる必要があります。企業のそういった社内研修や自己啓発の支援などの取り組みもリスキリングの範疇なのです。

つまり、個人レベルでの「転職のためのスキルアップ」による「成長産業への労働移動」と、企業レベルでの「自社の生産性向上のためのDX教育」による「産業構造の転換」の2つがリスキリング支援の狙いであり、これらは相互に関係しているといえます。

DXに対応した企業が増えなければ、個人がどれだけスキルアップしても活躍することはできません。だからこそ、政府は個人へも企業へもリスキリング支援を行い、日本社会全体のDXを進めるという大きな流れを促進させようとしているのです。

ビジネスツールとして定着した生成AIが、仕事の前提を変える

ここで、“企業ができる取り組み”について考えるべく、労働環境に目を向けてみましょう。たとえば広くビジネスツールとして導入されつつある生成AIは、「仕事の前提を変えている」と鈴木先生は評します。

その一例として挙がったのが議事録の作成。従来は業務の経験が浅い人が担うタスクであるケースが多く、作成を通じて取引先の情報や社内のプロジェクトについて知るという、教育的な側面も持ち合わせていました。しかし生成AIを使えば、ミーティングの録音データを文字に起こして瞬時に要約することも可能です。「3日かかるタスクが生成AIで効率化できるなら、その時間にほかのスキルを勉強したほうがよっぽど効率的。『無駄に思えるかもしれないが、勉強のためにやってみろ』というような、今までのワークスタイルでまかり通っていた前提は見直す必要があるでしょう」

そして、このような意識の変化こそが、企業のDXを推進するうえで大事なのだと言います。

「DXの推進、つまり産業構造の移行に必要なのは、社会通念の変化。働き方に関していうと、『長い時間をかけて組織や集団にコミットしていることが評価の対象になる』という考え方を大きく転換する必要があるわけです。さらに言うなら、日本の労働生産性は先進国でも最低レベル。利益が小さいだけでなく、無駄に時間を浪費していると言わざるを得ません。それはひとえに長時間、従業員を拘束して、組織に貢献させないと成果が上がらないと思っている経営者が多いことの表れです」

2022年のデータをもとに作成された「OECD加盟諸国の時間当たり労働生産性」。出典:公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023」

「従来のやり方で成功されてきたベテランの方々ほど、考え方を変えるのに勇気がいるでしょう。しかし、意識改革とDXが進んだ企業にとっては、DXに対応できない従業員のコストを余計に背負うことになる」と鈴木先生。

「同じ成果が上げられるなら、時間も手間を省けたほうがいい。にもかかわらず、それらを“手抜き”や“サボり”だと見なす文化が、日本には根深く残っています。生産性も上がらないのに時間ばかりかけて組織にコミットしている人より、介護や育児のために時短勤務をしつつも成果を上げられる人のほうが高く評価されてしかるべきです。リスキリング、そしてそこからつながるDXを推し進めるには、まず“量の頑張り”をやめることを社会全体に定着させる必要があるのではないでしょうか」

人間にしかできない仕事は効率化が難しく、賃金が上がりづらい

先生が例としてあげた生成AIが、今まさに私たちの労働環境を変えているように、今後、技術がさらに発展していくと、人間の仕事それ自体がAIに奪われるのではないかと危惧する声もあります。鈴木先生は、「これについてはいくつか誤解を解いておく必要がある」と語ります。

雇用代替論の根拠となっているのは、オックスフォード大学のマイケル・オズボーンとカール・ベネディクト・フレイが2013年に発表した、「雇用の47%が、コンピューターに置き換えられる可能性が高い」という論文です。この説に対する反論として、欧州経済研究センターのアーンツとグレゴリーらは2016年、「人間が担うタスクのうち、70%以上の部分が置き換えられるものは9%程度である」とする論文を発表しました。「たとえばスーパーの仕事でも、レジ打ちのように自動化できるタスクがある一方で、お客様への質問対応や品出しなど人間が担うタスクがあり、その割合は小さくないというわけです」

つまり、「AIの進化によって、仕事に就ける人がいなくなる」という議論は、あまりにも極端だといえます。「私たちが向き合わないといけない問題は、AIなど技術進化による失業ではなく格差の拡大です」と鈴木先生は語ります。

「AIで代替することのできない仕事とは、すなわち効率化が難しい仕事であり、それゆえに賃金が上がらない傾向が強い仕事です。たとえば、観光業界やホテル業界などの接客サービス。これらは、人手はかかるのに成長産業のように利益率がいいわけではありません。医療職や介護職なども同じです。しかもこれらの職業は、効率化によって一人ひとりにかける時間を短縮されたら不安になります。リスキリングによってデジタル化できる産業が成長して給料が上がる一方、それがやりにくい産業、職業との間で格差が広がっているのが現状です。リスキリングやDXを推進するだけでなく、人間にしかできない仕事への社会的な対策が必要になることも、気にするべきではないでしょうか」

取材対象:鈴木 謙介(関西学院大学 社会学部 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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