細胞の酸化ストレスの分子メカニズムから解き明かす、健康長寿社会への道|輝け超高齢化社会 ♯2

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細胞の酸化ストレスの分子メカニズムから解き明かす、健康長寿社会への道|輝け超高齢化社会 ♯2

ネガティブな方向に捉えられがちな「超高齢化社会」を、明るく、魅力的なものとする研究に焦点を当てるシリーズ。第2回で紹介するのは酸化ストレスを研究する今岡進先生です。体内で発生する酸化ストレスは、寿命にも関わるさまざまな問題を引き起こすと言われています。ではその理由や対策は、どこまで解明されているのでしょうか。そして一連の研究によって超高齢化社会はどのように変わっていくのか、気になる疑問の数々を、今岡先生にお聞きしました。

Profile

今岡 進(IMAOKA Susumu)

関西学院大学生命環境学部生命医科学科 教授。博士(理学・医学)。大阪大学理学部卒業後、大阪市立大学医学部(現・大阪公立大学)、大阪大学蛋白質研究所などで学位を取得。専門分野は蛋白質化学、生化学、環境生命化学、環境応答制御学。研究テーマは低酸素、外来環境刺激(低酸素や酸化ストレス)による幹細胞の作製、酸化ストレス、寿命延長など。酸化ストレスを抑制することで寿命が延びることを明らかにして、その分子メカニズムについて検討している。

この記事の要約

  • 酸化ストレスは細胞にダメージを与え、遺伝子を破壊するおそれもある。
  • 酸素の使用量の低い環境下では酸化ストレスは起こりにくくなり、寿命も延びると考えられる。
  • 摂取することで酸化ストレスを防ぐことにつながる因子が、食べものの中にもある。
  • 食べるものや生活スタイルなどに注意をすれば、酸化ストレスによる弊害は対策できる。

酸素の大量消費で活性酸素が過剰に産出され、酸化ストレスが起こる

酸化ストレスとは、体内で活性酸素が過剰に産み出されている状態のことです。活性酸素は増えすぎると細胞にダメージを与え、がんや心血管疾患、生活習慣病など、さまざまな疾患を引き起こす要因にもなり、細胞自体の機能も破壊してしまうのだと今岡先生は説明します。

「たとえば酸化ストレスによって血管の細胞膜が壊れれば出血しやすくなり、タンパク質が壊れればタンパク質が変性して機能不全になったり、アレルギーの原因になったりします。さらに長期的に見れば、遺伝子を変異させてしまうおそれもある。たばこを吸うと肺に活性酸素が増え、妊婦さんなら活性酸素による遺伝子の変異で機能障害をもった子どもが生まれることもあり、ほかの方でもたばこを吸い続けるとがんになるリスクが高まります」

ほ乳動物は酸素を利用して生命活動を維持しているため、「基本的に体の中は低酸素の状態になっている」と今岡先生。そこに何らかの刺激が加わったり、酸素を過剰に利用すると活性酸素が過剰に産出され、酸化ストレスが起こるのだそうです。

「酸化ストレスが起こるケースは二つあって、一つは酸素を大量に使う場合です。体内で酸素が最も使われるのは、細胞の中にあるミトコンドリアがATP(アデノシン三リン酸)をつくるとき。脳であれば考えたり、筋肉であれば運動したりする際に大量の酸素が消費され、活性酸素が発生します。もう一つは、病的に低酸素になった状態で治療を行う場合。たとえば心筋梗塞で血管が詰まって血流が止まると、酸素も供給されなくなり低酸素状態になりますが、治療をして酸素が供給され、酸素濃度が急激に上昇すると活性酸素が急激に増え、酸化ストレスが起こります」 酸化ストレスの存在が知られていなかった時代は、心筋梗塞の治療で亡くなる人も少なくなかったのだとか。しかし現在は、活性酸素が出ないよう点滴でコントロールすることで防げるようになったと言います。

酸化ストレスを緩和する遺伝子が破壊されると、寿命は短くなる

酸化ストレスは老化を促進させ、寿命にも関係してくるといわれています。今岡先生によれば、「体内で最も活性酸素を発生させるミトコンドリアの活動量と寿命は反比例する」と考えられるようです。

「ミトコンドリアの活動量が増えると、寿命は短くなる傾向が見られます。たとえば常に動き回っているハツカネズミの寿命が2年ぐらいなのに対し、ゾウやヒトのようにゆったり生活している動物であれば、80年から100年は生きられます。ところがネズミでも40年生きる種類もあります。ハダカデバネズミです。砂漠の穴の中、低酸素の状態であまり動き回らず暮らすので、長生きできるといわれています」

砂漠の穴で暮らし、40年近く生きるハダカデバネズミ(画像はWikipediaより)

活性酸素は大量に酸素を消費することで発生するため、そもそも消費できる酸素の少ない低酸素の環境下であれば生じにくくなります。今岡先生の研究室では、低酸素状態が寿命にどう影響を与えるのかについて、線虫(せんちゅう)を使って証明しました。

「ネズミで寿命の実験をすると2年ほどかかってしまいますが、線虫の寿命は25日から30日ですから、すぐに結果が得られます。低酸素で飼った場合、線虫の寿命は軒並み2割ぐらい延びることが明らかになりました。人間でいえば80歳の平均寿命が100歳になるようなものです」

さらに別の実験では、酸化ストレスの寿命への影響も証明したと言います。線虫がもつ、SKN-1という酸化ストレスを緩和する遺伝子を潰したところ、およそ2割も寿命が短くなったのです。 「この実験だけだと、遺伝子を潰したことで異常が起こっているのではないかとも捉えられます。そのためSKN-1遺伝子を入れ戻した際に、寿命が戻るかどうかの実験も行ったのですが、こちらは正常な状態と同じぐらい、生きられることがわかりました。さらにSKN-1遺伝子を活性化(過剰発現)すると寿命が延びることも証明しました」

「活性酸素を除去する遺伝子」が活性化するメカニズムを解明

酸化ストレスは、さまざまな病気の引き金となり、老化の要因ともなっています。日常生活でも簡単にできる対策があるなら、ぜひ実践したいところ。今岡先生は、酸化ストレスを抑制する食べものについても調査を進めています。

「たとえばフランス人は、ほかの欧米人と同じく肉をたくさん食べているのに、がんや動脈硬化が少ないんですよ。これはフレンチパラドックスとも呼ばれているのですが、彼らの多くが食事中に飲むワインが関係していると考えられています。ワインの中に含まれているレスベラトロールは、高い抗酸化作用をもつポリフェノールの一種です。実際、細胞にレスベラトロールを入れることで活性酸素が抑制されることは証明されていますが、寿命が延びるのかどうかはわかっていませんでした。それを先ほどと同じく線虫で実験したところ、やはり延びたのです」 また、コーヒーに含まれているポリフェノールの一種、クロロゲン酸も、がんの予防になり、寿命を延ばすという説があります。これに関しても同様に実験をしたところ、投与しない線虫に比べて長生きすることが明らかになりました。

クロロゲン酸、ネオクロロゲン酸は構造類似体でコーヒーに豊富に含まれるポリフェノール。クロロゲン酸を投与しない場合(青色のグラフ)の寿命は25日だが、投与によって(赤・黄色のグラフ)寿命は29日を越えている

「しかしクロロゲン酸の場合、活性酸素そのものを抑制するわけではありません。私たちの研究チームは、クロロゲン酸が先ほど述べたSKN-1、哺乳動物の場合はNrf2という、活性酸素を除去する遺伝子を活性化させていることを証明しました。これらレスベラトロールやクロロゲン酸に関する実験結果を博士課程の学生が論文にまとめ発表したところ、2022年に米国老化学会で優秀論文に選ばれました」

これまで「なんとなくいい」とされていた成分の働くメカニズムを解き明かしてきたことも、今岡研究室の大きな実績です。それらの論文は数多く引用され、新薬の開発研究などに役立てられています。

酸化ストレス対策が根づけば、明るい超高齢化社会に

摂ることで酸化ストレスを抑えられる食べものがあるだけでなく、それぞれ抑制の仕組みが異なるのも興味深いところです。今岡先生は、そのメカニズムについての研究を進め、酸化ストレスに由来するトラブルの予防策を模索しているのだと語ります。

「ブロッコリーは現在注目されている食品の一つです。以前はこの野菜はデトックス効果を促進させることで注目されてきました。ブロッコリーに多く含まれているスルフォラファンには、Nrf2を増やし活性酸素を減らす作用があるからだと考えられてきました。最近ではNrf2の増加が炎症を抑制することも明らかにされています。しかしなぜ炎症に効くのかは明らかになっていないので、学生たちと研究を進めているところです。解明できれば、より効果的な薬を開発することも可能ですし、ブロッコリーに限らず、日常的に食べると筋肉の炎症を起こさせないものも見つかるかもしれません。そのような意味では大量の酸素を使うスポーツ選手にとって、筋肉の炎症を抑えてくれると期待できるブロッコリーは最適の食品かもしれません」

激しい運動が活性酸素発生の原因になっていることからも、スポーツと酸化ストレスは切っても切り離せない問題です。

「若いうちは活性酸素を消去する機能が高いので、20代、30代は激しい運動をしても大丈夫です。ところが50代から60代になるとその機能が下がってくるので、適度な運動はいいのですが、プロのような激しい運動を続けると酸化ストレスが起こり、短命になる危険性があります。それを防ぐ“何か”を見つけることも課題です」

酸化ストレスについては、テレビなどでも数多く取り上げられていますが、誤った情報が流れることも少なくないと今岡先生。実際どういったものなのか、一人ひとりにきちんと知ってもらうことも、自分たち研究者の役目だと力説します。

「食べるものや生活スタイルなどに注意をすれば、酸化ストレスによる弊害を対策できることを、まずは学生にしっかりと理解してもらうこと。そして、社会に出た彼らがそれらを知識として使い、広げていくことが重要だと考えています。一般社会に基本的な知識や健康を維持する方法が根づき、皆さんが健康的に歳をとっていけば、超高齢化社会の未来も暗くはありません。根本から解決できたら医療費や介護の負担も減らせます。誰もが元気に長生きできる社会を実現することが私の一番の目標です」

超高齢化社会に向け、酸化ストレスを予防できる食べものや成分が詳しくわかり、摂ることを習慣化できれば、健康長寿も夢ではありません。そのためにもさらなる研究成果に期待するのはもちろん、私たち自身も根拠のない発信を鵜呑みにするのではなく、正しい情報を見極めていきたいところです。

取材対象:今岡 進(生命環境学部生命医科学科 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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