コロナ禍に脚光を浴びたマイクロツーリズムの視点を取り入れて、日々の生活で地域の価値を見つける

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コロナ禍に脚光を浴びたマイクロツーリズムの視点を取り入れて、日々の生活で地域の価値を見つける

ウィズコロナ時代の旅のあり方として広がったマイクロツーリズム。コロナ収束とともに聞く機会がめっきり減った言葉ですが、ほぼ日常が戻ってきた今の生活に影響しているのでしょうか。あらためてマイクロツーリズムの意味や役割、そして、私たちが身近な自然を楽しむ方法について、国立公園やエコツーリズムなどを研究する佐山浩先生に伺いました。

Profile

佐山 浩(SAYAMA Hiroshi)

関西学院大学総合政策学部教授。博士(工学)。約30年間にわたって環境省(庁)に勤務し、国立公園の管理運営などに携わる。2013年4月より現職。研究分野は国立公園など自然公園、 30 by 30、OECM、エコツーリズムなど。『47都道府県・花風景百科』(共著、丸善出版)で2019年度日本造園学会賞(著作部門)。その他著書に『国立公園と風景の政治学』(共著、京都大学学術出版会)、『輝ける讃岐人2』(共著、吉備人出版)、『造園大百科事典』(共著、朝倉書店)などがある。2013年度日本造園学会田村剛賞受賞。

この記事の要約

  • マイクロツーリズムとはコロナ禍の日本で生まれた旅・レジャーの考え方。
  • マイクロツーリズムには身近な自然に触れ、地域を再発見する楽しみがある。
  • 人の生活がきちんと成り立ってこそ、自然を大切にしようという余裕が生まれる。

通勤も通学も散歩も実はマイクロツーリズム

まずは、コロナ禍でしきりに聞いたマイクロツーリズムという言葉について佐山浩先生に聞いてみたところ、株式会社星野リゾートの代表である星野佳路氏が積極的に提唱しはじめたものだそう。

「マイクロツーリズムとは2020年のコロナ禍で生まれた概念で、自宅から1、2時間で行ける地域で密を避けて過ごそうというものです。遠くに行けないから近場に行くというのは、生活している人たちが普通に行っていることなのでしょうが、観光業界が新しい旅のあり方としてあらためて提案しました。つまり、私たちの生活の中で新しい見方、感染症下の非常事態に便利に使える新しい旅のスタイル(持ち駒)ができたといえます」

コロナ禍では、感染防止のためにインバウンドが激減し、日本で暮らす私たちも遠方への旅行を控える日々が続いていました。当然、観光業界にとっては大打撃です。そんな中、ウィズコロナ時代の旅として、感染リスクを抑えながら地元や近隣地域の観光を楽しむスタイルをマイクロツーリズムと打ち出すようになりました。新たに名づけられたので新鮮に感じますが、「その本質は『地元にあるとっておきの場所』だったと思います」と、佐山先生は当時を振り返ります。

「広くとらえれば、散歩も通勤もマイクロツーリズム、もちろん通学もマイクロツーリズムだと思いました。学生たちは大学へマイクロツーリズムをしているんです。それがきっかけで、ゼミブログで関西学院大学の神戸三田キャンパスの自然や日常などを紹介し始めて、今も更新を続けています」

もともとは、コロナ禍で通学できない学生に、キャンパスの旬の様子を届けたいとスタートした研究室ブログ。当初は佐山先生が季節の植物を撮影して文章を添えて作成していましたが、通学が可能になってからは、佐山ゼミの学生たちによって更新されています。時には実習の様子も交えながら、サクラやサルスベリ、キンモクセイ、ケヤキ、ロウバイ、アオイトトンボ、ツチイナゴなど、季節ごとの風景がつづられ、キャンパスとその周辺に数多くの草花や木、昆虫などが生き生きと暮らしており、自然に恵まれていることがわかります。

佐山先生の研究室ブログより、2024年10月1日に学生が紹介したイヌダテ。写真に加えて学生が調べた植物情報も公開している

「こうした記録は今していかないと終わり。きっと後で役立つはずです。30年、50年、100年と積み重ねていくことによって、温暖化で桜の開花が早まっているといった変化がわかりますし、後々、植物史やキャンパス史を語る時に活用することもできます」

身近な自然や風景に触れ、地域を再発見する楽しみ

佐山先生は、このブログをもとにキャンパス・フェノロジーカレンダーの製作を考えているといいます。フェノロジーとは生物季節学や花暦学という意味で、フェノロジーカレンダーは地域の動植物や人の営みを月ごとにまとめた生活季節暦のこと。佐山先生は「1年の季節や時間の流れを見える化し、土地にまつわる物語を表現したもの」と説明します。

フェノロジーカレンダーづくりは、沖縄県南大東島、滋賀県高島市、北海道美瑛町など、全国に広がりを見せているといいます。兵庫県でいえば、公益財団法人兵庫丹波の森協会も、担当している公園ごとにフェノロジーカレンダーを作成。地域の行事や活動、その季節によく見られる動植物を紹介しています。キャンパス・フェノロジーカレンダーは、文字通り、関西学院の神戸三田キャンパスをフィールドに作製するものです。

ゼミブログの活用は、キャンパス・フェノロジーカレンダーの製作にとどまりません。佐山先生はGPSを使ってゼミブログで紹介した植物生息地の緯度と経度を測定し、植物の場所を正確に記したマップを作成してゼミブログで公開する計画が進行しているといいます。さらに、ゼミブログから100種類ほどの植物を選んで解説書を作成する予定もあるのだそう。

「解説書は、単に植物の生態を説明するのではなく、人の生活の中での活用法や地方での呼び名なども加えられるといいな、と考えています。植物と人との関わりは歴史や文化であり、生活そのもの。それを理解することから、植物をはじめ自然を大切にしようとする気持ちは生まれてくるものと思います。何より、高校までに植物について学ぶ機会はごくわずか。小学生の頃に植物の育ち方を学ぶためにアサガオやヒマワリを育てたくらいではないでしょうか。だからこそ、解説書では植物の生態そのもの以外のことも伝えられればと思います」

さまざまな方法で植物について伝えようとするのは「植物の名前を知ることは教養のひとつ」という思いから。「文学に目を向けると『万葉集』や『源氏物語』にもたくさんの植物が出てきますが、これらを知り、頭にイメージできないと、描かれている世界を十分に楽しむことはできません。それに、人間だって名前を知ってもらえるとうれしいじゃないですか。植物だって同じだと思うんです」

今や道端に生えている植物の名前も、スマートフォンで画像検索ができる便利な時代。通勤時に植物を観察するのもおすすめだと佐山先生は言います。「環境は五感で感じる、いやその場の雰囲気というのもありますので、六感で感じるものなのかもしれません。植物の様子はその日その日で変わります。定点観察すれば変化に気づき、きっと愛着も湧くでしょう。また、『こんなところに路地があったんだ』など、身近なところほど案外と知らなかったりします。地域の自然や風景に関心を持ち、地域を再発見する。それらはすべてマイクロツーリズムです」

遠くに旅するのと同じように、ホッと和んだり、驚きや発見に出会えたり。マイクロツーリズムは「いわば観光業界の非常時に再認識された住まいの近くにあるとっておき場所」としつつ、「でも、その視点を持ち続けているほうが心豊かで楽しいはずです」と佐山先生。コロナがほぼ収束した今、マイクロツーリズムへの関心は薄れているかもしれません。ですが、実はただの代替策ではなく、日常の楽しみ方の再発見だったのだとあらためて気づかされます。そしてそこには、新たな価値や可能性が秘められているといえそうです。

人の生活と切り離せない「自然環境保全」

佐山先生は関西学院に着任する前は、環境省で国立公園の管理などに携わっていました。日本の国立公園は現在35カ所。北は利尻礼文サロベツ国立公園から南は西表石垣国立公園まで、日本各地にあって観光地として人気です。それら国立公園の特徴や役割、自然環境保全についても聞いてみました。

「国立公園法が制定されたのは1931年(昭和6年)ですが、狭い日本では、アメリカのように公園専用エリアに限定することが難しかったんです。そこで、私有地であっても、人が住んでいても、国立公園として指定できる制度をつくりました。富士箱根伊豆国立公園にある富士山頂は富士山本宮浅間大社の所有地ですし、個人の田んぼや畑があったり、林業が行われたりしている国立公園もあります。人の生活や産業とも折り合いをつけながら、一定の理解を得て風景を守っていく。そういう発想から日本の国立公園は生まれました」

国土の狭さが一因だったとはいえ、日本では当初から人の営みと自然環境保全の共存が考えられていたことになります。そして豊かな自然が守られるのも、人の生活がきちんと成り立ってこそだと佐山先生は言います。

「自然環境保全においても大切なことは『衣食足りて礼節を知る』なんです。地域の人たちが食べていけるだけの産業がないと、自然を豊かだと感じられないでしょう。自然を豊かだと感じ、大切にしようと思えるのは心の豊かさが根っこにあるから。それだけ余裕があるということです。心に余裕があって楽しむことができなければ、自然環境保全や持続可能な地域づくりは続かないと思います」

確かに心に余裕がないと自分以外のことに目がいかないでしょうし、ただでさえ何かと忙しい現代人のことです。生活にゆとりがあっても自然にまで思い至らないかもしれません。でも、「今日もごはんがおいしかった」「よい一日だったな」などと感じられることが、自然を守ることにつながるのです。

そして、自然環境保全は大きな国立公園だけの話ではありません。歩いて行ける近所の公園でも、その空間や自然を楽しむことは同じ。そして、楽しみ方は人それぞれでいいと佐山先生は話します。

「知床の原始的な景観を素晴らしいという人もいれば、秋になれば裏山にキノコがいっぱい生えるから自然が豊かだという人もいます。自然の豊かさをどう感じるかは、一人ひとり違っていていいんです。大切なのは楽しいとかキレイだと何かを思い、心が動き感動すること。何かに感動すると、私たちは人に伝えたくなりますし、子どもや孫に残したいと思うものです。それがひいては環境保全などにつながるのではないでしょうか」

取材対象:佐山 浩(関西学院大学 総合政策学部教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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