「与える」から「共に創る」へ。企業による文化芸術支援の現在地

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「与える」から「共に創る」へ。企業による文化芸術支援の現在地

美術館や音楽ホールの運営、コンクールや講演会の開催など、多くの企業がさまざまな文化芸術支援活動を行っています。「メセナ活動」として企業イメージ向上の手段と捉えられることもありますが、それだけが活動の目的なのでしょうか。多国籍企業の社会貢献について研究する大木先生に、企業における文化芸術支援活動の意義やこれからについて伺いました。

Profile

大木 義徳(OKI Yoshinori)

関西学院大学国際学部教授。早稲田大学大学院修了。公共経営修士(専門職)。三井住友海上火災保険、内閣府規制改革・民間開放推進室、三井物産戦略研究所などを経て、2025年4月より現職。専門は政治学(行政学)。「企業行動」「公共経営」「社会イノベーション」をキーワードに研究を進めており、特に国際的な人口移動に関心が深い。2021年7月より文部科学省「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」審査委員を務めている。

この記事の要約

  • 企業による文化芸術との関わりは「文化で売る」「文化を売る」「文化に貢献する」の3つ。
  • 文化芸術支援で、企業が近年重視するのは地域社会との関係づくり。
  • 日本では今後、官民が一体となって文化芸術支援に取り組むことが大切。
  • 企業の社会的責任が強く求められる昨今、文化芸術支援は新たな意味を持つ。

「文化で売る」「文化を売る」「文化に貢献する」

企業は社会において、さまざまな形で文化芸術と関わっていますが、「東京大学教授である小林真理先生の編著書によれば、その手法は3類型に整理されます」と大木先生。それが「文化で売る」「文化を売る」「文化に貢献する」の3つです。「文化で売る」は文化マーケティングにあたり、商品・サービスの販促や企業イメージ形成に文化を利用することを指します。「文化を売る」は文化の事業化・収益化を意味し、映画や舞台の興行はその一つです。そして「文化に貢献する」はメセナ活動で、文化的な環境確保の責任という考え方から生まれ、直接の見返りを期待しない行動のことです。

ただ、それらの境界は曖昧で、複数の領域に帰属するものもあるといいます。ここで、大木先生が企業と文化芸術の関係を理解する一例として挙げたのが阪急電鉄です。

「阪急電鉄の関係機関には宝塚歌劇団があります。その華やかさと歴史は阪急電鉄の企業イメージ向上につながっているので『文化で売る』、そして宝塚歌劇団そのものは収益事業になっているので『文化を売る』です。さらに、歌劇団員養成所である宝塚音楽学校で歌や踊りを学ぶ機会の提供や、地域とのイベント連携などから、文化の発展や教育に貢献しているといえます」

阪急電鉄株式会社は、独創的な実業家と言われた小林一三によって創業され、宝塚歌劇団も彼が手掛けたものですが、創業者が文化芸術支援を行う例は珍しくないと、大木先生は話します。

「たとえば、現在のクラボウやクラレを築いた大原孫三郎は、岡山県倉敷市に大原美術館を設立しました。ブリヂストン創業者の石橋正二郎はブリヂストン美術館(現在のアーティゾン美術館)を設立し、また、東京国立近代美術館が移転を計画していた際には、施設を新築して国に寄贈しています。このように、強力な創業者によって設立された企業の場合、その創業者利得が文化芸術方面に波及する傾向は国内外を問わず数多くあります」

ここまでの話から、文化芸術にはさまざまな意味を含んでいることに気づかされます。あらためて大木先生に文化芸術の定義を尋ねたところ、自身が依拠する学術的な定義として、文化芸術基本法の前文を挙げて説明してくれました。

「前文には『文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高めるとともに、人々の心のつながりや相互に理解し尊重し合う土壌を提供し、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成するものであり、世界の平和に寄与するものである』という一文があります。私自身も、文化芸術を単なる創造的な表現の手段というだけでなく、より広義に捉えていこうとした役割も内包していると考えています」

地域社会との関係づくりが持続可能性の向上につながる

文化芸術活動を支援するには、当然ながら費用も手間もかかります。それでも今なお、企業が取り組むのはなぜでしょう。それをひも解くのが、企業経営の考え方の変化です。

「これまでの株主中心主義を見直し、現在では株主や顧客、従業員だけでなく、地域社会などあらゆる利害関係者、いわゆるマルチステークホルダーとの円満な関係の構築が求められています。より幅広い人たちと良好な関係を築くことで、企業は自社の存在意義や持続可能性の向上につなげていこうと考えるようになりました。公益社団法人企業メセナ協議会が企業・団体を対象に行った調査でも、支援活動で重視する点として『地域社会との関係づくり』が筆頭に挙げられています(※)」

※2024年度メセナ活動実態調査。結果は、『Mécénat Report 2024』にまとめられている。

大木先生によると、支援のあり方も少しずつ変わってきているといいます。「2011年、企業経営に新たな概念が登場しました。それまで主流だった企業の社会的責任を軸としたCSR(Corporate Social Responsibility)経営を、共有価値の創造を重視したCSV(Creating Shared Value)経営に変えようというものです。パトロンからパートナーシップへというキーフレーズもよく取り上げられました。企業が一方的に供給者として社会に支援を押し付けるのではなく、社会への関与を高め、地域社会とのパートナーシップを意識して、社会課題の解決に取り組もうというものです」

CSV経営とは、企業が社会的課題を事業機会として捉えて、課題解決への取り組みと経済的な価値を両立させるという手法です。どちらも社会的責任を果たそうとするのは同じですが、CSR経営では経済的利益を目的にしないのに対し、CSV経営では経済的利益も追求します。「利益が生み出せると株主にとってはメリットになり、株主以外の人たちにもアピールできる。マルチステークホルダーを強く意識した考えだといえます」

このCSV経営へのヒントとして、大木先生は、岐阜県可児市における文化芸術を通じた社会課題の解決に向けた取り組みを紹介してくれました。2024年に、劇場関係者向けワークショップの基調講演者に招かれるご縁があったそうです。可児市文化創造センターalaは、〈「芸術の殿堂」ではなく、人々の思い出が詰まった「人間の家」〉であると謳い、売上を重視した興行の場ではなく、社会包摂の場として劇場を捉えて活動を行っています。その背景にあるのは、住民の多様性です。隣接する美濃加茂市とともに日系ブラジル人が多く暮らしている地域事情のもと、公益財団法人可児市文化芸術振興財団が、日本人だけでなく外国人などとともに共生社会を考える市民参加型のイベントを行っているのです。

可児市文化創造センターalaで行われた市民参加事業による公演の様子
可児市文化創造センターalaでは「クリエイティブ」「インクルーシブ」「コミュニティ」の観点からプロジェクトを推進。「インクルーシブによるアプローチは、センターを社会包摂の場と捉えていることに通じます」と大木先生。図は同センターWebサイト「Our Mission & Vision」より引用

「さまざまな人が参加するので、出演者や観覧者は社会の縮図を劇場で体感することができます。そしてイベントを通じて、日々の生活、さらには人生が充実し、社会の一員として受け入れられていると感じることでしょう。社会課題である多様性の尊重について、世の中にはいろいろな考え方がありますが、課題を解決する一つのツールとして、国内で文化芸術が取り上げられつつあることに注目したいと思います」

企業の社会貢献の一つとして文化芸術支援に注目

ところで大木先生によると、文化芸術の支援方法には国や地域によって違いがあるといいます。中でもアメリカとヨーロッパは対照的だそうで、アメリカは民間による支援が中心。たとえばカーネギー・ホールは鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが、メトロポリタン美術館は鉄道会社社長のジョン・テイラーが代表となって建てたもの。一方、ヨーロッパはというと、ルーブル美術館がフランスの国立美術館であるように、政府中心で公費によって文化芸術活動を推進しています。そして、日本はアメリカとヨーロッパの折衷といわれているそうです。

「ただ、国内の財政制約が厳しくなっている今、文化芸術活動を維持、発展させるには公費による支援だけでなく、民間企業の関わりが非常に重要になっています。文化庁の予算規模は年間1000億円程度と欧米に比べて小さく、その中で文化芸術の振興や、文化財購入・修復などすべてを賄うには限界があります」

大木先生は、企業行動・公共経営・社会イノベーションという3つをキーワードに研究を進めています。3つをつなげれば、「企業行動と公共経営で社会イノベーションを実現する」という新たな動きを描けると考えているからです。官民が一体となって活動を進めることで、文化芸術支援の分野でも社会イノベーションを実現できる可能性があると語ります。

「CSV経営が登場したとはいえ、文化芸術支援においては、企業の関わり方はスポンサーとして運営費を寄付するといった形がまだまだ多く、現状はCSR経営の範囲を出ていないといえます。そこから一歩踏み込んで社会イノベーションを起こすには、やはりCSV経営が重要ですが、そこにたどり着くには、もうひと踏ん張り、ふた踏ん張りしなければ…。企業が文化芸術を支援することに社会的な意義や価値を見いだすことができれば、支援活動がもっと普及していくかもしれません。そして、論理的整合性や持続可能性のある支援となればマルチステークホルダーに対しても説明できますし、誰もが納得できる取り組みとして推進できるのではないでしょうか。

今、日本の企業部門は政府部門とは対照的に、資金超過の状況にあります。ここ30年ほどの海外投資の蓄積によるリターンが国際収支統計からも見てとれますが、資金の使い道の一つに新たな形での文化芸術支援を実践する企業も見られるようになりました。上場企業は株主を意識せざるを得ないので難しい面はありますが、一方で今後ますます社会性を重視することが求められるようになります。企業の社会貢献活動として『文化で売る』『文化を売る』『文化に貢献する』ことをより積極的に考えることが、社会イノベーションにつながるのではないかと思います」

取材対象:大木 義徳(関西学院大学国際学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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