
万博を契機に活性化した技術革新は地域経済に活きるのか?活かすために必要なこととは|万博を学問で読み解く #4
大阪では55年ぶりの万国博覧会となった「大阪・関西万博」。社会や私たちの生活に、万博の開催はどのような影響を与えるのでしょう。 そこで「月と窓」では、過去・現在・未来における万博の役割を、観光や外交、宗教、経済の視点から研究者が読み解き、4回連載でお届けします。最終回となる今回のテーマは、万博と地域経済。開幕前と会期中について語られることが多い万博の経済効果ですが、周辺地域、そして万博後はどうなのでしょう。財政学や公共経済学を専門とし、兵庫県域の大阪湾ベイエリアの活性化をめざすプロジェクトにも関わる上村敏之先生に、大阪・関西万博で集約された知見を、社会、そして地域経済に活かすために必要なことを伺いました。

Profile
上村 敏之(UEMURA Toshiyuki)
関西学院大学経済学部教授。関西学院大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員、東洋大学准教授を経て、2008年に関西学院大学着任。専門は財政学、公共経済学。兵庫県地域創生戦略会議の座長を務めるなど社会的活動多数。著書に『財政学・公共経済学の発展と展望』(共著、関西学院大学出版会、2025年)、『トピックスから考える財政学』(共著、新世社、2025年)など。
この記事の要約
- 70年の大阪万博でインフラ整備が進んだように、今回はICTの社会実装が加速する。
- 大阪・関西万博は、未来社会へ移行するための社会実装の場。
- 大阪・関西万博で得られた知見や技術を活かすための大きなビジョンが必要。
- ビジョンを実現させるために、行政と民間企業をつなぐプラットフォームを構築することが大切。
関西・大阪万博はいわば強制的な社会実装の場
大阪・関西万博閉幕後の話の前に、万国博覧会における社会的影響についてお聞きしたところ、「私は万博の専門家ではありませんが…」と断りを入れながら、上村先生はこう話してくれました。「1970年の大阪万博は確かに大成功で、万博を契機に高速道路や鉄道網の整備、会場周辺の千里ニュータウンの開発といった大規模なインフラ整備が進みました。それによって大阪を活性化していったのです。しかし、ある程度インフラが整い、人口が減少している今、同じ考え方は通用しません。必要なのはインフラではなく、ソフト面の浸透です。今回の万博はそういう問題意識を持っていると思います」
過去の万国博覧会でソフトが活用された例として、上村先生は1867年のパリ万博を挙げました。日本がはじめて参加した万国博覧会で、江戸幕府や薩摩藩などが浮世絵や陶磁器、漆器、着物といった美術工芸品を出品。ヨーロッパの人々から高い評価を受けたといいます。
「日本が出品した浮世絵などが西洋の芸術に衝撃を与え、ジャポニズムという空前のムーブメントが起こりました。ゴッホや印象派のモネやドガなどが大きな影響を受けたことは有名ですよ。また、パリ万博をきっかけに日本製品の輸出が大きく伸びたと言われています。これもインフラではなく、文化というソフトが世界を動かした例です。今回の大阪・関西万博も、ソフトがポイント。だからこそ『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマを掲げていると、私は捉えています」
ソフトのなかでも今回は特にICTやAIといった情報技術が核になると、上村先生は続けます。「大阪・関西万博では、キャッシュレス決済やオンライン予約などが徹底されました。いわばICT技術の“強制的な社会実装”になっている側面があります。技術があっても使う場がなければ意味がなく、場があっても機会がなければ使わない人もいるでしょう。“使わざるを得ない状況”をつくることで、次の新しい社会へ移行させようとしているともいえます」
行政と民間企業が足並みを揃えて進むには
大阪・関西万博では、“新しい社会”を想起させる技術が多く出展されています。大阪・関西万博の全パビリオンに入場したという上村先生は、「たとえば、マレーシアが提示するスマート社会、サウジアラビアが描く砂漠の未来都市。それから、大阪ヘルスケアパビリオンでは、いのちや健康をテーマに未来社会のモデルを提案していました。いろいろな観点から未来の社会を提示していて、非常に興味深いと感じました」
このように、すばらしいアイデアや技術が集まり、盛り上がりを見せている関西・大阪万博ですが、このままお祭り騒ぎで終わらせてはいけないと上村先生は話します。
「今こそ、万博で提示された未来社会モデルやアイデア、技術をまとめ、“日本がめざす未来の社会はこうだ”という大きなビジョンを示す必要があると思います。大阪・関西万博は、陸上競技の三段跳びでいえば、ホップ・ステップ・ジャンプのうちのステップの段階。ステップから飛躍し、持続可能な成長を実現した社会へとジャンプするには仕掛けが必要となります。それがビジョンです。未来像を描きつつ、万博での実証実験を、いかに本当の意味での社会実装にしていくかを考える必要があるのではないでしょうか」

ビジョンをつくり、次の段階に進むために必要なのが、行政と民間企業の協力。民間企業のみでは、個々のアイデアや技術はすばらしくとも、ベクトルが揃わない可能性があり、逆に、行政のみでは予算的に厳しいという面があります。「公的な補助金が切れた瞬間に終わるようでは意味がありません。行政の呼びかけで、民間企業や研究機関などが参加できるプラットフォームを構築することが大切です」
万博後の経済発展には人々の意識をまとめるビジョンが必要
上村先生によると、2018年に大阪・関西万博の開催が決定した直後から、万博後を見据えたさまざまなプロジェクトが先生の周辺では始まっていたといいます。たとえば、上村先生が委員長を務める「兵庫県域の大阪湾ベイエリア活性化推進協議会」では、2023年3月に「阪神淡路ベイエリア・アーク構想」を提言。大阪・関西万博を契機に世界中から人やモノ、投資を呼び込み、地域活性化につなげようとしています。
具体的な取り組み内容として、国内外に向けた医療ツーリズムやウェルネスツーリズム(※)があり、協議会で本格的に取り組んでいる「六甲有馬淡路島Wellness Destinationプロジェクト」では、すでに先進事例研究を進め、モデルコース開発も行っているそうです。
※医療ツーリズムは医療サービスを受けることを目的とした旅、ウェルネスツーリズムは心や身体のバランスを整え、リフレッシュすることを目的とした旅のこと。
「プロジェクトでは六甲山や有馬を山のリトリート(※)エリア、淡路島を海のリトリートエリアと位置づけ、サスティナブルで心身にもよい時間を楽しめる場づくりを計画しています。大阪・関西万博ではトイレやベッドで日々の健康状態をモニタリングする健康管理技術が紹介されていましたが、そうした未来のライフスタイルをウェルネスツーリズムなどで実現していく可能性もあります。医療セクターが集中している神戸市もプロジェクトのエリアに含まれていますしね」
※リトリートとは日常生活から離れて心身ともにリラックス、リフレッシュする旅のこと
こうしたプロジェクトを実現するには、医療・健康などのヘルスケア産業、旅行業界、住宅産業など、さまざまな産業に属する企業の力が必要です。関西だけでなく、日本中で多様なプロジェクトが行われているかもしれません。「個々の取り組みをつなげる大きなビジョンが必要」と、取材の中で上村先生は何度も口にしました。
「右肩上がりの経済では、ビジョンがなくても大体うまくいきます。ですが、右肩下がりになると人は動けないところがあります。今の若い世代は、右肩下がりの経済の中で育ち、不透明感や不確実性のなかで生きています。それはあまりにもかわいそうです。でも、あと20年もすれば、情報技術によって社会は劇的に変わります。今こそ、万博という機会を最大限に活かして“こんなにワクワクする未来が待っているんだよ”というビジョンを、社会に提示する責任があるように思います。それによって、万博後に続く経済効果も生まれるのではないでしょうか」
取材対象:上村 敏之(関西学院大学経済学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります