歴史の文脈に身を置くことで、小さな世界から解き放たれる喜びを|学問への誘い #10
坂本 優一郎文学部 文化歴史学科 教授
世の中には多くの学問分野があります。研究者はどこに魅力を感じてその分野を専門とし、研究するようになったのでしょうか。関西学院の研究者に聞いたところ、専門分野との出会いや、研究のおもしろさを語ってくれました。その言葉に耳を傾けると、新たな世界が広がるかもしれません。
近世から現代にかけての西洋史研究、とくにイギリスの経済史研究を専門としています。人類が証券というものに初めて出会い、拒絶し、受け入れ、利用し、翻弄され、なんとかそれを手なずけようとしてきた社会を「投資社会」としてとらえ、イギリスやオランダを中心とする空間を対象にその形成史を研究しています。
私の生家は個人商店のような形で運送業を営んでおり、支払いに手形を使っていました。食後のテーブルに親が手形の冊子を広げて、手形を切ったり、印鑑を押したりしている姿をみるのが幼少期の日常でした。手形とは取引相手との約束、つまり信頼に基づく証券の一種です。この目に見えないクレジット(信用)が、世の中で大きな力を持っていることがとても不思議でした。
そんな原体験に加えて歴史好きだった私は、投資社会が生まれた歴史的背景を探るようになりました。すると、そのルーツは近世のヨーロッパ、特にイギリスやオランダを中心とする空間にあるらしいと気がつき、以来、研究を続けています。
経済史の研究では、過去の人々の暮らしから読み解くのが基本です。私の場合は、イギリス各地の文書館を訪ねて、18世紀、19世紀の市井の人々が目にしていた新聞や雑誌、投資の手引書、さらには証券の値動きや利回りの計算などが記された個人の手帳や日記、家計簿を見つけ出しては、内容を読み込んでいきます。
こうした資料からは、当時の人々のさまざまな人生が見えてきます。市井の人たちが、ヨーロッパの近代化に伴う戦争や投資社会の成立といった歴史に翻弄されつつも、さまざまな想いを抱えて生きている。またそうした人生が集まった空間が次の歴史をつくり上げ、その延長上に今の我々が立っているわけです。
人は歴史の文脈に自身を置いて俯瞰することで、小さな世界から自分を解き放つことができます。それが、歴史学が私たちにもたらす豊かさではないかと思います。
Profile
坂本 優一郎(SAKAMOTO Yuichiro)
関西学院大学文学部文化歴史学科 教授。博士(文学)。大阪大学大学院修了。近世から現代にかけての西洋史研究、特にイギリス史研究を専門とする。2018年4月に関西学院大学文学部教授に着任。著書に『投資社会の勃興―財政金融革命の波及とイギリス』(名古屋大学出版会)があるほか、分担執筆での学術書多数。
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