打合せや会議を有意義なものにするには? コミュニケーションの分析からひも解く「話し合い」のコツ

CAREER

打合せや会議を有意義なものにするには? コミュニケーションの分析からひも解く「話し合い」のコツ

小規模な打合せやミーティングから、大人数が集まる会議まで。仕事を進める上で、話し合いの場は数多くあります。町内会やPTAなど仕事以外でも人と話し合う機会は少なくありません。立場や考えが異なる人たちと話すとき、どうすれば活発な意見交換が生まれ、納得感や課題解決につながるのでしょうか。また、コミュニティを活性化させるためには、話し合いをどう活用すれば良いのでしょうか。話し合いを研究テーマとしている森本郁代先生にお話を伺い、日常の中で生かせるヒントを探ります。

Profile

森本 郁代(MORIMOTO Ikuyo)

関西学院大学法学部教授。博士(言語文化学)。2006年から現職、2013年4月~2014年3月カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員、2023年9月~2024年8月スイスのバーゼル大学客員研究員。専門は会話分析、日本語教育学で、人と人との日常的なコミュニケーションの分析を通して、人間のコミュニケーションや学習のメカニズムの認知的・社会的側面の両方からの解明をめざす。著書に『裁判員裁判の評議を解剖する―ブラックボックスを開く会話分析』(共著、日本評論社)、『これからの話し合いを考えよう』(共著、ひつじ書房)など。

この記事の要約

  • 話し合いを行う上では、信頼関係を構築すること、お互いの差異を認め合うことが重要。
  • ファシリテーターが不在でも、さまざまな方法論を取り入れると、より良い話し合いをデザインするための手がかりになる。
  • 話し合いにコミットすることが、当事者意識の醸成につながる可能性がある。
  • 会話分析とは、人と人とのコミュニケーションの分析を通じて、社会の成り立ちを明らかにしていく学問。

信頼関係を構築し、お互いの差異を認め合う

会話分析を専門とする森本先生は、対面やオンライン、電話などさまざまな状況におけるコミュニケーションを研究対象とし、中でも特に「話し合い」に注目して研究に取り組んでいます。ディスカッション、会議、ミーティングなど、近しい言葉はたくさんありますが、そもそも「話し合い」とはどういうものなのでしょうか。

「英語で論文を書くときに一番困るのは、『話し合い』に相当する英訳がないこと。discussionも話し合いの一つだとは思いますが、話し合いはもっといろいろな要素を含んでいるんですよね。対話(dialog)のほうが近いかもしれません。お互いに話をしながら、共通点や相違点を見つけ合って、どうしても折り合えない部分は残しながら、一緒により良い形を探っていく。それは信頼関係がないと成立しないので、関係性の構築も含めた言葉が『話し合い』なのかなと思っています」

信頼関係の大切さは、ディスカッションを含むすべての話し合いに共通するのではないかと、森本先生は続けます。

「たとえば、アメリカで日米首脳会談を行うとき、日本の首相が大統領の保養地であるキャンプ・デービッドに泊まったり、一緒に食事をしたりします。ただ意見を戦わせて勝つのが目的なら、そんなことをする必要はないですよね。自分の意見を受け入れてもらうため、あるいは相手の本音の引き出すために、まず信頼関係を構築しようとするのは万国共通ではないかと思います」

言語や文化が異なる人との話し合いは、先生が例に挙げた政治だけでなく、ビジネスや暮らしの場面でも増えていくかもしれません。私たちは信頼関係の構築のほかに、どんなことを心がけるべきでしょうか。

「言語や文化の違いだけでなく、知識や経験、立場、権限、年齢、ジェンダーなど、あらゆる違いが最もあらわに出てしまうのが話し合いです。だから、差異を認めつつ、折り合いをつけながら話を進めていく必要があります。たとえば、参加者の中に知識の濃淡があるのは不可避ですから、知識がある人が偉いとか、発言権があるというふうにならないように『話し合いのデザイン』をしていくことが重要です」

「話し合いのデザイン」というキーワードから、話し合いのための専門的なスキルを持ったファシリテーターの役割が不可欠ではないかと考えてしまいますが、森本先生は必ずしもそうではないと言います。

「もちろんファシリテーターがいたほうがうまくいきますが、すべての話し合いにファシリテーターを入れるのは難しいですよね。だから私は、一人ひとりが話し合いのスキルを上げていくべきだと考えています」

話し合いをデザインするための方法論とは?

振り返ると私たちは、小学生の頃から「話し合い」の機会がありながら、スキルが必要だと考えたことはなかったのではないでしょうか。その第一歩として、まずは話し合いのアウトプットをどこに置くかを明確にすることが大切だと森本先生は説明します。

「話し合いによるアウトプットの目的は、合意形成なのか、アイデア出しなのか。あるいはもっと手前の、お互いをよく知り合って関係性を構築する場なのか。どこまでを話し合いのアウトプットにするのかを明確にして合意を取った上で、アジェンダ(検討すべき課題)も最初に決めたほうがいいですね」

さらに森本先生は、話し合いをデザインするための具体的な方法論を2つ教えてくれました。1つ目は、話し合いのプロセスを可視化すること。ホワイトボードなどで議論の経過を残しておけば、話し合いが停滞してしまったときに役立つそうです。

「すでに決まったことをひっくり返すような意見が出たとき、それがダメなわけではなくて、その話題に戻るかどうかを全員で話して決めるべきだと思うんです。ホワイトボードに経過がきちんと残っていれば、『さっきこう決めましたよね。ここからもう一度見直すべきだということですか』と確認できます。そのためにまずは、『話が停滞している』と気づくことも大切ですね。話し合いをしている自分と、全体を俯瞰して見ているもう一人の自分を持つ必要があると思います」

2つ目は、付箋を使って、意見と人を切り離す方法。一つの意見を1枚の付箋に書いて貼り出し、意見ごとにグルーピングして、それを基盤に話し合いを進めていきます。このときポイントになるのは、付箋に発言者の名前を書かないこと。

「意見が違うとどうしても感情的になって、人と人との対立になってしまうことがあります。そうならないために、意見と人を切り離すのは非常に重要です。『誰が言ったか』に左右されずに、すべての意見をフラットに見ることができるという利点もあります」

付箋を活用した話し合いの様子。内容が似ている付箋をグループに分けて進める

それ以外に、話し合いのデザインとして確立された手法を使うことも有効です。たとえば、ワールドカフェという手法。まずは少人数のグループに分かれて、第1ラウンドの話し合いを行います。第2ラウンドではメンバーを入れ替えて、第1ラウンドとは違うメンバーと話します。最後の第3ラウンドでは、第1ラウンドのテーブルに戻り、移動先で話し合った内容や得た情報をもとに話をします。

「この手法を用いることで何が起こるかと言うと、第3ラウンドではそれぞれが移動先で得た知識を持ち帰って来るので、第1ラウンドであまり話せなかった人も発言できるようになるんです。知識の不均衡が緩和されるんですね」

最近は、デジタルホワイトボードやデジタル付箋といったサービスも多く、Web会議サービスでもブレイクアウトルームの機能があるなど、デジタルツールが充実。今回教わった方法論はオンラインでも取り入れられそうです。

話し合いにコミットすると、自分ごと化につながる

話し合いをデザインするための方法論をたくさん教えていただきましたが、そもそも参加者が話し合う内容に対して当事者意識を持っていないと、有意義な話し合いを行うのは難しいのではないでしょうか。そう問いかけると、森本先生は大きく頷きながらこう語ります。

「それは非常に大切なポイントで、参加者がどこまで自分ごと化しているかによって、コミットの仕方もアウトプットの質も変わってきます。もともと全員が当事者意識を持っているのが理想ですが、私の仮説としては、話し合いを通して当事者意識を醸成できる可能性があると考えています」

森本先生の研究によると、あるまちで行われたまちづくりワークショップの前後のアンケートで、「住民も積極的にまちづくりに関わったほうが良いと思うか」と自治意識について尋ねたところ、最初のほうはあまり話さなかったのに、最後には自分の意見を積極的に言うようになった人は、ワークショップ前よりも自治意識が高まっていたそうです。

「おそらく、話し合いに貢献できたという実感が、当事者意識にも影響しているのではないでしょうか。つまり、『話し合いにどうコミットしてもらうか』を考えることが、当事者意識の醸成にもつながると考えられます」

話し合いは単なるツールではなく、当事者意識を醸成する機会でもあるならば、ビジネスの場面においては、たとえば所属する組織へのロイヤリティ向上にも役立つかもしれません。

社会の成り立ちをコミュニケーションからひも解く

ここまで話し合いにおけるコミュニケーションについてお聞きしてきましたが、先生は話し合いにおいて、どのようにコミュニケーションの分析を行っているのでしょうか。

「分析は、対面やオンラインの場合は録画、電話による対話では録音することから始まります。なぜ録画や録音をするかというと、コミュニケーションには非言語の部分が非常に大きいからです。たとえば対面だったら、参加者がどういう位置関係にいるのか、座っているのか立っているのか。電話なら、音声が明瞭なのか、ノイズがあるのか。オンラインでも、画面オフのときとオンのときでは、話しやすさが違ってきますよね。そういったコミュニケーションの場面に存在するすべてのものをできる限り把握するために、録音や録画のデータはとても役に立ちます」

分析では、発話するときの声の調子、体勢、身振り手振りなども詳細に書き起こすほか、会話の中で沈黙があった場合は0.2秒単位で記録するというから驚きます。森本先生が用いている「会話分析」という方法論は、1960年代にアメリカの社会学者たちが創始した方法論だそうです。

森本先生が録画データをもとに文字に書き起こした例。論文「まちづくりの話し合いにおける参加者の気づきと学び―異世代間の対話の分析から―」から引用

「会話分析で開発されたトランスクリプションの記号を使って、声の大きさやピッチ、イントネーションなども二次元上に再現していきます。だから書き起こしがすごく大変なんですよ(笑)。でも、なぜ今この人はこういう言い方をしたのか、細かくひも解いていくことで『わかった!』と思える瞬間は快感ですね」

書き起こして分析するのがそれだけ大変なことを、私たち人間は日々瞬時に行っていると思うとすごいかも……そう感想を漏らすと、「研究すればするほど、人間ってすごいなと思います」と森本先生はにっこり笑います。

「たとえば、『明日、あいてる?』と聞かれたとき、私の予定を単に情報として知りたいんだとは思わないですよね。何かに誘っているのか、あるいは何か手伝ってほしいのか。私たちは質問しながら相手を誘ったり、ときには質問しながら相手を責めたりもします。でも、それがただの質問ではないとわかるのはなぜでしょうか。私たちはどうやってお互いの共通理解を成立させているのでしょう。言語や文化が違っても、そこには共通する秩序や規則があります。コミュニケーションのメカニズムを知ることで、社会がどのように成り立っているのかをひも解いていく学問が、会話分析なのです」

最後に、森本先生が今後力を入れて取り組んでいきたいことを伺いました。

「私が話し合い研究で取り組んできた対象の一つに、裁判員裁判があります。民間から選ばれた素人の裁判員が、知識も経験も十分な裁判官と対等に議論ができるようになるために、さまざまな方法論を提案してきました。今はその方法論がどれだけ有効かを実証する段階に入っています。実証した結果をできるだけ多くの裁判官の方に知っていただくことで、日本の裁判員裁判をより意義のあるものにしていきたい。もう一つは、学生たちが話し合いのスキルを身に付けられるような教育を行っていくことです。研究と教育を通じて、より良い話し合いデザインとは何なのか、これからも突き詰めていきたいと思います」

「知識や経験の差がある人同士の話し合いがうまくいくようにすることが、この社会を良くすることにつながると信じている」という森本先生の力強い言葉から、話し合いが持つ大きな可能性が感じられました。

取材対象:森本 郁代(関西学院大学 法学部 教授)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

この記事が気になったら、
感想と共にシェアください

  • X(Twitter)
  • Facebook
  • LINE
  • URLをコピー