社会変化が激しい今こそ知っておきたい「エコロジカルニッチ戦略」とは

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社会変化が激しい今こそ知っておきたい「エコロジカルニッチ戦略」とは

企業が新たな事業で市場に参入するとき、規模が小さい市場や誰も気づいていない分野、いわゆるニッチとされる市場を選択することは、当然ともいえる戦略です。はじめのうちは付加価値の高かった製品やサービスも、他社が参入し市場が成熟化していくうちに差別化しづらくなり、その多くが価格競争に陥ってしまいます。そのような状況を避け、事業を長く存続させるために、経営戦略・競争戦略を研究する小林敏男先生が提唱するのが「エコロジカルニッチ戦略」です。どのような戦略か、詳しく伺いました。

Profile

小林 敏男(KOBAYASHI  Toshio)

関西学院大学国際学部 教授。大阪大学 名誉教授。経済学博士。研究分野は経営学をはじめとする経済学及び社会科学全般。研究キーワードは経営組織・戦略、技術経営、イノベーション。著書に『事業創成―イノベーション戦略の彼岸』(有斐閣、2014)、『法人と組織と資源の理論―経営学省察』(中央経済社、2022)など。

この記事の要約

  • 企業が生きやすいニッチ市場を見つけ、そうした企業が連携し集積してくると、産業クラスターが出来上がる。
  • 産業クラスターが生まれ、それが進化する生命体的な動きを可能にするのがエコロジカルニッチ戦略。
  • 「エコロジカルニッチ戦略」とは、企業間の共生と協働を目指す産業生態学的な環境適応戦略。
  • それゆえ、エコロジカルニッチ戦略においては、企業間連携を促進させる商流プラットフォームを構築することが重要。

食うか食われるかという状況を極力避けたい、企業という“生き物”

「ニッチ」とは、もともと美術品を飾るために壁面に設けられたくぼみのことで、この言葉を最初に多用するようになったのは生物学なのだそう。「生物自らが適応できる特有の生息場所が、生物学上のニッチですが、これは企業も同じ」と小林先生は語ります。

「企業は生き物です。食うか食われるかという状況をできるだけ避け、自分たちが生きていきやすい場所を見つけようとします。それがうまくいった場合、関連する企業が集まって産業クラスターが出来上がっていく。つまり、それぞれ分野が違うところで特色を出しながら、全体として何らかの産業をつくっていくのです」

たとえば東大阪エリアはかつて鉄加工が盛んで、厚板を切る専門、曲げる専門など、何百種と業種がありました。それぞれが独自の分野で、できるだけ競争しないよう分業していきました。京都に目を向けると、地場産業の陶磁器から派生したセラミックスの技術を進化させた企業らが京阪神クラスターの礎となり、京セラ、ニデック(旧、日本電産)、村田製作所、ロームなど、グローバルな電子機器部品企業へと成長しました。このような過程は海外でも見られ、たとえばデンマークは、酪農産業から生まれたバイオ分野が産業クラスターをつくることによって、国際的な競争力を獲得してきました。

「デンマークが酪農王国であることはよく知られています。大麦・麦芽・イーストといった一次産品から、ビールをはじめとする加工品が生まれ、あるいは一次産品を餌とするブタの食肉畜産業が発展してきました。すなわち、農産業に醗酵技術が加わり、醗酵用酵素によるビール生産が大成功を収めたことから、醗酵機器の製造・開発技術が発展し、あるいはまた食肉畜産業においてもさまざまな技術導入・開発を通じて、ブタインスリン分野が誕生しました。今ではグローバルに活躍する製薬企業まで輩出しています」

小林先生は、このようにニッチ分野の企業が集まることで形成された産業クラスターは、ある種生命体のような動きを示すようになり、そのクラスター自体が進化していくといいます。そこでの進化とは、競合とのしのぎあいの中から、補完的な製品やサービスを提供するサードパーティ企業との連携を通じて、新たな技術開発や価値創造(いわゆる、イノベーション)が実現し、新たな顧客開拓につながる、というものです。新たな顧客に対する新産業へと、これまでの産業は生まれ変わるのです。そうしたことが可能になるには、ニッチ分野の集積、すなわち産業クラスターが必要不可欠であり、産業クラスター内でのニッチ企業であること、つまり「エコロジカルニッチ」を意識していることが重要であると小林先生は言います。

「それぞれのプレイヤーが分業しつつ、重なる部分もありながら、単独ではなくて相互に補完・共存する中で、共鳴し、時に競合しながらも、新しいイノベーションによって状態が少しずつ変化し、それが持続性にもつながっていく。その状態をつくりだすことが、エコロジカルニッチ戦略です」

自社の商流プラットフォームを構築することで、事業の持続可能性を担保

エコロジカルニッチ戦略において肝になってくるのは、メイン企業が生産工程の効率化・最適化において、サードパーティを積極的に巻き込むこと。技術および顧客ニーズに関する情報を集約し、自社だけでなく、サードパーティと連携した仕組みである「商流プラットフォーム」を構築することなのだそう。

「プラットフォームの構築でわかりやすい事例には、インテルの半導体チップ(MPU: Micro-Processing Unit)があります。インテルは自社のMPUが産業に導入されるべく、コンピュータの設計図(PCIバスアーキテクチャ規格)を用意し、その規格に参加した複数の企業が競争・協力を行うことによって、コンピュータ産業そのものを活性化させました。

製造業におけるモノづくりのプラットフォームも、IT業界のプラットフォームと同じです。サードパーティが参加しやすい仕組みをつくることで、産業全体が発展する基盤となります。ただ、インテルのプラットフォームが知財ベースでのプラットフォームであったことに対峙させて『商流プラットフォーム』という呼び方をしています」

「商流プラットフォーム」の例として小林先生が示したのは、カネカが開発したアクリル系繊維の「カネカロン」事業です。1950年代に繊維業界からアクリル繊維が登場したものの、アクリル樹脂は繊維状にしても絡まないという特性を有していたため、ねじり合わせて糸にしづらく、カネカを含む各社は市場を見いだせないまま、そろって経営危機に陥っていました。

カネカはもともと塩化ビニル樹脂を生産していた企業。カネカロンはその副産物として事業化された背景があり、原料の半分は自社製の塩ビモノマーだったため、事業撤退が自社生産を半減させることにもなり、なんとしても避ける必要があったと小林先生は解説します。

そこでカネカは、糸にしづらいという特性を逆手にとり、フェイクファー(人工毛皮)用の繊維開発に着手。紡績のみならず着色に関する研究をする一方で、市場におけるニーズを掘り下げ、それに対応した織物開発の共同研究も大手織物業者と行っていきました。

「重要だったのは、欧米などのグローバルな市場に飛躍させたこと。巨大な織物業者でありデザイナーでもあるバーバリーなどとの共同開発によって、フェイクファーの認知拡大を図り、商売の流れをつくったのです。それを受けて、『カネカロンでなければ、この生地をつくることができない』という認識が業界全体に広がり、カネカロンは主要事業へと育っていきました」

さらに素材の絡みづらさを活かし、ウィッグ(つけ毛・カツラ)市場にも参入。欧米の専門業者と提携して製品開発・販売システムを構築し、エンドユーザーや小売業者のニーズを取り入れたデザイン、工法などをもとにウィッグ用繊維を製造することで、美容業界やファッション業界からの支持を得て、グローバル市場で70%以上という高いシェアを占めるようになりました。

「カネカはアクリル系繊維というニッチ市場において独自に研究開発を進めつつ、織物業者やウィッグ専門業者と製品開発や販売に関する協力体制を構築し、それをもとにした生産者への技術指導などを行う、つまりサードパーティを巻き込むことで、商流プラットフォームを構築したわけです。このような商流プラットフォームに基づく市場展開は、頭打ちになった市場、いわゆるコモディティ化市場における、ある種の打開策を示しているともいえるでしょう」

事業開拓の基本はまず「ニーズ」ではなく、「ウォンツ」を探ること

このように、ニッチ分野における商流プラットフォームの構築に成功すれば、事業として存続できる確率が上がります。また、その価値の提供が続けられれば、サードパーティや模倣戦略をとる企業が参入しやすくなり、市場の規模拡大が見込めます。そうなれば「メイン企業の事業が持続可能になるだけでなく、さまざまな立場の企業の市場参入が促進されるようになり、新商品・サービスの導入に保守的な層(メインストリーム市場)への競争原理も変化する」と小林先生は分析します。

「メイン企業が製造したモノの提供先と協力関係を築き上げることによって、その先にあるいわば“お客さんの友だちの友だち”といった人たちが合流し、商流をつくっていきます。エコロジカルニッチ戦略では、単にニッチな狭い市場を狙ったらいいという話ではなく、産業として全体でどうすればいいのかを検討し、プラットフォーム自体をみんなで改良改善していく。素材やテクノロジー、設計のプラットフォームを築き、それをたくさんの人に利用してもらうことによって、シェアを広げていくことが特徴です。そして、これは一種の共存共栄であることが大きなポイント。この周囲と調和した産業としての生態系の中で生きていくと、時代や環境が変化していっても、生き延びやすいと考えられます」

最後に、事業を生み出す視点を伺うと、「基本は “ニーズ”ではなく、“ウォンツ”を探ること」と小林先生。ニーズとは、顧客が意識あるいは半意識している望みであり、利便性や快適性の実現につながります。一方、ウォンツとは、顧客が意識している苦痛や悩み、問題であり、これらが解決・解消されたとき、「救命された患者のように、プライスレスだと感じる」のだと言います。

「たとえば歯が痛かったらお金を払ってでも、歯医者に行きますよね。身の回りにも、そのような事例はたくさんあります。たとえば斜め型のドラム式洗濯乾燥機。これも、腰痛に悩む主婦たちが抱いていた“ウォンツ”を探り当てて生まれたもの。ドラムを斜めにすることによって腰への負担が減り、縦型ドラム洗濯機より高価なのに飛ぶように売れました。要は、我慢できないところを見つける。既存のニーズを掘っても新たな市場は見つけづらいものです。ニーズの近くにあるウォンツを探ることを意識することが、私たちの日常の豊かさにもつながるはずです」

取材対象・監修:小林 敏男(関西学院大学国際学部 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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