CULTURE

現場に足を運ぶことを大切に。「好き」から始まる学びの一歩|大人のための学びの心得 #3

下原 美保文学部 文化歴史学科 教授

目まぐるしい速さで世の中が変わる今、社会に出てからも学び続けることを意識している方は多いのではないでしょうか。“大人の学び”で得た知見やスキルはキャリアアップだけでなく、これからの日々をより豊かに生きるための糧になるかもしれません。そこで学び続けることを体現する研究者たちに、学びのコツを教えてもらいました。

私は美術史を研究していますが、研究において最も大切にしていることは、現場に足を運んで実際の作品を見ることです。もちろん本や論文を読んだり、研究会で最先端の情報にふれたり、ときには所蔵者に直接話を聞いたりすることも、すべて情報収集として重要です。でも、やはり実物を見ることが一番だと考えています。

最近は、美術館や博物館のデータベースを使って、海外にある作品でもすぐに画像を見ることができるようになりました。寸法や材質はもちろん、どんな端書(はしがき、※)があるのかなどもデータベース上で確認できるので、どんどん活用していくべきだと思います。ただし、そこにすべての情報が掲載されているのかどうか、注意が必要です。たとえば、作品に付随する箱書きや、背面や軸の部分にちょっとしたメモ書きがある場合もあり、実物を確認する必要があるんです。

※作品の最後に付された後書きのこと。作品制作の目的や依頼者、完成年や制作者などが記されている。

作品の大きさも、実際に自分の目で見てこそ体感できます。例えば、狩野永徳の『唐獅子図屏風』(皇居三の丸尚蔵館所蔵)は、2m20cmを超える高さで、目の前にすると迫力に圧倒されます。この絵はもともと聚楽第(じゅらくだい、じゅらくてい)の障壁画として描かれたものではないかと推測されていますから、豊臣秀吉がこの絵を背景にして話す姿を想像すると、威光を示すためにはこれだけの大きさが必要だったんだろうなと思います。

反対に、実物の小ささに驚いた経験もあります。私は以前、福岡市博物館の学芸員をしていたのですが、この博物館に収蔵されている「漢委奴国王」の金印は、一辺の大きさが約2.3cmしかありません。教科書で写真や名前を目にしたことがある方は、実物を見ると「こんなに小さいんだ」と驚くことでしょう。

美術の研究と鑑賞は別物ですが、一般の方にもまずは美術館で実物を見ることをおすすめしたいです。できれば最初はキャプションを見ずに一巡してみてください。せっかく作品が目の前にあるのに、文字ばかり読んでいてはもったいない。まずは一巡して、好きな作品があればじっくり観察しましょう。そして、興味があるものはキャプションを読んでみてください。時間があったら、学芸員によるギャラリートークを聞くのもおすすめです。何か気になることがあればぜひ質問してみてください。

学びの入口は何でも構いませんが、まずは「好き」から入るのが一番。好きだからこそ継続できます。私自身も、昔から絵を描くよりも見ることが好きで、自然と美術史の道に進みました。研究を通して、たくさんの作品や人と出会うことができ、その出会いが私の人生を豊かにしてくれたと思います。特に、海外の研究者たちとのつながりは、私に多くの刺激や気づきを与えてくれました。離れた場所にいても、同じように研究している人がいる、遠くにも光がある、そう思えるだけで自分もがんばれる気がしますね。

Profile

下原 美保(SHIMOHARA Miho)

関西学院大学文学部教授。関西学院大学大学院文学研究科博士課程後期課程を単位取得後退学。博士(芸術学)。専門は江戸絵画、やまと絵、住吉派、在外日本美術コレクション。福岡市博物館学芸員、鹿児島大学教授を経て、2019年4月より現職。著書に『住吉派研究』(藝華書院)ほか。

運営元:関西学院 広報部

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