スクールソーシャルワークから、子どもたちを取り巻く社会課題を考える

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スクールソーシャルワークから、子どもたちを取り巻く社会課題を考える

いじめ、不登校、子どもの貧困、児童虐待といったさまざまな問題に対して、福祉の専門家として教育現場に携わる「スクールソーシャルワーカー」。言葉は聞いたことがあっても、実際にどんな仕事をしているのかよく知らない人が多いのではないでしょうか。実は文部科学省ではスクールソーシャルワーカーの取り組みを事業化し、全国で実施しています。今回は、日本だけでなくスクールソーシャルワークの先進国であるアメリカでも研究をしてきた馬場幸子先生に、その概念や社会課題についてお話を伺いました。

Profile

馬場 幸子(BAMBA Sachiko)

関西学院大学人間福祉学部社会福祉学科教授。博士(社会福祉学)。関西学院大学卒業後、関西学院大学、ケースウェスタンリザーブ大学の修士課程に進み、イリノイ大学アーバナシャンペイン校で学位を取得。東京学芸大学准教授を経て、2019年より関西学院大学准教授、2021年より現職。スクールソーシャルワーカーの活動の指針となる「スタンダード」の開発・運用の研究や、神戸市児童養護施設連盟の自立支援実務者会に参加し自立支援に関する研究を行っている。

この記事の要約

  • スクールソーシャルワーカーは、子どもの学習権を保障するための福祉の専門家。
  • 2008年に文部科学省がスクールソーシャルワーカー活用事業を始めたことで広がった。
  • スクールソーシャルワーカーの質を担保するための指針「スタンダード」が開発された。

福祉の専門家として子どもを支えるスクールソーシャルワーカー

「スクールソーシャルワーカーを一言で表すならば、子どもの学習権を保障するための福祉の仕事」と話す馬場先生。学校で子どもたちを支援する専門職といえば、スクールカウンセラーが思い浮かびますが、スクールソーシャルワーカーとはどのような違いがあるのでしょうか。

「カウンセラーは心理の専門家で、ソーシャルワーカーは福祉の専門家。心の悩みというよりも生活上の困ったことに対応するのがソーシャルワーカーです。スクールソーシャルワーカーは、子どもが何か困ったことに直面した時、その子の内面の問題として捉えるのではなく、その子を取り巻く社会環境との関係性がうまくいかないことによって問題が生じていると捉えて、その関係性を良くして問題を改善するお手伝いをする仕事なんです」

例えば不登校には、いじめなど学校で生じている問題のほかに、ネグレクトやヤングケアラーといった家庭内の問題など、さまざまな背景が存在すると馬場先生は説明します。

「ひとり親の家庭で親が深夜まで働いていて、朝から子どもを起こして学校に送り出すことができない。あるいは、精神疾患のある親を子どもがケアしている。そういった状況の場合、保護者の生活基盤が安定しないと子どもの生活も安定せず、結果、子どもが学校に通えなくなってしまうことがあります。つまり必要なのは、子どもの心の悩みを聞くことではなく、生活そのものを立て直すことなんです」

同じ不登校であっても、理由は人それぞれ。その理由によって、どんな人とどのような連携を取ったら良いのかを考え、学校内だけでなく教育委員会や行政などさまざまな人たちと協力しながらサポートをしていくのがスクールソーシャルワーカーの役割です。「不登校といっても十把一絡げ(じっぱひとからげ)にはできないんです」と馬場先生は語ります。

問題が複雑化・多様化する教育現場で、求められるソーシャルワーク

スクールソーシャルワーカーという言葉を耳にするようになったのは、ごく最近に思えますが、実は日本での始まりは1980年代の中頃。アメリカでスクールソーシャルワークを学んだ山下英三郎さんが、埼玉県所沢市でスクールソーシャルワーカーとして活動を始めたのが最初だと言われています。

その後、1990年代の終わり頃から、スクールソーシャルワークに関する学習会が関西でいくつか立ち上がっていきます。その学習会に関わっていた研究者たちが中心となって働きかけ、2005年には大阪府が全国の自治体として初めて、府下に7名のスクールソーシャルワーカーを採用。その3年後、2008年には文部科学省のスクールソーシャルワーカー活用事業が始まり、瞬く間にスクールソーシャルワーカーが全国に広がりました。

「文科省が活用事業に乗り出した背景には、子どもを取り巻く問題が複雑化・多様化し、学校の中だけでは解決が難しいという状況がありました。学校・家庭・地域をつないで、連携するシステムを作る存在が必要だということで、ソーシャルワーカーが導入されたんです」

一方、大学時代に山下先生を訪ね、スクールソーシャルワークに出会った馬場先生。2001年からアメリカに留学してスクールソーシャルワークを学び、2年間で約1000時間の実践的な訓練も受けてきました。2010年に帰国し、いくつかの自治体のスクールソーシャルワークにスーパーバイザーとして関わる中で、日本の現状に課題感を持ったと言います。

「当初のスクールソーシャルワーカーの要件は、『教育と福祉の両面に関して、専門的な知識・技術を有する者』とされているだけで、資格要件がなかったんです。だから、社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持っている人のほうが少なかった。それに、資格を持っていたとしても、スクールソーシャルワーカーとしての教育を受けたことがある人はほとんどいませんでした」

スクールソーシャルワーカーには、相手に寄り添いながら話を聞くコミュニケーションスキルはもちろん、社会資源(人や制度など)とつなぐ力や、必要に応じて社会資源を調整・構築する力、さらにはケース会議(※)を行う際のファシリテーション力や提案力など、総合的な力が求められます。

※児童生徒の支援に関わる人が集まり、今後の方針や方法、支援計画をつくるための会議

これらの力を養い、日本のスクールソーシャルワーカーの質を向上するためには、どうすれば良いのか。そう考えた馬場先生は、アメリカではスクールソーシャルワーカーのあり方を示した指針「スタンダード」が専門性を担保していることを知り、日本でも活用できないかを考えます。

質を担保するため、日本版スタンダードを開発

馬場先生は2013年から、「日本版スクールソーシャルワーク実践スタンダード」の開発、活用とその効果評価に関する研究を続けています。

まず馬場先生は、日本の数名のスクールソーシャルワーカーに、アメリカ版のスタンダードを紹介。「スタンダードが実際にどのように使われているのか、もっと詳しく知りたい」という声が多かったことを受け、2014年にアメリカの学会でアンケートとグループインタビューによる調査を実施しました。その結果、アメリカのスタンダードは仕事の道筋を示し、自らの仕事を正当化する行動指針であり、スクールソーシャルワーカーのプロフェッショナリズムを支える存在であることがわかったと言います。

そこで、「もっと多くのスクールソーシャルワーカーに、指針となるスタンダードを知ってほしい」と考えた馬場先生は、20人ほどのスクールソーシャルワーカーやスクールソーシャルワークを研究している人と協力し、アメリカ版のスタンダードを日本語に翻訳。その翻訳版を使って、2015年から約1年半にわたって学習会を実施し、スクールソーシャルワーカーたちの意見を聴取、反映して、2017年に「日本版スクールソーシャルワーク実践スタンダード」(試用版)を完成させました。

馬場先生が東京学芸大学在籍時に発行した学習会の報告書(左)と「日本版スクールソーシャルワーク実践スタンダード」(試用版)

「日本版を作るうえで特に重視したのは、現場の人たちの声を反映することです。その結果、翻訳版から変更した点はたくさんあります。一番顕著だったのは、アメリカ版にある『学際的リーダーシップ』の項目でした。元の英文では『ソーシャルワーカーとして学校の中でリーダーシップを発揮していくことが重要な責務だ』と書かれているのですが、日本では『ソーシャルワーカーは黒子であって、前に出るべきではない』など、リーダーシップという言葉に対して違和感を覚える現場の声もあったため、表現を変更しました」

日本版では「専門性の発揮」という項目の中で、「目標達成のために自らが行うべきことを省察し、周囲の人々に働きかけつつ、自ら率先して動きます」と書かれています。リーダーシップという言葉が「周囲の人々に働きかける」「自ら率先して動く」といった表現に置き換えられていることがわかります。

こうして現場の人たちの声を反映して作られた日本版スタンダードは、どのように活用されているのでしょうか。

「2018年からは、スタンダードを活用してスクールソーシャルワーカーの人たちが自らの実践を省察し、自己研鑽や自治体での体制整備に取り組んでいくことをサポートするための学習会を実施しました。学習会後のアンケートでは、参加した全員が『スタンダードの内容が気づきを得るのに役立った』と回答し、大多数の人たちから『課題意識を高めて、実践目標を立てることができた』という声がありました」

このことから馬場先生は、スタンダードの活用によって「効果的に仕事をするために必要な価値・知識・技術・感受性に関する意識を高める」というスタンダード本来の目的が達成することを示せたと語ります。

さらに、「スタンダードを継続的に活用するとどのような効果があるのか」という次の段階の研究では、「スタンダードが実践上の指針や軸になる」「迷いや葛藤が生じた時に立ち戻るべき拠りどころになる」「スクールソーシャルワークについて語るうえでの共通言語になる」といった効果が見られたそうです。

2019年度以降、馬場先生はスタンダードの普及も行い、現在は静岡県富士市や千葉県柏市、兵庫県など各自治体で活用されています。また、法改正など社会情勢の変化も踏まえて、馬場先生は今年度中にスタンダードの改訂を予定しているとのことです。

スクールソーシャルワーカーに対する、社会の認知や理解が大切

文部科学省の活用事業が始まって15年、馬場先生が日本版スタンダードの開発・研究を始めてから10年。スクールソーシャルワーカーを取り巻く環境はどのように変わってきているのでしょうか。

「スクールソーシャルワーカーを養成する大学が増え、現在では全国で60以上の大学が認定課程を設置しています。そのため、基礎知識を持ってスクールソーシャルワーカーになる人たちが増えてきました。また、スクールソーシャルワーカーの人たちがスーパーバイザーから支援を受けられる体制を整えている自治体も増えています」

一方で、まだまだ課題も多いと馬場先生は指摘します。

「スクールソーシャルワーカーとして働く人は増えていますが、今も圧倒的に人数が足りていない状況です。また、雇用も非常勤で不安定、自治体によっては薄給であることも多く、いわゆる『やりがい搾取』の問題があります」

スクールソーシャルワーカーの仕事が正当に評価され、待遇が改善されていくためには、社会における認知や理解がもっと進んでいくことも必要なのかもしれません。また、問題を抱える子どもたちを取り巻く環境への働きかけには、保護者や教育機関をはじめとする行政だけでなく、地域との連携も大切になってくるでしょう。私たちは地域の一員として、どのようなことを知り、考える必要があるのでしょうか。

「まずは、各自治体にスクールソーシャルワーカーという人たちがいることを、多くの人に知っていただくことが重要だと思います。もし身近に、『困っているんじゃないかな』という子どもさんや家族の方がいらっしゃったら、スクールソーシャルワーカーに相談してみるのも一つの手段だと、知っていただきたいですね。そして、身近な人に対する優しいまなざしを持って、少しでも気にかけてもらえたらと思います。今は自己責任という言葉もよく言われますが、やっぱりお互いさまの精神が大切。頼ったり頼られたりして生活は成り立つものですから。違いを認め合う、理解し合うといった優しい心持ちが社会にあるといいなと思います」

取材対象:馬場 幸子(関西学院大学人間福祉学部 社会福祉学科 教授)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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