世の中に人生訓などない。あるとすれば幻だ|研究者たちの人生訓 #4
東浦 弘樹文学部 教授
私たちの視野を広げ、知識を深め、世界の捉え方を変えてくれる「言葉」。第一線で活躍する研究者に影響を与えたのは、どんな言葉だったのでしょうか。専門分野の偉人や研究者とのエピソードを聞きました。研究者の人生訓は、私たちにとっても真に豊かな人生を築くためのヒントになるかもしれません。
ひねくれた見方かもしれませんが、私は人生訓と聞くと成功者を連想し、人生訓を語る成功者ほどかっこ悪いものはないと思っています。
ヘミングウェイの言葉に「勝利者には何もやるな」というものがありますが、私は「勝利者は何も語るな」と思っています。成功した人間が自分を語るというのは、要するに自慢じゃないですか。本当のことかどうかもわからないし、それを聞いてありがたがるのも何か違うと思ってしまいます。だって、その通りにやっても成功するものではないですよね。
これは私の性分でしょうが、勝利者が嫌いなんです。私は高校2年生のときにアルベール・カミュの『異邦人』を読み、「なんじゃこりゃ!」と衝撃を受けてカミュを学ぼうと決めました。カミュは1957年にノーベル文学賞を受賞した人物。1960年に交通事故で亡くなりますが、ずっと自らを弱い者・貧しい者と捉えて、常に弱い者・貧しい者の側に立っていました。ノーベル文学賞を受賞したんですから、むちゃくちゃ成功者です。でも、いつまでもアルジェリアの貧しい白人街、ベルクールの少年のままでした。
カミュの『ペスト』の中で、私が一番魅力的に思うのは市役所で非常勤職員として働くグランです。カツカツの暮らしをしていて、妻にも出ていかれ、小説を書いているけど最初の一行からぜんぜん進まない。でも、『ペスト』の語り手は「もし、この物語に英雄がいるとすれば、それはグランである」と述べています。目立たず、貧しく、惨めったらしく、情けない。でも、その彼が英雄。それがかっこいいんですね。
こんな風に考える私は、人生訓を語る勝利者がかっこ悪い、そんなものは聞くに値しないと思うのです。「世の中に人生訓などというものはない、あると思っているのは幻だ」というのが持論です。
Profile
東浦 弘樹(TOURA Hiroki)
関西学院大学文学部文学言語学科教授。フランスのピカルディー・ジュール・ヴェルヌ大学で博士号(文学)取得。1991年に関西学院大学に着任し、2002年4月から現職。20世紀フランスの小説と戯曲、とくにアルベール・カミュの作品を研究している。また、演劇ユニット「チーム銀河」の代表であり、劇作家・役者としても活動。著書に『晴れた日には『異邦人』を読もう―アルベール・カミュと「やさしい無関心」』『フランス恋愛文学をたのしむ―その誕生から現在まで』(いずれも世界思想社)など。
運営元:関西学院 広報部