アメリカ経済の変わらない強さと、トランプ政権の行方を考える|今、あらためてアメリカを知る #3

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アメリカ経済の変わらない強さと、トランプ政権の行方を考える|今、あらためてアメリカを知る #3

世界の政治や経済に大きな影響を与えている大国アメリカ。2024年には大統領選挙、そして2025年1月には大統領就任式が行われ、いつにもましてその動向が注目されています。そこで「月と窓」では、政治、外交、経済、文化を切り口に、アメリカを読み解く記事を4回連載でお届けします。第3回となる今回のテーマは、経済と技術の変化がアメリカの政策形成に与える影響について。アメリカの政策やメディア論を研究する実哲也先生に、経済のグローバル化や技術革新がアメリカ国内外に与える影響や課題などについて伺いました。

Profile

実 哲也(JITSU Tetsuya)

関西学院大学総合政策学部国際政策学科 教授。学士(法学)。東京大学卒業後、日本経済新聞社に入社。記者としてニューヨークやワシントン、ロンドンなどに駐在し、アメリカでの駐在は計10年以上に及ぶ。上級論説委員や日本経済研究センター研究主幹などを経て、2019年より現職。著書に『悩めるアメリカ 不安と葛藤の現場から』(日本経済新聞出版社)、『アメリカを知る』(日本経済新聞出版社)、『世界がわかる』(日本経済新聞出版社、共著)など。アメリカの政権や日米関係に関する講演も多数。

この記事の要約

  • アメリカはグローバル化や技術革新の牽引役・勝者であり続けている。
  • 技術力もトップクラスだが、それを活用してビジネスに結びつけて利益を得てきた。
  • 一方で変化に不安を覚える人が増えており、トランプ氏はそれをうまく利用。
  • トランプ氏の政策により、アメリカの影響力が中長期的に低下する可能性も?

テック企業の進展を背景に圧倒的な経済競争力を維持

経済や技術開発において、アメリカが世界の中心にいるというイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。実際のところ、世界におけるアメリカはどのような存在なのかを実先生に聞いてみると、「経済のグローバル化や技術革新が進む時代において、アメリカはその牽引役であり、国として勝者であり続けていることは間違いありません」と切り出しました。

その根拠の一つが、企業の実力を示す株式時価総額。世界規模で見ると、いわゆるGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)などのビッグテックをはじめ、半導体メーカーのエヌビディア、電気自動車メーカーのテスラなど、アメリカの企業が上位を占めています。

「これらの企業は若い企業が多いのが特徴です」と実先生。確かに、アップルやマイクロソフトは1970年代半ばの設立ですが、テスラは2003年、メタ・プラットフォームズの前身であるフェイスブックは2004年の設立です。「若い企業がインターネットやAIといった新しい技術をうまく活用してビジネスモデルを確立し、一気に世界的な企業になりました。そして10年以上も上位に存在し続けています」。ちなみに、日本はどうかというと、バブル期には複数の企業がトップ10に入っていましたが、今ではトップ50に入るのはトヨタ自動車のみという状況です。

民間企業ではなく、国ベースで比較した場合もアメリカの突出した経済力がわかると言います。「ここ30年くらいの世界のGDP(国内総生産)に占める比率を見てみましょう。中国をはじめとする新興国が占める割合が大幅に増えて、日本やヨーロッパの国々といった先進国は割合を落としています。そんな中でも、アメリカだけはほとんどその割合を減らしていません。本来、新興国は成長力が高いため割合が上がるのは当然なのですが、アメリカのような成熟した国がほぼ割合を落とさず、26%程度を維持しているのです」

1990年と2023年の各国の名目GDPを比較しても、アメリカの割合は変わっていないことがわかる。グラフはIMF(国際通貨基金)のデータをもとに作成

グローバル化とIT分野の技術革新がもたらす明と暗

時代が変わっても、アメリカが経済力を維持できる背景には何があるのでしょうか。一つには、新しいグローバル化の流れがあると言います。「ヒトやモノ、カネだけでなく、データも軽々と国境を越える時代です。テック企業は、どれだけのデータにアクセスできるか、どれだけ多くのデータを持っているかが強みになります。インターネットにはまさに国境がなく、データがオンラインで国境を越えてどんどん動きます。アメリカの企業は技術そのものもトップクラスなのですが、その技術やグローバル化の流れをうまく活用してビジネスに結びつけ、大きく成長してきたといえます」

その新しいグローバル化と並行して、ヒトも動きます。以前から、アメリカは世界中から優れた人材を集めており、特にシリコンバレーには移民が多く、高いスキルを持った優秀な人々が世界中からやってきて新しいビジネスを興しています。「『アメリカにはチャンスがある』と、世界の人材を惹きつける力があります。そうした磁力の大きさがアメリカの強みだといえるでしょう」

こうした背景のもと、アメリカは富を増やし、国民にとってもおおむねポジティブな影響をもたらしてきました。ただ、こうした明るい面ばかりが取り上げられがちですが、「グローバル化や技術革新の進展によってマイナスの影響を受けたり、変化に不安を覚えたりする人が増えているのも事実。それは政治にも影響を与えてきてはいましたが、決定的に変えたのはトランプ氏です」と、暗い面について実先生は指摘します。

8年前の大統領選挙でトランプ氏は、鉄鋼や石炭、繊維といった伝統的な製造業に従事する人たちのことに目を向けているとアピールしました。近年、テック企業が注目を集めるアメリカですが、製造業分野で働いてきた人々もまだ多くいました。中国の急伸によって大きな打撃を受けている業界にもかかわらず、見逃されてきた人たちのことをきちんと考えると訴え、比較的貧しい白人労働者層を中心に支持を受けたのです。その後、トランプ氏は2020年の選挙でバイデン氏に敗れるも、2024年に再び大統領選挙に出馬し、勝利しました。ただ、実先生にとって、今回の大統領選挙でのトランプ氏勝利は意外ではなかったそう。

「現職への風当たりが強いのは、日本だけでなくアメリカも同じです。バイデン政権下ではインフレ、中南米などからの移民の増加、ウクライナへの多額の軍事支援継続、この3つに不満の声があがっていました。日本も物価が上がっていますが、アメリカのインフレは日本以上で、モノや不動産などの価格が大幅に上昇しています。バイデン政権時代に南部国境を越えてアメリカへの入国をめざす人々が増え、出身国も中南米だけでなく最近では中国など世界中から流入するようになってきました。民主党政権下ではこうした不満や不安に対応する本格的な政策がとられないまま時が過ぎ、トランプ氏の再度の台頭を招いたといえます。ハリス候補はバイデン政権下で副大統領を務めていたので『失政』の責任を負うべき現職の政治家とみなされたのです」

アメリカファースト政策の国内外への影響は?

さまざまな面で「アメリカファースト」を掲げて政策を打ち出しているトランプ氏ですが、「自由貿易よりも保護貿易、移民流入よりも移民排除・規制をめざすトランプ氏の政策方針は正しい解決策ではないと、私は考えています」と実先生。

トランプ氏は、アメリカの製造業や労働者を守るため、すでに高関税をかけている中国からの輸入品にはさらに最低で10%の追加関税を、日本を含む他の国には10~20%の関税をかけるとしています。しかし、「輸入品への関税は、アメリカ国民にとってマイナスになる可能性が高い」と実先生は考えます。国内の一部の製造業が恩恵を受け、そこでの雇用が守られたとしても、輸入品の値上がりによる悪影響のほうが大きいからです。たとえば、鉄鋼の輸入品への高関税は、鉄鋼を原材料とする自動車産業のコスト増加につながります。鉄鋼の輸入価格が値上がりするほか、国内の鉄鋼メーカーも価格をつりあげる可能性があるからです。自動車産業を保護するため、自動車関税を引き上げれば、車の値段が上がって消費者が被害を受けます。ただ、高関税政策の裏には、国外企業の製造拠点をアメリカ国内に移させようという狙いもすけて見えます。かつて日本は自動車などの対米輸出の自主規制をアメリカから迫られ、それへの対応として自動車メーカーなどがアメリカ国内に工場をつくった経緯があります。同じような効果を高関税政策によって実現しようとしているともいえます」

しかし、たとえ他国の企業がアメリカ国内に工場をつくったとしても、製造業が盛んだった以前通りの雇用が戻るわけではありません。製造業は自動化が進み、ソフトウェアやロボットなどの知識・技術がなければ働くのが難しいのが現状です。「新しい技術は雇用を生み、ビジネスが広がることもありますが、新しい技術を習得できない人を切り捨て、『敗者』を生む側面もあります。むしろ、アメリカはそうした『敗者』への政策対応を充実させることが大事ではないかと思います」

アメリカにも日本の職業訓練のような制度はありますが、国全体としての対応は不十分。また、社会保険に目を向けると日本のように国民全員を公的医療保険で保障する「国民皆保険制度」はなく、基本的なセーフティーネットも足りていないといいます。また、州の権力が強い連邦制国家であることから、州のことは州に任せるという国のスタンスも問題を難しくしているそうです。

背景にあるのは、アメリカでは『個々人の努力が重要』という考え方が根強いこと。この考え方が前向きに働けば起業家精神にもつながる一方で、うまく作用せず就労のレールに乗れないと「生活の支援を政府に頼る人は努力不足」という価値観が生まれます。特にトランプ氏が所属する共和党は、「自助努力が重要」という傾向が強いと実先生は言います。「グローバル化やAIなどのIT分野の技術革新を止めるのは不可能で、これからも技術変化の影響を受ける人は増えるでしょう。変化が激しい時代にあって、国が個人を支援、そして国が州を支援する方法など、何らかの取り組みがより必要になってくるはずです」

世界各国が注視する、トランプ政権の外交政策

最後に、実先生はトランプ氏の政策方針による外交への影響にもふれました。かねてからNATO加盟国の軍事費について「NATO加盟国が公平に防衛費を負担していない」と発言しています。そのため、日本に対しても在日米軍駐留費の負担増やさらなる防衛費の増額を求めてくる可能性があること、さらには、ウクライナ情勢にも影響を与えるだろうと考えられているのです。

「トランプ氏は一貫して、他国のための軍事支援の継続に消極的な姿勢を示していますから、アメリカによるウクライナ支援が弱まるのは間違いありません。ウクライナは不利な形で停戦を迫られる可能性があります。その一方で、イスラエル支援の姿勢は継続・強化するでしょう。パレスチナ問題に関してアメリカはほぼ孤立状態にありました。『ウクライナは支援するのに、イスラエルの侵攻で多くの犠牲者が出ているパレスチナの人々は見捨てて、イスラエルを支援するのか。二重基準ではないか』という批判を受けてきたのです。ガザ停戦で合意したものの、ヨルダン川西岸地区への入植地拡大などイスラエルのパレスチナへの強硬姿勢は続きそうです。そんな中でトランプ氏がイスラエル支持一辺倒の対応を進めれば、アメリカへの視線は一層厳しくなると予想されます。また、ウクライナ支援を弱めれば、欧州諸国は失望します。経済力・技術力・軍事力を高めている中国との関係を考えると、世界の中での評判を落とすことは中長期的なアメリカの影響力低下につながりかねません。トランプ氏の手腕が問われるところといえるでしょう」

取材対象:実 哲也(関西学院大学 総合政策学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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