文化から社会を見ることで浮かび上がる、スポーツのナショナリズム|デフリンピックが私たちに語ること #3

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文化から社会を見ることで浮かび上がる、スポーツのナショナリズム|デフリンピックが私たちに語ること #3

2025年11月15日から26日にかけて「東京2025デフリンピック」が開催されました。日本で初開催のデフリンピックは、私たちに何を語りかけたのでしょう。そこで「月と窓」では、デフリンピックを軸に、3回にわたって特集記事を連載します。最終回となる今回は、スポーツとナショナリズムをテーマに、ナショナルなものに潜む問題点を研究する阿部潔先生に話を伺いました。

Profile

阿部 潔(ABE Kiyoshi)

関西学院大学社会学部社会学科教授。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(社会学)。ロンドン大学ゴールドスミス校客員研究員、クィーンズ大学社会学部客員教授の経験がある。2000年4月より現職。専門はメディア、コミュニケーション論。近年は、カルチュラル・スタディーズの知見を踏まえて、「ナショナルなもの」に潜む問題点を研究している。著書に『シニカルな祭典-東京2020オリンピックが映す現代日本-』(晃洋書房、2023年)、『東京オリンピックの社会学-危機と祝祭の2020JAPAN-』(コモンズ、2020年)、『監視デフォルト社会-映画テクストで考える-』(青弓社、2014年)などがある。

この記事の要約

  • 日本チームを応援する。その自然な行為もある種のナショナリズム。
  • 「カルチュラル・スタディーズ」から見えるナショナリズムは“熱しやすく冷めやすい”。
  • 近代的なナショナリズムの形成の条件は、共通の言語と歴史。
  • デフリンピックは、手話が一つの言語だとあらためて認識する場に。

「ナショナルなもの」は、ごく自然に日常に入り込んでいる

皆さんはナショナリストやナショナリズムと聞いて何を思い浮かべますか。ナショナリズムというと、極端な立場や思考をイメージしそうですが、阿部先生は、日常生活の中にもナショナルなものが潜んでいると指摘します。

たとえば、サッカー観戦において。Jリーグの試合を見たかどうかという話題は、好みや趣味で片づけられるのに対し、ワールドカップになると様子が変わることがあります。「日本代表が勝ち進んですごい試合をした翌日、テレビで試合を見たかと聞かれて『見ていない』と答えると、次に来るのは『なぜ?』という質問です。どうしてもはずすことができない理由を言わないといけない空気になります」。日本人なら見て当たり前という考えが、暗黙のうちに成り立っているところに、ナショナルなものがあると、阿部先生は説明します。

「ナショナリズムは、堂々と主義主張やイデオロギーを語るというより、自然なもの、当たり前のものとして、日々の生活に入り込んでいるところがあります。それがナショナリズムの一番の本質だと、私は思っています。頬にペインティングして日本代表を応援するのと、街宣車に乗って演説するのは全然違う行動に思うかもしれませんが、通底するものは同じです。他の世界的なスポーツ大会やオリンピックも同様に、日本代表を応援する時、おそらく誰も自分がナショナリストや右派とは思っていないでしょう。ただ、極めて日常的な会話の中に“日本人なら当然”というナショナルなものが入り込んでいるのです」

東京2020オリンピック研究で見えてきたこととは

実は、ごく身近にあるというナショナリズム。阿部先生は、こうしたナショナルなものに潜む問題点を、文化を通して社会を考える「カルチュラル・スタディーズ」の視点から研究しています。社会は必ずしも調和的なものではなく、そこには上下関係や権力、暴力があり、場合によっては誰かが社会から排除されたり逸脱したりしています。それが文化に現れるというのです。わかりやすい例では、かつてドラマやCMで食事シーンがあると、調理するのは決まって女性でした。ドラマという文化を探ることで、“女性が調理するのが当たり前”という当時の価値観や男女の関係が見てとれるのです。

カルチュラル・スタディーズの研究対象はドラマ、ファッション、マンガなど多岐にわたりますが、阿部先生は「ナショナルなもの」をオリンピックから探る研究を行ってきました。研究を続ける中で、最近、従来とはかなり異なるナショナリズムを感じると話します。

「オリンピックは、スポーツという手段で争う場であり、ナショナリズムの競い合いといえます。オリンピックが盛り上がるのはナショナリズムが背景にあるからです。ただ、『東京2020オリンピック』を研究して感じたのは、大会が盛り上がってもナショナリズムが具体的なかたちでさらに進むわけではなく、あっという間に忘れ去られてしまうということ。おそらく日本だけでなく、それが現代のスポーツナショナリズムのひとつの特徴でしょう。ありふれた言葉で言えば“熱しやすく冷めやすい”です」

「東京2020オリンピック」は開催までにさまざまな困難があり、一時は中止延期を求める声も強くありました。しかし、開催されると一転、開催を歓迎する声が多数になり、競技では日本を応援する空気が生まれました。そして、閉幕後は特に盛り上がりが続くこともなく、スーッと日常に戻っていきました。まさに“熱しやすく冷めやすい”という言葉がよく当てはまります。

そこにあるのは「主義主張というよりも、その時の気分や感情的な盛り上がり」だと阿部先生は捉えます。常にナショナリストでいるのではなく、地中に潜り込んだ伏流水のように、何かが起こった時にナショナルなものが自然と表に出てくる。オリンピックはその典型ですが、そもそもナショナリズムにはうつろいやすい部分があると言います。

ナショナリズムには他者に開かれたものから、排外的なものまでグラデーションがある中で、「現在のナショナリズムにおける動きをすべて否定するわけではない」とした上で、阿部先生はこう語りました。「感情的なものが主たる要因なのかどうかわかりませんが、ナショナリズムに含まれている攻撃的な一面が、今、以前よりもせり上がってきているような気がします。熱しやすく冷めやすいものは、もろくうつろいやすい面があるため、ネットに溢れる虚実ないまぜとなった膨大な情報によって感情が刺激されることでナショナリズムが操作され方向づけられる傾向もあるでしょう」

デフリンピックを機に自分の“当たり前”に疑問を投げてみる

では、オリンピック同様、国対抗のスポーツ大会であるデフリンピックを、阿部先生はどう捉えたのでしょうか。

今回、東京で100周年大会が行われたことで、デフリンピックには100年の歴史があり、式典もすべて手話で行っていることなどが日本国内に広く伝わりました。このことは「ナショナリズムの観点からとても大きな意味がある」と阿部先生は言い、近代的なナショナリズムの形成について説明してくれました。

阿部先生によると、政治学者のベネディクト・アンダーソンは、著書『想像の共同体』の中で、国民や民族(Nation)を「想像された共同体」と定義し、近代的ナショナリズムの形成には言語と歴史という2つの要素が必要だと述べました。そして、同じ言葉を話し読み書きする人々が、法的制度によって権利や自由が保障されているという前提のもと、共通の歴史を持っていることで、近代的ナショナリズムは醸成されるとしています。

「言うまでもなく、手話は文法のあるれっきとした言語です。また、耳が聞こえない、聞こえにくいデフの人々は聴覚障がい者として健常者とは別の区分に入れられ、ときに排除された歴史を生きてきました。つまり、デフの人々には手話という言語と、彼らが積み重ねてきた歴史があるといえます。そうすると、国というナショナリズムとは別に、もう一つのナショナリズムを生む可能性があるわけです」

いわゆる健常者は、手話を使う聴覚障がい者のことを「障がいがあってかわいそうな人、耳が聞こえなくて言葉をしゃべれない人」と見なしてしまうかもしれません。障がい者より健常者の人数が多いため、どうしても健常者の見方が通用してしまいます。しかし、それは大きな過ちではないかと阿部先生は問いかけます。逆の立場から見ると、健常者の方を手話という言語を使えない人と捉えることもできるのです。

「デフの人たちは、私たちとは違う言語を話すことができます。それらをもとに、彼らの中ではNationができていて、その社会では手話を通じて人と人とがつながっているのです。さらに、日本語を読み書きできるので、手話と日本語のバイリンガルともいえます。そう認識すると、いかに私たちが自分たちの“当たり前”で生きているかがわかります」

自分たちの当たり前は本当に当たり前なのか。それを解きほぐすのが、カルチュラル・スタディーズだと阿部先生は言います。今回のデフリンピックに関しても、デフスポーツという文化を深く考察することで気づきが得られると話しました。

「デフリンピックで日本人選手は大活躍しました。ですが、『日本、がんばったね』『過去最高のメダル獲得でよかった』で終わってはいけないと思います。私たちは手話を音声言語の代替と捉えがちですが、そうではなく手話は全く別の言語であり、私たちがそれを理解できないのです。そういう認識が生まれて、はじめてデフリンピックの意味があるのではないかと、自戒の意味を込めて、皆さんと共有できれば。手話が一つの言語であることやデフの人たちの社会や文化について、スポーツイベントなどでもっと発信してもよいのではないでしょうか」

取材対象:阿部潔(関西学院大学 社会学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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