小学校の英語「教科化」から4年。英語教育現場のいま、これから

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小学校の英語「教科化」から4年。英語教育現場のいま、これから

20年ほど昔なら小学生にとっての英語は“習い事”の一つで、学ぶ子どもも限られていましたが2020年度から小学校で英語が「教科」になりました。一方、さまざまな翻訳アプリのおかげで、英語を話せずとも外国人と容易にコミュニケーションができる社会も到来しつつあります。そこで、小学校英語教育の在り方などを研究する泉惠美子先生に、近年の英語教育事情や、いま英語を学ぶ意義についてお聞きしました。

Profile

泉 惠美子(IZUMI Emiko)

関西学院大学教育学部教授。博士(学術)。高校の英語教諭、兵庫県立教育研修所指導主事、京都教育大学教授などを経て、2019年4月から現職。専門は英語教育学、応用言語学、授業研究、カリキュラム・評価論、英語の絵本を用いたLearning by Story-telling、異文化コミュニケーション。英語教育の活動設計と指導と評価では、代表を務める小学校英語評価研究会の「小学校英語Can-Do評価」に関連した研究が文部科学省の科学研究費助成事業に3期連続して選ばれている。

この記事の要約

  • 2020年度から小学校の外国語教育が必修化。小学5、6年で外国語が教科に。
  • 子どもたちの英語力は上がってきているが、まだ課題も多い。
  • 英語教育の指標として、“できる感”を高める「小学校英語Can-Do評価尺度」を開発。
  • 外国語を学ぶことは思考や人格形成にも大きな影響を与える。

小学5、6年で外国語が教科に。成績評価もされる

ここ10年ほどで、子どもたちの英語など外国語を学ぶ環境が大きく変わってきています。2011年度から小学校高学年で外国語活動が必修となり、さらに2020年度には教科としての外国語が必修化されました。必修化によって、どのように変わったのでしょう。

「これまで小学5、6年生を対象に授業で行われてきたのは、異文化・異言語に慣れ親しむために、歌やクイズ、ゲーム、体験的な活動などで楽しく学ぼうという『外国語活動』でした。これが変わったのが2020年度の学習指導要領の改訂です。小学3、4年時には『聞く』『話す』を中心とした外国語活動を年間35単位時間、週1コマ行うようになり、小学5、6年時には『読む』『書く』が加わって、“教科”として70時間単位、週2コマ行うようになったのです。教科なので、国語や算数と同じように検定教科書があり、数値評価による成績がつきます。この点が大きく変わったところです」

外国語教育、つまり英語教育の早期化・教科化と同時に高度化も進み、学ぶべき単語数も増え、小学校で600~700語を学び、高校卒業までに4000~5000語を学ぶといいます(前学習指導要領では、高校卒業までに学ぶ単語は3000語程度)。

また、2021年度からGIGAスクール構想に基づいて児童1人1台の情報端末と高速通信環境の整備が進められていますが、2024年度からは他の教科に先駆けて、外国語で学習者用デジタル教科書の導入が始まるなど、デジタル面の整備も外国語教育を後押ししています。

「子どもたちは自分用のタブレットを持っていて、いつでも、どこでも、何度でも音声を聞いたり、動画コンテンツでネイティブスピーカーが話す様子を見たり、実際に外国の文化や人々の生活を知ったりできるようになりました。これはすばらしい進歩だと思います」と泉先生は話します。

小学校の英語教育は過渡期。成果も課題もある

小学校での外国語教育が大きく変わって4年が経ち、どのような変化が見られるのでしょうか。「小学校の英語教育は過渡期」としつつも、泉先生は成果が上がっていると実感しています。

「外国語活動から始まった日本の小学校の外国語教育は、英語には日本語とは異なる発音やリズムがあるという気づきや、異文化に対する関心を高めるものでした。これらの経験のおかげで、英語を聞こうとする態度や、外国人のALT(Assistant Language Teacher:外国語指導助手)にも臆することなく英語で話しかけるなど、態度面はとても育ってきていると思います。また、自尊心や他者尊重の感情を醸成するのも英語教育の目的のひとつですが、日本語だと気恥ずかしさがある思いも英語だと素直に伝えられるなど、コミュニケーション力も育っています」

実際、文部科学省の「令和5年度英語教育実施状況調査」によると、平成25年度(2013年度)と比べ、CEFR A1(※、英検3級)以上に達した中学生は32.2%から50.0%に、CEFR A2(英検準2級)以上に達した高校生は31.0%から50.6%に増加。2011年度から始まった外国語活動によって、子どもたちの英語力が上がっていることがわかります。

※CEFR(セファール)とはヨーロッパ言語共通参照枠といい、英語などの言語能力を評価する国際的な指標のこと。

文部科学省の「令和5年度英語教育実施状況調査」をもとに作成

一方で、自治体によって英語教育の取り組みに差があったり、小学校と中学校の授業スタイルの違いで小中連携がうまくいかなかったりと、課題も多いと泉先生は話します。なかでも、教員への負担は大きな問題になっているのだそう。

というのも、今の小学校教員の多くは教員養成課程で英語を教えるということを学んでおらず、英語を指導することに慣れていないから。さらに、「デジタル教科書が導入されましたが、教員への研修はまだまだこれからで、人によっては新しいツールを使って教えることに慣れるのに少し時間がかかるもしれません。また、小学校の中には、自分のペースで学習する『自由進度学習』の時間を取り入れ、子どもたちはわからなかったことを振り返ったり、タブレットに録画して発表の練習をしたりしているところも。今、教え方も学び方もどんどん変わっているので、先生方は、知恵や工夫、マインドセットや発想の転換も必要だと感じています」。

“できる感”を高める「小学校英語Can-Do評価」を提唱

まだまだ手探り感がある、小学校での英語教育ですが、授業設計と評価のあり方について研究している泉先生は、研究グループ「小学校英語評価研究会」で「小学校英語Can-Do評価尺度」やパフォーマンス評価、eポートフォリオの開発を行っています。

「CAN-DOリスト」とは、外国語の学習到達目標を「~することができる」という形で指標化したもの。中学校・高校の外国語の授業では、生徒の語学力を明確化するため、文部科学省が「CAN-DOリスト」の活用を手引としてまとめ発表していますが、小学校でも同じように、「CAN-DOリスト」の導入を推進。この「CAN-DOリスト」を、授業の振り返りに活用するためにより具体化したのが、泉先生たちが開発した「小学校英語Can-Do評価尺度」です。

この「小学校英語Can-Do評価尺度」は、学習の成果を示す総括的評価ではなく、学習過程での進み具合を常に確認する“形成的評価”に基づいているのが特徴で、教員は「児童が何をどこまでできるようになっているか」をリストにして児童に自己評価させます。自己評価は4段階。1は学習者に自信がなくまだ難しいと感じている段階、2は自信があまりない学習者でも何らかの補助的な足場があればできる段階、3は到達すべき目標を達成した段階、4は自信のある学習者を飽きさせないような挑戦的課題を設けた段階、という具合です。

泉先生は「2の段階がとても重要。たとえば逆上がりでも、一人ではできないけど、ちょっと手を添えればできる子どもがいます。そういう段階を捉えられるようにしています」と話します。形成的評価によってできるようになりつつある段階を可視化し、児童それぞれに示すことで、“できる感”(有能感)や自己効力感、自己調整力を高めることが狙いだといいます。

小学校英語評価研究会の活動は学会の研究グループからはじまり、その後、文部科学省の科学研究費助成事業に採択され、現在3期11年目。すでに北海道や東京、京都、大阪、沖縄をはじめ、多くの小学校で利用され、実践報告や感想なども寄せられているそうですが、今後も教育の現場で役立てられるように、研究会の活動は続けていくそうです。

「小学校英語Can-Do評価尺度」の研究の成果をまとめた冊子。これまで開発したすべての「Can-Do評価尺度試案」は、泉先生の研究室のホームページで公開しています

外国語を学ぶことは、もう一つの窓を持つようなもの

「英語は他の教科と違って、すべてを完璧にわからなくてもよい」と話す泉先生。「英語を専門的に学んできた私たちでも、英語母語話者と話す場合は相手が言うことをすべて理解するのは難しいものです。学習者には、曖昧さに耐える力、そして間違っても気にしない姿勢を伝えたいと思います」

また、家庭で子どもに英語を触れさせるときは、子どもの発達や興味に合わせて、タブレットなどで音声や歌を一緒に聞いたり、絵本を読み聞かせたり、海外に行った経験を話したりするなど、英語を学ぶことは楽しいこと、夢が広がることだと感じられるようにするのが良いというのが、泉先生からのアドバイス。そして、「英語など外国語と国語(母語)教育は共通しているので、自分の気持ちをどう言語化するか、人の話をきちんと理解できるかなどのためには、日本語でのコミュニケーションも大切になる」と言います。

AIによる機械学習も進む昨今、スマートフォンの優れた翻訳アプリも手軽に使える時代になりましたが、子どもに「なぜ英語を学ぶのか」と問われたら、先生はどう答えるのでしょうか。そんな問いに、「言葉は思考や人格そのもの。人を傷つけもするし、幸せにもします。本物の言葉による意味のやりとりを学んでほしい。また、言語教育は創造的思考力や感情・情緒面も育てる大切なものです」と泉先生。自然に身につく母語とは異なり、意識して学ぶからこそ外国語から得られるものは多いのかもしれません。

「英語教育はEmpowermentとEnlightenmentがとても重要です。Empowermentは自分と異なる人と心を通わせる力。Enlightenmentは光を当てて物事の本質をしっかりと理解すること。異なる言語や文化に触れることで、日本語という一つの窓だけでなく違う窓を持つことができ、グローバルな視野や寛容性を養い、共感、柔軟な発想ができるようになります。ひいては、日本文化の理解や平和教育にもつながると思います」

取材対象:泉 惠美子(関西学院大学 教育学部教授)
ライター:ほんまあき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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