“万博外交”は政治や経済に、どれほどのインパクトを与えるのか|万博を学問で読み解く #2

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“万博外交”は政治や経済に、どれほどのインパクトを与えるのか|万博を学問で読み解く #2

大阪では55年ぶりの万国博覧会となった「大阪・関西万博」。社会や私たちの生活に、万博の開催はどのような影響を与えるのでしょう。 そこで「月と窓」では、過去・現在・未来における万博の役割を、観光や外交、宗教、経済の視点から研究者が読み解き、4回連載でお届けします。第2回となる今回のテーマは、万博と外交。万博における外交やその影響について、前チリ大使の経歴を持ち、外交のプロフェッショナルである渋谷和久先生に話を伺いました。

Profile

渋谷 和久(SHIBUYA Kazuhisa)

関西学院大学総合政策学部 教授。東京大学卒業、ミシガン大学大学院修了。修士(公共政策)。国土交通省、内閣官房、外務省に勤務し、2020年から2023年まで在チリ特命全権大使。第一次トランプ政権期には、「日米貿易協定」について、内閣官房の事務方トップとして交渉を行った。2024年4月より現職。研究分野は復興・防災、都市政策・都市計画・まちづくり、外交・通商政策。外交や防災に関する知見を生かしてメディア出演多数。

この記事の要約

  • 万博によって日本にいながらにして、半年間で100以上の国とのトップ会談が実現。
  • 日本から訪問が難しい国々と関係を深められる機会。
  • 万博は、その後の国際関係を左右する転機になることもある。
  • 大阪・関西万博は日本の存在感をアピールして、サプライチェーンを強靭化する機会。

100以上の国からトップが来日、会談が実現

渋谷先生の専門分野は復興・防災やまちづくりなどですが、第一次トランプ政権期に「日米貿易協定」について、内閣官房の事務方トップとして交渉を行い、2023年まで在チリ特命全権大使を務めた経歴から、外交問題に関してさまざまなメディアから取材を受けています。そんな渋谷先生に“万博外交とは何か”について尋ねてみました。

「大阪・関西万博には、公式参加国が1日限定で伝統や文化を紹介するナショナルデーが設定されています。このナショナルデーに合わせて、各国の首脳や閣僚、王族などが来日するのですが、その際には必ず首相や政府関係者と会談し、時間があれば公邸での昼食会や天皇陛下との会見を行うなどおもてなしを行います。4月13日の開幕からの約3カ月で、すでに26カ国との首脳会談が日本にいながらにして実現しました。大阪・関西万博には158の国と地域が参加していますから、10月の閉幕までに100人以上の首脳が来日すると考えられています。熱心に外遊したといわれる安倍晋三元首相でも外遊の機会はゴールデンウィークや夏休み、年末年始などに時期が限られ、1年間に訪問できるのは10カ国程度。それと比べると、いかにすごいことかおわかりいただけると思います。万博は外交にとって、貴重な機会なのです」

大阪・関西万博で最初に首脳会談を行ったのは、中央アジアのトルクメニスタン。ベルディムハメドフ大統領が来日してナショナルデーの式典に参加し、翌日に首相官邸で石破首相と会談しました。その後もアフリカのギニアビサウやエスワティニをはじめ、チリ、モンテネグロ、オランダ、ルクセンブルク、グアテマラなど、世界中の国から要人が次々と来日。渋谷先生曰く「非常に珍しい」ことに、バチカンの国務長官であるピエトロ・パロリン枢機卿も来日して会談を行っています。また、7月にアメリカのベッセント財務長官が大阪・関西万博を訪れた際には、赤沢経済再生担当大臣が同行する様子がニュースで報じられました。

大阪・関西万博の開催期間184日間の中で、100名以上のトップまたはトップクラスの要人を迎えるとなると、毎週3、4回ほど会談が行われることになります。万博における会談には、どのような意味があるのでしょうか。

「外交当局の職員間でのコミュニケーションは常に行っています。しかし、トップ同士が直接会うとなると、お互いに何らかの成果を出そうという意識が働きます。それは万博外交にもあてはまります。たとえば、グアテマラやブルガリア、パラグアイとの会合では、より幅広い分野で連携しようという戦略的パートナーシップに、二国間の関係を格上げすることが決まりました。パラグアイは、中国が中南米で外交的な動きを強める中でも、今なお台湾との国交を維持している数少ない国の一つであり、西側諸国にとって大切なパートナーです。このように、普段はなかなか訪問が叶わない国々とも万博があることで会談でき、関係を深めることができるのです」

70年の大阪万博では日米関係の改善に一役買った出来事も

国を挙げての一大イベントなだけに、万国博覧会が他国との関係変化の大きな転機になることもあります。その一例として渋谷先生が挙げたのが、1970年に開催された大阪万博における日米関係の改善です。

「当時、日米関係は非常に険悪でした。1960年の日米安保条約改定に際して、アイゼンハワー大統領(当時)の来日がデモで中止になるなど、日本国内に反米感情が渦巻いていたのです。アメリカのベトナム戦争への介入もあり、その感情はさらに高まっていました。ただ、1969年に沖縄返還合意がなされるなど、国民感情を何とか落ち着かせたいとの思いが日米双方にあり、万博を活用しようと関係者が考えたのです」

反米感情が高まる中で、政府高官が来日しては逆効果になるのではないか。そう危惧した日米両政府は策を練ったといいます。そして、ニクソン大統領(当時)の特使として、アイゼンハワー元大統領(1969年死去)の孫であるデービッド・アイゼンハワー氏と、妻でニクソン大統領の娘でもあるジュリー氏を派遣することが決定しました。

「アメリカのナショナルデーに、まだ20代のアイゼンハワー夫妻が登場しました。日本語で『エキスポすばらしい、ありがとう』というようなことを言ったのを、私もよく覚えています。若々しい二人の屈託のない姿が大々的に報じられ、急速にアメリカに対する親近感が醸成されました。この策は外交的に大成功だといえるでしょう。これを機に日米関係は正常化へと向かっていったのです」

このように、外交はトップだけで行われるものではありません。万国博覧会に限らず、政府高官の訪問の際には国会議員団を連れてくる国も少なくないと渋谷先生は言います。「日頃の交流が非常に大切で、万が一、二国間で問題が起きて政府同士の関係がギクシャクしていても、議員間のパイプがあれば水面下で状況を打開するための対話ができます。かつて日韓関係が険悪になった時も両国の議員外交が重要な役割を果たしました」

今回の万博の外交戦略はサプライチェーン強靭化

万博外交は政治だけでなく、経済界にも大きな影響を与えていると渋谷先生は言います。というのも、昨今は首脳会談の際、大半の国は経済界の代表団も同行させるそうで、これは大阪・関西万博でも同様です。たとえば、オランダ国王は半導体メーカーを従えて来日し、ビジネスショーを開催。チリの大統領は、世界最大の埋蔵量を誇るリチウムについて紹介するセミナーを万博会場内で行い、渋谷先生も講師として参加したのだそう。

「チリがリチウム産出国ということは、日本ではあまり知られていません。リチウムの採掘は環境負荷が大きいことから、これまでは採掘を抑制してきました。しかし今後は、日本企業と連携し、その技術力を活用して環境に配慮しながら採掘を進めたいとチリ政府は考えています。そこで、万博という機会を利用して日本の経済界にアピールすることになったのです」

万博は海外とのビジネスの受け皿であると同時に、日本から海外へ発信する舞台でもあります。大阪・関西万博では海外企業と関西の中小企業との商談会が連日開かれていると渋谷先生は言います。「日本の中小企業はロケットの部品を開発するほどの技術力を誇るのですが、海外での知名度は高くありません。万博は、その技術を直接見てもらうチャンスなのです」

そして、参加国にとって万国博覧会は、自国の姿勢を国内にあらためて伝える役割もあると渋谷先生は語ります。「チリのパビリオンは、先住民族マプチェが手織りした巨大な織物マクンを中心に展示しています。これは、先住民族が蔑ろにされがちな南米大陸において、チリ政府は先住民族との融和を大切にしているという国内外に向けたメッセージでもあるのです」

政治的・経済的に大きな影響を与える万国博覧会。2010年の上海国際博覧会は、中国がアフリカ諸国との距離を一気に縮める転機になりました。今回の大阪・関西万博は、日本にとって、戦略的にどのような意味を持つのでしょう。渋谷先生は、自由貿易とサプライチェーンの強靭化をキーワードに挙げました。

「現在、アメリカや中国が保護主義的な動きを強め、EUの動向も内向きになっています。その中で、日本は自由貿易を守る国としてその重要性を世界に訴えつつ、サプライチェーンを特定の国に依存するのではなく、多様化・強靭化させていかなければなりません。半年間で100カ国以上のトップ、トップクラスの要人と会談できる万博は、同じ価値観を共有する仲間を増やす絶好の機会です。私は、これが今回の万博における日本の重要な外交戦略だと考えています」

取材対象:渋谷 和久(関西学院大学総合政策学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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