地球上の酸素の5分の1を生み出す、海洋性珪藻類の特殊な光合成メカニズムに迫る

SCIENCE

地球上の酸素の5分の1を生み出す、海洋性珪藻類の特殊な光合成メカニズムに迫る

私たちが生命を維持していくために必要な酸素は、植物の光合成によって生み出されています。実は光合成の約50%が海の中で行われ、さらにそのうちの約40%は「珪藻(けいそう)」と呼ばれる植物プランクトンが担っています。単純計算すれば私たちが5回呼吸をするうちの1回は、海洋性珪藻類が作った酸素を吸い込んでいることになります。そんな海洋微生物の光合成のメカニズムについて、世界に先駆けて研究に取り組んだ松田祐介先生に、話を聞きました。

Profile

松田 祐介(MATSUDA Yusuke)

関西学院大学生命環境学部生物科学科 教授。北海道大学農学研究科農芸化学博士課程修了。博士(農学)。カナダのヨーク大学ポストドクター、同助教を経て1997年関西学院大学着任、2008年より現職。この間、イタリア・マルケ工科大学客員教授、山口大学理学部、琉球大学理学部、東京大学理学部、鳥取大学工学部の非常勤講師なども歴任、海洋性珪藻類の光合成メカニズムを中心に分子レベルの研究を行う。

この記事の要約

  • 海洋性珪藻類は、ガラス(ケイ酸)の殻が特徴的な植物プランクトンである。
  • 海洋性珪藻類の葉緑体には、二酸化炭素を濃縮して効率的に光合成できる特殊な機構がある。
  • 海洋性珪藻類は、有用物質やバイオ燃料の生産など、さまざまな分野への応用も期待される。

水のあるところに生息。海の食物網を支える、ガラスに包まれた珪藻

珪藻は、顕微鏡を使わないと目には見えない「微細藻類」の仲間で、光合成をおこなう単細胞生物。水の中に生息し、海や川、沼はもちろん、道路から染み出している水の中や土の中にも住んでいる身近な生きものです。「水のあるところならどこにでもいるので、水環境の指標生物として使われています。珪藻は地球上の生物の中でも多様性が高く、10万種から20万種が存在していると考えられています」と松田先生。珪藻の中でも松田先生が研究対象としている海洋性珪藻類は、北太平洋や南極海など高緯度域の海に広く分布しています。それらの海で漁業が盛んなのは、ほかの生物たちのえさとなる珪藻がいるためなのです。

珪藻の大きな特徴の一つはその形状です。線対称や点対称の形をした殻を持っており、顕微鏡で覗くとまるで美しい幾何学模様。

「上蓋と下蓋からなる珪藻の殻は、ガラスでできていて、この殻が化石になったものが珪藻土です。珪藻土が七輪や塗り壁材に使われるのは、ガラスの表面に穴がたくさん開いていて、熱を通さず湿度を調節する機能に優れているからなのです」

生物種別を整理する分類学や形態学の分野では、珪藻は古くから研究対象とされてきました。その一方で、光合成をはじめ珪藻の細胞内部で行われている生命活動のメカニズムについては、今なおわかっていないことが多いといいます。松田先生はその謎に早くから取り組み、珪藻の“特殊な”光合成のメカニズムを分子レベルで明らかにしようと研究しています。

二酸化炭素を濃縮することで、効率的に光合成を行う

では、海洋性珪藻類の光合成の特殊性はどのようなところにあるのでしょうか。その1つは、光合成を担う細胞の器官である葉緑体の構造です。

陸上植物の葉緑体は、内部に「チラコイド」という扁平な袋状の膜が層状に重なった構造を持っており、このチラコイド膜で光のエネルギーを化学エネルギーに変換しています。チラコイドの周りには、化学エネルギーによって二酸化炭素を固定して有機物に変換する「ルビスコ」と呼ばれる酵素が散在しています。

これに対して海洋性珪藻類の葉緑体は、チラコイド膜の層に囲まれた中心に「ピレノイド」と呼ばれる区画があり、二酸化炭素を固定する酵素のルビスコが散在せずに、ここに集まって存在しています。さらに特徴的なのが、ピレノイドの中心部をチューブ状のチラコイド膜が貫通していることです。

海洋性珪藻類葉緑体の内部構造のモデル図。右は海洋性珪藻類葉緑体の内部構造のモデル図。CO2固定化酵素ルビスコ(青色)が寄り集まったピレノイド構造の中心部をチューブ状のチラコイド膜(緑色)が貫通している。ピレノイドの周囲はPyShell(後述)と呼ばれる格子状の構造タンパク質(黄色および左の図)で囲まれている

陸上植物の葉緑体とは大きく異なる構造を持つ海洋性珪藻類の葉緑体は、二酸化炭素の乏しい水中でも効率的に光合成を行うことが可能だと松田先生は説明します。

「二酸化炭素は水に溶けると重炭酸イオン(HCO3)になります。海洋性珪藻類のピレノイドの中を貫通するチラコイド膜の中には、重炭酸イオンをものすごいスピードで二酸化炭素に変換できる酵素があります。そのため海洋性珪藻類は、重炭酸イオンを葉緑体の中にため込み、ピレノイドの中のチラコイド膜内で二酸化炭素に変え、その二酸化炭素をピレノイド内にあるルビスコにどんどん供給することで、効率よく光合成ができるのです。こうした仕組みをCO2濃縮機構と呼びます」

海水に豊富な重炭酸イオンを葉緑体まで輸送体(S)で運び、CO2固定化酵素ルビスコが1カ所に集まっているピレノイドを貫通するチラコイド膜の中で、酵素(θ-CA)によってCO2をルビスコに供給するCO2濃縮機構のモデル図

海洋性珪藻類の光合成メカニズムについてさまざまな現象を明らかにしてきた松田先生の最近の大きな業績が、このピレノイドの形を作っているタンパク質の発見。世界3大科学誌の1つ「Cell」という学術誌に掲載されたほどのインパクトと松田先生は話します。「Pyshell(パイシェル、※)」と名付けられたこのタンパク質は、ピレノイドの周りをシート状に取り囲み、ピレノイドや葉緑体の形状を維持していることがわかりました(上の図の点線部分がPyshell)。葉緑体の構造体をつくるタンパク質の発見は世界でも初めてだと松田先生。

※Pyrenoid Shell (ピレノイド シェル)の略

「ゲノム編集の技術でPyshellが形成できなくなった葉緑体は、ピレノイドを貫通するチラコイド膜のチューブ構造が形成されずCO2濃縮機構が機能を失い、ほとんど光合成ができなくなってしまいました。つまり、チラコイド膜のチューブ構造をつくるためにはPyshellが不可欠であるということはわかったわけですが、葉緑体の構造タンパク質が見つかったばかりで、まだまだわからないことだらけです。Pyshellには形状維持のほかにも何か機能があるのではないかと考え、研究を進めています」

地球の歴史とともに進化してきた珪藻が持つ可能性

さて、光合成を効率的に行う珪藻のCO2濃縮機構は進化の過程でどのように獲得されたのでしょうか。この説明には珪藻が生まれるずっと前、地球の誕生から振り返る必要があります。46億年前に地球ができたのち、約30億年前に光合成を行う単細胞生物(原核生物)であるシアノバクテリアが誕生し、10億年以上前に原始真核生物に取り込まれたシアノバクテリアが葉緑体となります。

シアノバクテリアの出現以降、光合成によって地球の大気には酸素が増加し、相対的に二酸化炭素は徐々に減少。4億から3億年前の酸素濃度は現在の2倍ほどありました。光合成生物によって大気の酸素濃度が高く二酸化炭素濃度が低くなった地球は、皮肉にも光合成を行う生物にとって光合成しづらい環境になりました。というのも、二酸化炭素を固定するルビスコは酸素とも反応してしまうため、酸素が多いと二酸化炭素の代わりに酸素を固定し、光合成の効率が低下してしまうのです。こうした不利な環境を生き抜くために作った仕組みがCO2濃縮機構です。このCO2濃縮機構は珪藻のほかにもシアノバクテリアやクロレラなどの緑色の藻類(緑藻)に見られます。

さらに約2億5千万年前には海の環境が大きく変化して、大量絶滅が起こったと考えられています。珪藻の化石はこの時代から見られ始めます。しかし、珪藻が表舞台に登場するのはもっとあとの年代だと松田先生は話します。

「6500万年前には恐竜の大量絶滅が起きました。恐竜が絶滅した原因は、直径が10キロメートルもある隕石がメキシコのユカタン半島に落下したことだとする説が有力ですが、この巨大隕石の衝突でメタンが大量に放出され、温室効果で地球の気温が高くなったと考えられています。これ以降、海の環境が変わり、先の大量絶滅で増えた藻類が徐々に減少して、珪藻が急激に増加していきます。

そして温暖化した環境で進化したのが、イネや麦などの単子葉植物です。単子葉植物の進化に伴って、単子葉植物を食べる哺乳類、つまり牛や馬など有蹄類の祖先は草食に適した身体機能に進化しました。彼らは単子葉植物とともに、これら植物に含まれるシリカ(二酸化ケイ素)も体に取り込み、排泄します。排泄物が雨で海に流れ、珪藻のガラスの殻の材料となる海中のシリカが増える。このことが、珪藻が繁栄した要因のひとつだといわれています」

特殊な光合成システムが地球のこれからを担う

環境の激しい変化に適応して繁栄し、地球上の光合成の20%を担うまでになった海洋性珪藻類。海洋性珪藻類が進化の過程で獲得した性質は、さまざまな分野へ応用できると期待されています。その1つは、有用なタンパク質を、珪藻の表面に発現させることです。

「たとえば、カドミウム※を吸収するようなタンパク質を珪藻の表面に発現させて固定化し汚染水をろ過すれば、カドミウムを除去するといった使い方ができるでしょう。また珪藻は、表面に目には見えない無数の穴があることで表面積が大きくなるため、二酸化炭素などの吸着にも応用することができると思います」

※カドミウムは原子番号48の金属元素。延性・展性に富み加工しやすく、耐食性にも優れている一方で、人体には有害。

もう1つは、珪藻の高効率な光合成のシステムをほかの生物に応用しようというものです。食卓でおなじみのわかめや昆布は珪藻の仲間ですが、珪藻ほど高機能なCO2濃縮機構は持っていません。そこで珪藻の光合成システムを応用して昆布やわかめの葉緑体を高機能化させられれば、いわゆるブルーカーボン(海洋生態系が取り込む炭素)を増やすことができると考えられます。さらに、遺伝子組み換えで陸上植物に緑藻の葉緑体の仕組みを取り入れようとしている研究者もいるのだそうです。

また、珪藻が光合成で生成する有機物は油脂として溜め込まれるため、バイオ燃料として実用化するプロジェクトも進められています。 「化石燃料のような低価格の燃料をつくることは現時点では難しいですが、珪藻の油脂には燃料成分だけでなく、医薬品や機能性食品の原料として使われるような高価な成分も含まれていると考えられます。それを分離して活用すれば、ある程度コストを回収できるでしょう。他にも油脂を抽出したあとの珪藻からプラスチックをつくる研究をしているグループもあるんですよ」

さまざまな条件のもとで珪藻を育てている松田先生の研究室

こうした応用研究にも携わる松田先生ですが、やはり本命は海洋性珪藻類の光合成メカニズムの解明。構造タンパク質Pyshellの発見で研究が一歩進んだとはいえ、新たな発見により謎が何倍にも増えたこともまた事実。

「今後も、Pyshellがある正常な珪藻とゲノム編集でPyshellを壊した珪藻を比較して、葉緑体の中で起こる現象がどのように変化しているのかを調べていきます。葉緑体に重炭酸イオンを運び入れる仕組みや、CO2を濃縮する仕組みにもまだまだわからないことが多いので、フロンティア精神で取り組んでいきたいですね」

取材対象:松田 祐介(関西学院大学生命環境学部生物科学科 教授)
ライター:岡田 千夏
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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