なぜ国連は経済制裁を行うのか? その誕生、そして現代の課題を読み解く

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なぜ国連は経済制裁を行うのか? その誕生、そして現代の課題を読み解く

時折ニュースなどで「国連による経済制裁」というフレーズを耳にします。国際連合(国連)のような国際的組織による制裁は、言葉として大きなインパクトがありますが、国連はどのような根拠によって経済制裁を発動するのでしょうか。国際的な経済制裁を研究する吉村祥子先生に、国連や各国が行う経済制裁について伺いました。

Profile

吉村 祥子(YOSHIMURA Sachiko)

関西学院大学国際学部 教授。国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。広島修道大学教授、オックスフォード大学研究員等を経て2010年より現職。2018年から2019年まで、ニューヨーク市立大学ラルフ・バンチ国際問題研究所客員研究員。専門領域は、国際法、国際機構論で、主に国際連合(国連)の経済制裁について研究を行う。著書、編著に『国連非軍事的制裁の法的問題』(国際書院、2003年)、『国連の金融制裁』(東信堂、2018年)、『国際機構論 活動編』(国際書院、2020年)、『United Nations Financial Sanctions』 (Routledge, 2020)など。

この記事の要約

  • 国際の平和と安全の維持を目的として集団安全保障に基づく経済制裁が誕生した。
  • 現在の経済制裁はスマート・サンクション(賢い制裁)が主流。
  • 国連による経済制裁のほか、国が単独で行う経済制裁もある。
  • 経済制裁には、アメリカの「二次制裁」など法的に問題があることも。

国際連盟の集団安全保障に基づいて始まった経済制裁

「経済制裁」と一口にいっても、国に対する経済関係の断絶や貿易の禁止のほか、個人を対象とした渡航禁止や資産の凍結など、その手法は多岐に及びます。吉村先生によると、このような経済制裁を国際社会が組織的に行うようになったのは、国連の前身である国際連盟からだと言います。

「国際連盟は、アメリカの大統領ウッドロウ・ウィルソンが主導し、第一次世界大戦後の1920年に設立されました。国際連盟規約では、第一次世界大戦のような戦争が起こらないよう、まず加盟国は、戦争という手段に訴えない義務を受諾するよう記されています。そして、国際連盟規約に反し戦争に訴えた国に対しては、加盟国すべてで制裁を加えることになっていました。このように、多数の国家が対立の有無にかかわらず、互いに武力行使をしないことを約束し、違反した国家に制裁を加える『集団安全保障』という理念は、この時代に生まれました」

では、国際連盟ではどのような制裁が考えられたのでしょうか。第一次世界大戦で多くの血が流れた反省から、武力による軍事的な制裁ではなく、経済活動の断絶など非軍事的な制裁によってダメージを与えることが決められたといいます。実は、経済制裁のような非軍事的な強制措置は、古代ギリシアなどで紀元前にも行われた記録があるのだそう。これは日本でも見られ、豊臣秀吉が得意とした兵糧攻めもその一つ。このように、個々の国などでは古くから武力に頼らない制裁がありましたが、国際社会において集団安全保障の考え方に基づく経済制裁をはじめて成立させたのは国際連盟だったのです。

国際社会で平和を達成するために経済制裁を用いることにした国際連盟ですが、「いろいろな意味で失敗しています」と吉村先生は指摘します。

「大きな失敗は第二次世界大戦を引き起こしてしまったこと。その原因は2つあり、1つは、国際連盟で禁止していた戦争の範囲が狭すぎたことにあります。というのも、国際連盟規約は、武力行使を全面的に禁止していたわけではなく、ごく狭い範囲に限って戦争をしてはならないと規定していました。2つ目は、制裁に参加する国の問題です。国際連盟が設立された当初は、すべての加盟国が制裁に参加することになっていましたが、設立後、『できる国がすればよい』へと変わったのです」

また、国際連盟の組織面にも問題があったといいます。国際連盟には、すべての加盟国からなる「総会」と、一部の加盟国による「理事会」がありました。しかし、この総会と理事会は、どちらも機能が同じうえに、全会一致でなければ決定はできませんでした。どの国も自国が制裁されそうになると反対にまわるため、全会一致にいたらず、なかなか決定できなかったといいます。そのため、国際連盟における集団安全保障に基づいた経済制裁はうまく機能しませんでした。加えてアメリカは当初から国際連盟に参加せず、さらに日本やドイツ、イタリアの脱退、ソ連(当時)の追放があり、結果、第二次世界大戦という新たな戦いが生まれてしまったのです。

国際連盟から国際連合へ。意思決定や制裁内容はどう変化したか

第二次世界大戦後、国際連盟の失敗をふまえて1945年10月に設立されたのが国際連合(国連)です。その目的の1つは「国際の平和及び安全を維持すること」(国連憲章第1条)。国連は、国際連盟と比べると、いくつかアップデートされていると吉村先生は話します。まず、武力による威嚇や武力の行使を禁止し、さらに、組織運営では総会と理事会の権限を明確にしました。

「国連には、すべての加盟国が参加する総会と、一部の加盟国のみで構成される理事会が3つあります。それらは安全保障理事会(安保理)、経済社会理事会、信託統治理事会ですが、国連憲章は、このうち安保理が国際の平和と安全の維持に関して、第一義的な責任を負うと規定しています。また、役割を切り分け、安保理で審議中の事項については、総会では審議できないとも規定しています。安保理は、特定の事態を平和に対する脅威、平和の破壊、侵略行為と認定し、平和を回復する方法を検討します。その手段の1つが集団安全保障に基づく経済制裁です。国連では、安保理による決定には法的拘束力があり、経済制裁で不十分であれば軍事制裁の決定も可能なのが特徴です」

とはいえ、特に冷戦中、国連憲章で規定された経済制裁はなかなか決定されなかったと吉村先生は言います。安保理の常任理事国は、決議を阻止できる拒否権を持っているためです。国連ができて間もない頃から、経済制裁を求める声は寄せられていました。しかし、安保理の常任理事国であるアメリカとソ連(当時)が対立し、それぞれの国益を優先した結果、拒否権が発動され、制裁も発動されない事態が続いたといいます。

そこで対策として、安保理が拒否権によって機能不全に陥っている場合、安保理に代わって総会が緊急に会合を開いて強制行動を決定できるという「平和のための結集決議」が1950年に採択されました。近年では、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐっても「平和のための結集決議」に基づく総会の緊急会合が開かれています。なお、安保理の決定と異なり、一般的に、国連総会は、法的拘束力のない勧告権限しかありません。ウクライナ侵攻に関する総会決議も勧告ではあるのですが、それでも国連で何らかの意思決定がなされることには意義があり、「緩やかにではあるものの、国際的に平和に向かっていければよいと、考えられているのだと思います」と吉村先生は語ります。

さらに、経済制裁の形態そのものが変化していることも着目すべき点です。安保理では、米ソの冷戦終結後の1990年代前半から拒否権の発動が減り、数多くの経済制裁が決定されるようになりました。たとえば、1990年にイラクがクウェートに武力侵攻した時には、すぐに安保理でイラクに対する全面的な経済制裁が決定されました。一方、経済制裁が多く発動されるようになったことで、全面的な経済制裁で一番の痛手を被るのは、お年寄りや子ども、女性といった社会的に立場の弱い人であるという点も、クローズアップされるようになりました。

「そこで、対イラク制裁の後に生まれたのが『スマート・サンクション』(賢い制裁)という考え方です。本来制裁を受けるべきは平和を壊すような行動をした政治家や軍人であり、一般市民に罪はありません。そのため、なるべく市民に悪影響が及ばないよう、制裁対象や内容を制限することになりました。現在、武器禁輸、資産凍結、渡航禁止がスマート・サンクションの代表的な措置になっています」

ただし、国連による制裁対象の指定について、問題がないわけではありません。当初は制裁対象にされた理由も公開されず、仮に身に覚えがないと感じた場合であっても、訴え出る仕組みもなかったといいます。たとえば、国連はアルカイダに経済制裁を行った際、アルカイダと「関係を有する」個人なども制裁の対象としました。これだと対象の幅が広く、どこまでを関係者とするのかが不明確でした。その後、国連は、制裁対象に指定時に理由を公表するようになり、仮に不当に指定された場合は、国連に訴え出る手続きもできているのだと、吉村先生は説明します。

国が単独で行う経済制裁には、法的に問題があることも

経済制裁には、国連だけでなく、各国が独自で行うものもあります。日本の場合、国連で決定された制裁や、アメリカやEUなどと協調して行う制裁に加え、日本独自に北朝鮮に対する経済制裁措置も講じています。

国が単独で発動する経済制裁は、自国の外交政策を推進するために実施され、「特にアメリカが発動する経済制裁の数が非常に多い」と吉村先生。なかには法的に見て問題だと思われるものもあると言います。

「たとえば、アメリカが単独で発動している経済制裁の中に、戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)の裁判官や検察官を対象に資産凍結を命じたものがあります。その理由は、イスラエルのネタニエフ首相らに逮捕状を出したから。アメリカの外交方針や国益に沿わない活動をしていると捉えられているためだと思います」

さらにアメリカによる「二次制裁」の問題を、吉村先生は指摘します。一般的に、アメリカの経済制裁と聞いてまず思い浮かべるのは、アメリカ人やアメリカ製品が関係するなど、アメリカの管轄権がおよぶ取引に対する「一次制裁」。一方、アメリカは、本来管轄権を及ぼすことができない非アメリカ人らと制裁対象者との取引を規制する「二次制裁」も発動しているのです。その結果、直接アメリカとの接点がない取引であっても、財務省外国資産管理室(OFAC)などアメリカの当局が制裁違反と認定すれば、取引を行った会社が罰金を科されるなどの不利益を被る可能性があるのです。

「このアメリカをはじめとする欧米の独自制裁に反発して、中国が反外国制裁法をつくりました。外国が中国の主権に踏み入るような経済制裁を発動した際、それに同調する個人や組織に対し、中国でのビジネスを禁止・制限するとしています。もちろん、日本企業にも影響があります。アメリカにあわせればよいのか? 中国にあわせればよいのか? 板挟みになっている状況は、“股裂き”や“踏み絵”と呼ばれています」

学生時代から国連や安全保障に関心があったという吉村先生。資産凍結や取引禁止といった経済規制が、人や社会に与える影響が大きいことから、経済制裁を研究テーマに取り上げ、その内容や適法性などに深く関心を寄せていると話します。

「国が単独で行う経済制裁に関して現在私が問題だと思っているのは、国連の経済制裁と同じように、制裁対象に指定された人が不当だと訴えられる場があるかどうか。アメリカの独自制裁の対象となったロシアの新興財閥であるオルガリヒが、アメリカの国内裁判所に訴えを起こした例などはありますが、根本的な解決の方法はまだ見いだせていません。また、国連による経済制裁では、国連の目的『国際の平和及び安全を維持すること』に立ち返ることが重要だと、私は考えています。目的を達成するための経済制裁はどうあるべきなのか。それを今後も追究していきたいです」

取材対象:吉村 祥子(関西学院大学国際学部 教授)
ライター:ほんま あき
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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