世界平和の実現を目指す、廃熱回生発電の研究|暮らしのムダをなくす #1

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世界平和の実現を目指す、廃熱回生発電の研究|暮らしのムダをなくす #1

私たちは、実は膨大なムダに囲まれて暮らしています。そんなムダの解消に取り組む研究シリーズ、第1回でご紹介するのは廃熱利用の研究者、田中裕久先生です。ほとんど知られていませんが、日本の年間廃熱量はとんでもないレベルに達しています。そもそも、資源に恵まれない日本で、それほどまでに膨大なロスを放置したままでよいのか。ロスを解消し再利用するにはどうすればよいのか。これらの課題解決に学生たちと一緒に取り組む田中先生に、その研究の先進性を語ってもらいました。

Profile

田中 裕久(TANAKA Hirohisa)

関西学院大学 工学部 物質工学課程 教授。1980年京都工芸繊維大学工芸学部卒業。メーカー勤務、世界放浪などを経て1989年よりダイハツ工業(株)で新触媒開発に携わる。1998年東京大学にて博士号取得(触媒化学)。2016年関西学院大学工学部に赴任。液体燃料を蓄電媒体とする燃料電池、自動車の排ガスをきれいにする触媒などの研究開発に取り組んでいる。

この記事の要約

  • 日本では毎年1兆kWhにものぼる廃熱エネルギーが使われずに捨てられている
  • ムダになっている廃熱を再利用し、発電する技術がすでに開発されている
  • 廃熱すら使わず、常温で発電できる技術が生まれるかもしれない

年間発電量に相当するエネルギーを捨てている日本

「日本全体の廃熱、つまり捨てられている熱エネルギーの総量が一体どれほどになるか、ご存知でしょうか」

田中先生は穏やかに質問し、続いてその答えが1年間に1兆kWhにもなると教えてくれました。この数字は日本の年間発電量に相当します。つまり日本では、コストをかけて石油や天然ガスを輸入し、それらを燃料として1年間に発電したのと同じだけのエネルギーを、廃熱として捨てているのです。膨大な廃熱の多くは、産業界で発生しています。たとえば電力会社のエネルギー効率でさえ、50%に達していないのです。

「だからといって電力会社が、非効率な発電を行っているわけでは決してありません。日本は省エネルギー先進国であり、発電所で発生する熱エネルギーは、それこそ乾いた雑巾を絞るぐらい徹底的に無駄なく活用されています。ただ残念ながら、発電に使えるのは200℃以上の熱に限られ、200℃未満の熱は廃熱になってしまうのです」

200℃未満の熱については今のところ、経済的に成り立つような活用技術が存在しません。ただし利用できないとはいえ200℃近くもある熱を、そのまま大気中に排出するわけにもいきません。その熱をどこに放出するかというと、海中です。火力発電所が海に面した立地となっている理由は、この熱放出のためです。

「このような200℃未満のいわば低品位の廃熱は、発電所に限らずパルプ産業などほかにもさまざまな産業で発生し、ムダに捨てられています。仮にこの熱を有効利用できれば、イノベーションを引き起こせるのではないでしょうか」

そう考えた田中研究室の院生と学生を含むチームは、廃熱を有効利用するプランをまとめました。このプランで2021年に大学発ベンチャーの創出を支援する国のプログラムに応募したところ見事に採択され、支援を受けて起業に向けての活動を始めました。採択された26テーマのうち、大学院修士課程の学生が代表者のテーマはたった一つだったので注目を集めています。

大学発ベンチャー起業に向けて研究を進める様子

廃熱は資源と考えれば、世界は変わる

「採択されたプラン名は『世界平和に向けた廃熱回生発電事業』といいます。このプラン名が示すように、学生たちの問題意識は、偏在するエネルギー資源の取り合いにより、争いが続発している世界の現状に向けられていました。日本に限らず、世界中で莫大な量に達している廃熱を有効活用できれば、資源を巡って無益な争いをする必要などなくなると考えたのです」

廃熱を資源と考え、その有効活用により世界平和をめざす。その実現に欠かせないのが、廃熱を電気エネルギーに変換する技術です。ただこの熱電変換と呼ばれる技術そのものは、電気と熱の相互作用を活用するエネルギー変換法として以前から知られていました。

「2種類の金属をつないで接点に温度差を生じさせると、これらの金属の間に電力が発生して、電流が流れます。これはゼーベック効果と呼ばれる熱電変換現象です。この現象を利用して廃熱を使って片方の金属だけを熱すれば、金属間に温度差が生じるので発電できます。ただ廃熱は捨てられる熱であり、わざわざその温度をコントロールしたりしないため、金属に加えられる熱の温度も安定したものとはなりません。廃熱の揺らぎにより温度が不安定になれば、2つの金属間の温度差も一定とはならないため、生じる電力も不安定になります。これでは実用的な発電とはなりません。『空間的な温度差』を使うのが難しいのなら、どうすればよいか。考えた結果出てきたアイデアが、『時間的な温度変化』の活用でした」

廃熱の温度が時間により変化するのなら、温度変化を利用する焦電効果と呼ばれる発電方法を活用できます。そのメカニズムは次のようになっています。

電気石と呼ばれる特殊な結晶構造をもつ物質(強誘電体)に熱を加えると、電気が流れます。これが焦電効果と呼ばれる現象です。たとえ廃熱に揺らぎがあったとしても、熱を加えさえすれば焦電効果を得られる上に、使う物質が1種類で済むので、より簡単にシステムを構成できます。さらに温度変化にタイミングを合わせて外部から電場をかければ、発電量の大幅アップを望めることも明らかになりました。

従来の2種類の物質の温度差を利用する発電技術ではなく、1種類の物質に対する温度変化を利用して発電する方法を開発した

「金属の温度変化を利用する発電法は、すでに1960年代の論文で発表されていました。しかしながら取り出せる電力は微々たるもので、仮に発電できたとしてもセンサーを作動させるぐらいの電力しか得られなかったのです。ただ以前から私は、軽自動車1台分の廃熱から焦電効果によって、まずは照明器具を光らせるぐらいの電力を取り出せないかと挑戦を続けていました。その研究で得られた知見を学生たちと活用するなかで、熱の揺らぎを活用した発電技術の実用化に向けた一歩を踏み出すことができました」。 廃熱を回収して利用するシステム自体はほかにも、発電時の熱を暖房やお湯として活用するコージェネレーションシステムなどで実用化されています。一方で廃熱を活用する発電、すなわち焦電効果で得られる発電量は、現状ではまだmW(ミリワット=1000分の1ワット)クラスに留まっています。「まずは物質の組成を改良してWクラスまで持っていきたい」と、田中先生は目下の目標を語ります。

産業界での廃熱利用、実用化に向けた取り組み

廃熱による発電の実用化をめざすプロジェクトチームは、パルプ産業をターゲットに活動を始めました。というのも、電力産業の次に多く廃熱を出しているのがパルプ産業で、製紙工場ではボイラーから発生する70℃~80℃の熱が大量に廃棄されているのです。この廃熱を使って発電できれば、電力コスト削減にもつながります。

「学生たちが製紙会社と交渉して、まず工場に出向いて温度差が発生しそうな場所をチェックしてきました。続いて見学時にあたりをつけた場所に熱センサーを設置させてもらい、1週間の熱変化をリサーチした結果、工場内では大きな温度変化ではなく、10℃未満の小刻みな変化が繰り返されている実態が明らかになりました。今後の研究により、このような小刻みな温度変化に対応して焦電効果を発揮する物質(電気石と呼ばれる強誘電体)を開発できれば、実用的な発電の可能性が視野に入ってきます」

製紙会社工場での調査の様子

ターゲットとする温度帯により、ふさわしい強誘電体素材は変わります。強誘電体としてよく使われるチタン酸バリウム系の素材の場合、50℃~100℃の温度帯では混ぜものにより性能が大きく変わります。また、最適な混ぜものを見つける課題に加えてもう一つ、今後の重要なテーマとして挙げられるのが、これらの混ぜものが性能変化を引き起こすメカニズムの理論的な解明です。理論として理解してこそ、よりよい方法が見つかると考えるからです。

「とはいえ、まずはとにかく発電量を増やさなければなりません。そのためには発電システムの改良や、発電に使う強誘電体を同じ厚みの中でどれだけ数多く積み重ねることができるかといった製造技術が重要です。こういったセラミックスの積層化・多層化技術は日本企業が得意とする分野なので、そういったエレクトロニクス企業との産学連携が必要と考えています。

“100年前は廃熱を捨てていたらしいよ”といってもらうために

「実は研究を進める中で、学生たちによってもう一つ革新的な技術が見つかりました。廃熱などによる温度変化さえ必要とせずに発電する『Isothermal(=等温)発電』技術です。特定の物質に電場をかけると、物質内の結晶構造が変わり、この変換に伴って電気を発するのです。この発電技術を活用する際には温度変化さえ必要ありません。この発明は、国内での基本特許をすでに2件出願済みで、海外特許も出願準備中です。これが完全に実証されれば、物理の教科書を書き換える必要があるくらい、とんでもないことが起こるかもしれません」

この室温でのIsothermal発電が実用化され、私たちの周りのいたるところで発電できるようになれば、まさに未来の世界が一変する可能性があります。化石燃料に頼らず発電できるようになると、地球を温暖化の危機から解放すると同時に、資源をめぐる無益な争いもなくなるでしょう。

「100年後の人たちに、昔は廃熱を捨てていたんだって。熱エネルギーをムダにして、石油ばっかり掘って使っていたらしいよ。変わった時代だね、ムダって宝ものなのに……、などといってもらえたら、どれほどうれしいでしょうか」

田中先生の研究室では「100年の計を立てる」をコンセプトに、100年後の社会を思い描き、そこから振り返って、今、成すべきことを考えていきます。100年後の争いのない未来に向けて、田中先生は熱き思いを持った研究室の学生たちと一緒に挑戦を続けていきます。

取材対象:田中 裕久(関西学院大学 工学部 物質工学課程 教授)
ライター:竹林 篤実
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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