ポストコロナ時代に強みを発揮する人と組織の処方箋。「セルフ・コンパッション」をひも解く

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ポストコロナ時代に強みを発揮する人と組織の処方箋。「セルフ・コンパッション」をひも解く

新型コロナウイルス感染症の流行は、私たちの働き方や生き方に大きな変化をもたらしました。自宅からリモートで仕事をすることが増え、職場でのコミュニケーションが希薄になったという声も聞かれます。そのような時代にあってレジリエンス(困難に直面する状況への適応力や回復力)にもつながるとして注目を集めているのが、「セルフ・コンパッション」という概念です。

今回は、セルフ・コンパッション研究の第一人者、有光興記先生に、セルフ・コンパッションとは何かから教えていただきました。セルフ・コンパッションを日々の仕事に取り入れるための考え方、さらに最近よく話題にのぼるようになった新しいリーダー像「コンパッショネイト・リーダー」についてもうかがいました。

Profile

有光 興記(ARIMITSU Kouki)

関西学院大学 文学部 総合心理科学科 教授。専門は臨床感情科学。関西学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程後期課程単位取得満期退学。博士(心理学)、公認心理師。2017年より現職。著書に『自己意識的感情の心理学』(共編著・北大路書房)、『モラルの心理学』(共編書・北大路書房)、『マインドフルネス:基礎と実践』(分担執筆・日本評論社)、『自分を思いやる練習 ストレスに強くなり、やさしさに包まれる習慣』(朝日新聞出版)などがある。

この記事の要約

  • セルフ・コンパッションとは、自分の感情に目を向け自分を慈しむこと。
  • 自分に優しい気持ちを向けられれば人にも優しくなれる。
  • 管理職になりたての時こそ自分の気持ちを知ることが大切。

困った人を助けたいという感情を自分に向ける。

セルフ・コンパッションの「コンパッション」とは、よく「思いやり」「慈しみ」などと訳されています。しかし、有光先生は「それよりも、もう少し深い意味がある」として、あえてそのまま使っています。

「『コンパッション』とは、困っている人を見たときに自然と助けたくなるような気持ちのことで、人が生まれながらに持っている感情です。母親が赤ちゃんを抱いて癒したいと思うような無条件の愛情まで含めるので、思いやりよりももう少し広義の概念。手助けをすることで自分も気持ちが良くなるようなポジティブな感情の一つで、なくてはならない大切なものです」

このような感情を自分に向けるのがセルフ・コンパッション。苦しみに直面した時に、自分で自分を思いやり、優しい気持ちを向けようとする態度や考え方のことを指します。「ただ、コンパッションはもともと他者への感情ですから、自分に向けるのはなかなか難しいんです」と有光先生は話します。

確かに、友だちや家族に悩みを相談されて言葉をかけたり励ましたりしたことはあっても、自分自身に対してそんなことをした経験がある人は少ないのではないでしょうか。困ったことが起きると「自分に能力がないからだ」などと自分を否定したり、解決できそうにないとわかると「問題など最初からなかった」と逃げたり、「なんで私にこんなことが降りかかるんだ」と怒ったり、むしろネガティブな方向にばかりに走りがちです。

有光先生は「それは、そんなふうに脳が勝手に考えるシステムになっているから。それをセルフ・コンパッションによって軌道修正することで、悩みや心の傷みを和らげることにつながります」と語ります。

では、セルフ・コンパッションとは、具体的にどのような態度や考え方のことなのでしょうか。提唱者の心理学者クリスティン・ネフ博士は、3つの観点を示しています。1つは「自分への優しさ」です。例えば失敗した時に、自分の良いところに目を向けて優しい言葉をかけられるかどうか。その対極にあるのが自分の欠点を不満に思う「自己批判」の態度です。

2つめは「マインドフルネス」で、例えば自分の感情を偏りなく広く受け入れ、バランスのとれた見方をすること。その対極は、感情に圧倒されて否定的な考えで頭がいっぱいになるような「過剰同一化」です。

そして3つめが「共通の人間性」。例えば何かで失敗したとしても、多くの人も同じように失敗することがあるし完璧でないことを思い出す、といったことです。対極は、自分だけが苦しんで他の人はそんな苦労はしていないと感じる「孤独感」です。

「中でも、マインドフルネスの一つでもある、自分が困っているとか傷ついているという感情に目を向け、気づくことができる態度は非常に大切です」と有光先生は話します。

「セルフ・コンパッション」の3つの観点

誰かの幸せを願って温かな言葉をかける。

セルフ・コンパッションを高めるには、「触れたくないところから始めるのではなく、少しずつ段階を踏んでいくことが大切」。自分の感情に気づくといっても、辛いことから逃げようとする本能にあらがうのは難しいことです。「だから、1週間を振り返って、ちょっとだけ困ったことを思い出すことから始めるんです」と有光先生は言います。それによって、ネガティブな感情に目を向けることに慣れて、気づいた感情に対して「やっと気づいてあげられたよ。大丈夫だよ」という優しい言葉をかけてみる。そうして心が温かくなる経験を積みあげていると、だんだんと自分の感情をそのまま受け入れやすくなるのだそうです。

また、最初は自分に優しい言葉をかけるのに抵抗を抱きやすいので、段階的なプロセスが重要です。「他者を目の前にした時をイメージすることから始めて、だんだん対象を自分に置き換えていきます」と有光先生は話します。

「最初は、感謝や尊敬を感じている恩人のような人をイメージし、その人の幸せを願ってどんな言葉をかけるだろうかを考え、浮かんできた言葉をフレーズにしてイメージ上の人物に繰り返しかけてあげます。恩人に対しては優しい自分、慈しみを持った自分が素直に出てきやすいからです。それができたら、次は親しい人や友人をイメージしながら繰り返し言葉をかけていく。そうして幸せを願うことを慣れてきたら,イメージ上の困っている自分に向けて言葉をかけていきます。

ただ、思い浮かべた優しいフレーズを機械的に言うのでは効果はありません。具体的な相手をイメージして言葉をかけ、『あなた(私)がこんなふうに幸せになってほしい』ということを実感しながら進めることが大事です」 仕事やプライベートで「しなければならないこと」が多いと、自分が何に困っているのか、どんな感情で苦しんでいるのかを気づくのは意外に難しいように思います。「こうあるべき」「こうしなければならない」とガチガチに固めてしまっている鎧を脱ぎ捨てて、自分のありのままの感情を見つめ、思いやりや優しさを届けてあげる大切さがわかってきました。

人生の満足感や主観的幸福感を高めることを実証。

セルフ・コンパッションの考え方は、2000年代前半にアメリカで生まれ、その後世界的に広まりました。その背景には、社会や人々の考え方の変化があると有光先生は言います。

「アメリカの競争社会では、人より優れていると実感することで高まることの多い自尊感情が尊ばれてきました。しかし社会では圧倒的多数の人が競争に負けるわけですし、勝ったとしてもずっと勝ち続けることはできません。人々は自尊感情の限界に気づき、ウェルビーイングにとって他に何が必要なのかを探り始めました。そうした中、セルフ・コンパッションが、ウェルビーイングの指標である人生の満足感や主観的幸福感を高めることが実証され、注目が集まったのです」

2013年にはセルフ・コンパッションを高める8週間のプログラムが開発され、世界中で活用されているといいます。

心理学分野で生まれたセルフ・コンパッションは、精神症状の治療に生かされています。不安や抑うつ,摂食障害、ギャンブル依存、アルコール依存、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの治療のほか、スポーツでけがをした人や日常的に死に遭遇する医療従事者の心のケアなどにも役立てられているそうです。

「セルフ・コンパッションは、病気の患者さんだけでなく、援助職などメンタルを十分にケアすべき人にも身につけてもらいたいスキルだと思います。また、教育現場にも必要ではないかと私は思います。学校はある意味、競争を強いているところがあります。競争が悪いとは思いませんが、競争をさせるなら負けた人の気持ちのケアが重要ではないでしょうか」

「自分に優しい気持ちを向けることができていれば、人にも優しくなれる」というセルフ・コンパッションの効用が、いじめ問題への良い影響につながると期待する有光先生。すでに依頼を受けて小学校や中学校に指導に出向いているそうで、今後こうした動きが広がることを期待していると言います。

コンパッションがモチベーションを高める。

医療・健康・教育だけでなく、組織で動くビジネスの世界にもコンパッション、手助けしてあげたくなる気持ちを重視する傾向にあると有光先生は話します。その一つが、「コンパッショネイト・リーダー」という今までとは違うスタイルのリーダーが増えてきたことだそうです。部下や同僚に対してコンパッションを持って向き合う、つまり気持ちを聞いて手助けをしてあげるような新しいリーダー像です。

「こうしたリーダーが増えてきたきっかけは、競争に勝ち抜いた一人の優れたリーダーが統率しても企業が長続きしないケースがアメリカで増えてきたことにあります。リーダーシップ論の中で、調和型で周囲の力を引き出すほうがいいのではないかという議論が起こり、コンパッショネイト・リーダーにスポットが当たったのです」 アメリカの競争社会の原理だと『負けたら終わり』で、何かのプロジェクトが失敗すると担当者は責任を追及され退職せざるを得ないような状況に追い込まれることもありました。それによって企業はスキルの蓄積を失い、事業継続に必要な力が削がれていたのです。これに対してコンパッショネイト・リーダーのもとだと担当者が追いつめられることはなく、次の一手につながるアイデアを出していけるところに注目が集まったのだといいます。

チームの力を引き出す調和型のリーダーが注目されている(イメージ)

有光先生は「社員個人として見れば、コンパッションが高いこと自体は、パフォーマンスとは直接関係ありません。コンパッションが高い調和的な人は、パフォーマンスの評価が低いことも多いんです。勝ってやろうという気持ちが少ないので、目立つことをしなかったりしますからね」と話します。

「しかし重要なのは、コンパッショネイト・リーダーによって、社員の仕事に対するモチベーションを高めることができるという点です。動機付けや目的意識が高められることによって、パフォーマンスが高められるんです。コンパッションは手助けがしたいという、人が生まれながらに持っている感情だとお話ししましたね。それが『何のために仕事をしているのか』というモチベーションと結びつくことが大事です。心理学の実験では、世界や人類のために働くと考えるのと、自分の能力向上やお金のために働くと考えるのとでは、前者の方がモチベーションを高めるという結果が出ています。困っている人を助けるために自分の仕事が役に立つという実感を持つと、やる気が持続するんです」

働き方の多様化が進むポストコロナ時代に、コンパッショネイト・リーダーはますます強みを発揮するだろうと有光先生は話します。

「コロナ禍のような危機の最中だけでなく、乗り越えた後にもいろいろな変革が訪れ不安定な時期が続くことになります。社員の気持ちを理解して、助けたり励ましたりすることでモチベーションを高めることができれば、変革に立ち向かうためのパフォーマンスを引き出すことにもつながるはずです」

他者にも自分にもコンパッショネイトであることが大切。

社員を手助けすることで、社員の持つ手助けをしたいという気持ちを高め、モチベーションをアップさせるのがコンパッショネイト・リーダーの本領ということができそうです。ただ、手助けが甘やかしになってしまうことはないのでしょうか。

「コンパッションは、何に悩んでいるのか、何がしたいのか相手の気持ちを聞いてあげることから始まります。明らかに心身が疲れているようなら『今は、休もう』と言ってあげることも必要ですし、臆しているだけなら励まして背中を押すことも大切でしょう。また、反発したり、さぼっているような部下もいるかもしれませんが、そこにどんな気持ちが隠れているのかを見ようとすることが大事です。やるべきことでないことは止めさせる必要もあるでしょうが、単に否定したり、放っておくということにならないように注意が必要です」

何が相手のためになるのかを考えれば、甘やかしになることはなさそうです。それよりもむしろ、批判的になりすぎていないかをチェックする必要があるのかもしれません。

一人ひとりと真摯に向き合うことが求められるコンパッショネイト・リーダーシップ。実践するには、リーダーへの負担が少なくありません。だからこそ、「リーダー自身がセルフ・コンパッションできることも大切」と、有光先生は言います。

「30代、40代には課長や部長などリーダーになる人も多いと思うのですが、自分の役割が変わるというのはそれだけで強いストレスを感じるできごとです。周囲の期待を感じて『完璧にやらなきゃいけない』『リーダーとはこうあるべきだ』などと考え、できていないところばかり探しがちです。でも実際は、リーダーになりたての時は、大抵の人がうまくいかずがっかりすることも多いです。与えられた役割を負担に感じたとしても、それは高すぎる理想があるせいで、実はやりたいことややるべきことが少しずつできているのかもしれない。セルフ・コンパッションによってありのままの自分を受け入れることで安心感が生まれ、挑戦しようという初心に立ち返ることができます。自分の気持ちに気づけたら、メンバーの気持ちにも気づき、その人たちのためにできることを探すことが大切です」

心の奥底にある気持ちや本当に自分のやりたいことには、なかなか気づくことができないものです。でもだからこそ、リーダーを任されるようになったときを好機としてとらえ、一度自分に目を向け、今までほったらかしにしてきた感情の棚卸しをしてみてもいいかもしれません。 人に優しく、自分に優しく。セルフ・コンパッションやコンパッショネイト・リーダーシップは、変化が激しく価値観の多様化が進む現代社会にとって今後ますます大切になっていく考え方といえそうです。

(ライター:南 ゆかり)