スウェーデンの幼保一体保育から考える、子どもの心を育む“より良い保育の場”とは

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スウェーデンの幼保一体保育から考える、子どもの心を育む“より良い保育の場”とは

共働きの家庭が年々増えている中、子育てにおいて幼稚園や保育所はとても重要な存在です。では、家庭と幼稚園や保育所における保育の違いはどこにあるのでしょう。また、子どもの心を育むための、より良い保育の場とはどういったものなのでしょうか。日本の幼稚園で教諭として約12年勤務し、現在はスウェーデンの保育を研究している吉次豊見先生に、フィールドワークで得た知見を伺いながら、より良い保育のあり方について考えます。

Profile

吉次 豊見(YOSHITSUGU Toyomi)

関西学院大学教育学部助教。兵庫教育大学学校教育研究科修了。京都教育大学教育学部幼児教育専攻を卒業後、兵庫県篠山市の幼稚園で教諭として勤務し、大学講師を経て2022年より現職。専門はスウェーデンの保育、子どもの主体性形成、幼児教育学で、スウェーデンの保育については毎年現地でフィールドワークを行っている。著書に『保育内容総論』(共著、みらい、2021年)がある。

この記事の要約

  • 集団での生活や協同的な遊びを通して学びを得ることは、家庭ではできない保育ならではの特徴。
  • 幼稚園・保育所・認定こども園は、管轄省庁や対象年齢などの違いはあるが、保育のねらいは共通している。
  • スウェーデンは1975年に幼保一体化が実現し、1996年からは教育省管轄の生涯教育の第一段階として保育施設が運営されている。
  • より良い保育の場を実現するためには、制度や仕組み、環境の整備が不可欠。

協同的な遊びから心の成長を育み、協働へ

大学で幼児教育・保育を学び、卒業後は幼稚園教諭として12年ほど現場に携わっていた吉次先生。日本で認定こども園の制度がスタートしたのは2006年ですが、先生が働いていた当時は制度の開始前で、幼保一体化の議論が行われていた時期でした。

「当時は幼稚園と保育所で子どもたちの生活に違いがあり、小学校に上がる前の子どもたちは、同じ環境下で過ごすべきではないか、本当にこれでいいのかと疑問を感じていました。そこで幼保一体化について専門的に学びたいと思い、働きながら夜間の大学院に通い始めたことが、研究のきっかけになりました」

そもそも幼稚園・保育所・認定こども園には、どのような違いがあるのでしょうか。吉次先生は、管轄する省庁や対象年齢、時間などが異なると説明します。

「幼稚園は文部科学省、保育所と認定こども園は内閣府の外局であるこども家庭庁の管轄で、幼稚園は満3歳児から、保育所は0歳児からが対象です。保育所のほうが預かり時間が長く、原則として保護者の就労など、家庭外の保育を必要とする理由がないと利用できません。認定こども園は、幼稚園と保育所の機能を併せ持つ施設です」

それぞれ違いはあるものの、「子どもたちが集団で生活する場であり、遊びを通して学ぶ場であることに違いはない」と吉次先生。小学校に上がる前の子どもたちは等しく同じ教育を受けられるべきであり、実際、幼稚園教育要領、保育所保育指針、認定こども園教育保育要領のいずれにも、保育のねらいが同じように書かれていると話します。

「家庭ではできない経験や、人との関わりの中から学びを得ることが保育の特徴であり、それは幼稚園にも保育所、こども園にも共通しています。たとえば、『協同的な遊び』は、どの園においても大切にされている活動です。砂場で山をつくったり、トンネルを掘って水を流したりする遊びは、1人でももちろんできますが、みんなで協力したら、もっと高い山や深いトンネルができる。集団で生活する保育の場だからこそ、そんな体験を積み重ねることができるのです」

そして「きょうどう」には3種類あると、吉次先生は続けます。1つ目は、みんなが一緒に使うけれど、力を合わせる必要はない「共同」。共同浴場や共同トイレがこれに当たります。2つ目が、みんなで考えて力を合わせる「協同」。さらに発展すると、3つ目の「協働」になり、役割分担が明確になったり相乗効果が生まれたりします。最終的には子どもたちが協働することをめざして、子どもの年齢や発達に応じて、保育者が協同的な活動を段階的に導いていくそうです。

スウェーデンに見る、社会の制度と保育の場の関連性

保育のねらいは同じはずなのに、幼稚園と保育所が分かれていて良いのだろうかという違和感を覚えた吉次先生は、他国の状況を調べていく中で、スウェーデンの幼保一体化の施策に出会います。スウェーデンも、かつては日本と同じように幼稚園と保育所が分かれていました。しかし、1975年の時点で幼保の施設名称・教育的内容も統一されました。そして、1996年にはすべての保育施設の管轄が、日本の文部科学省に該当する「教育省」に移管され、1998年には学校教育の体系に位置付けられました。

「かつてスウェーデンの保育所は、ダーグヘム(daghem)と呼ばれていました。dagは昼間、hemは家庭を意味します。幼稚園と保育所が統合された現在は、すべてフォーシュコーラ(förskola)と呼ばれています。förは前、skolaは学校。つまりプレスクールという意味です。フォーシュコーラは日本の認定こども園に近い存在で、幼保の機能が一緒になっています。認定こども園での長時間保育を希望する場合は就労等の一定の条件が設けられていますが、スウェーデンでも同じです(なおスウェーデンでは、週15時間を超える保育を希望する場合に、保護者の就労・就学などの理由が必要とされます)。一方で、日本では0〜2歳児は保育の必要性が認められない場合、認定こども園や保育所に入ることはできません。これに対してスウェーデンでは、保護者の就労の有無にかかわらず、1歳以降のすべての子どもに対し、週15時間フォーシュコーラに通う権利が法律で保障されています。あくまで主体は子どもであり、教育を受けるのは子どもの権利とされているからです」

スウェーデンは国際条約「児童の権利に関する条約」の成立に尽力した国の一つ。そんな精神が根幹にあるスウェーデンだからこそ、保護者の就労状況ではなく、とにかく子どもが中心という施策につながっているのかもしれません。さらに吉次先生は、「フォーシュコーラは民主主義の第一段階を学ぶ場でもある」と話します。

「たとえばフォーシュコーラでは、子どもたちは外で大きな声は出せますが、室内で大きな声を出すことはありません。これは、保育者が子どもたちに『うるさくすると、他の子たちの声が聞こえないよね』と伝えているからです。自分の権利を主張するだけでなく、他者の声も聞くように、という教育が大切にされている。民主主義の徹底ですね。だから園内はすごく静かです。一方で保育者も子どもの声を聞き、主体性を尊重しています。些細なことですが、おやつを食べるときも、水がいいのかミルクがいいのか、どのクラッカーを食べたいのか、『どれがいい?』と子どもに聞くんです」

幼保が一体化され、教育省の管轄になったスウェーデンでは、フォーシュコーラは生涯教育の第一段階であり、学びの基礎を培う場であるという意識が保育者に共有されているそうです。ただし、フォーシュコーラではアルファベットや数字を保育時間で教えることはなく、保育室の壁に貼っておく、遊びの中で数や文字に親しむなど、日常の中で触れる程度に留めています。それは、フォーシュコーラから小学校に上がる前に「0年生」という学年があり、体系的な学びの始まりに触れる機会が別に設けられているからだと、吉次先生は説明します。

「小学1年生の前に0年生があるので、『小学校に上がる前にこれをやっておかないと』といった意識が、スウェーデンでは保育者にも保護者にもないんです。やはり0年生というワンクッションの存在が大きいのではないかと思います」

そしてもう1つ、日本とスウェーデンの大きな違いとして、フォーシュコーラには0歳児がいないという特徴があります。「専業主婦がいない国」と言われるほど女性の就業率が高いスウェーデンですが、0歳児がフォーシュコーラに預けられていないのはなぜでしょうか。

「スウェーデンでは、子ども1人につき480日間の育児休暇を取得できます。片方の親だけで480日すべてを使うことはできず、母親と父親に最低90日ずつ割り当てられているのが特徴で、同性カップルの場合も同様です。スウェーデンでは、子どもの乳児期は親にとっても貴重な期間だと考えられており、育児休暇はその時間を守るための権利として捉えられています。このように充実した育児休暇制度があるので、子どもがフォーシュコーラに入る年齢は1歳3ヶ月から1歳半くらいが多いんです」

フォーシュコーラには乳児がいないため、授乳のためのミルクや離乳食などの準備も必要ありません。一方、日本の保育所には0歳児クラスがあるため、その分多くの保育者が必要です。「こうした背景が、日本の保育現場に比べて、スウェーデンでは相対的に保育者の負担が軽減されている一因ともいえる」と吉次先生。社会の制度と保育の場が深く関連していることがよくわかります。

日本が得意とする教育が、現在のスウェーデンで見直されている

スウェーデンの保育現場は、幼保一体化した以降もアップデートを続けています。IT先進国であるスウェーデンでは、保育でも早期からデジタルデバイスが導入されていましたが、アナログな体験の重要性が確認されると、方針が転換されました。2025年8月に変更された最新のカリキュラムでは、絵本や体操など、直接体験や身体活動が重視されています。

「こういった体験は、日本の保育者たちが得意としている分野です。日本の先生たちは、子どもたちに毎日絵本の読み聞かせをしたり、ピアノを弾いて音楽に親しむ時間をつくったりすることを、とても大切にしています。また、子どもと保育者の距離が近く、一人ひとりに対して丁寧に、細やかな気遣いを持って接しているところが、日本の保育の優れた点だと思います」

ただし、日本の保育のすばらしさは、一生懸命に子どもたちと向き合っている保育者たちの個々の努力によって支えられている面が大きく、いわゆる「やりがい搾取」に陥らないような仕組みが必要だと、吉次先生は続けます。「子どもの主体性や自分らしさが育まれるような、より良い保育のあり方は、保育者の質に委ねるのではなく、制度や仕組み、環境の整備によって実現されなければいけない」と考え、特に最近は環境面に注目して研究を行っているそうです。

「子どもが環境からどんな影響を受けるのかという研究は、国内外でたくさん行われてきましたが、私が近年注目しているのは、環境が保育者に与える影響です。たとえば、園庭がなく保育室も狭いというような施設で働く保育者は気持ちが落ち着かず、子どもに対して余裕を持った関わり方が難しくなってしまうという事例もあります」

一方、スウェーデンは、ダーグヘムと呼ばれていた頃の家庭的な環境を出発点としていることもあるのか、現在のフォーシュコーラにも、ゆったりとくつろげるソファや間接照明を取り入れていたり、食事の場所と遊ぶ場所が空間として分けられていたりと、生活の場が美しく整えられているそうです。

吉次先生がフィールドワークで訪れたフォーシュコーラ。1つの室内が活動別にスペースが分けられている

「保育者が安定した気持ちで子どもに関わることができる保育の場とは何だろうというテーマに着目し、研究を進めています。保育者の負担を軽減し、一人ひとりに丁寧に向き合える保育環境を整備していくためにも、私たち研究者が積極的に発信していかなければならないと思っています」

取材対象:吉次 豊見(関西学院大学教育学部 助教)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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