シニア世代の健康寿命を延ばすために、働き世代が知っておきたいこと|輝け超高齢化社会 ♯3

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シニア世代の健康寿命を延ばすために、働き世代が知っておきたいこと|輝け超高齢化社会 ♯3

人生100年時代と言われる昨今。いわゆる健康寿命を延ばし、平均寿命と健康寿命の差を縮めて、できるだけ長く健やかな生活を送れるようにすることが重要視されています。そのために、シニア世代を親に持つ働き世代は、どのようなことを意識して親や地域に関わっていく必要があるのでしょうか。ネガティブな方向に捉えられがちな「超高齢化社会」を、明るく、魅力的なものとする研究に焦点を当てるシリーズ第3弾では、高齢者福祉が専門の大和三重先生にお話を伺います。 

Profile

大和 三重(OHWA Mie)

関西学院大学人間福祉学部社会福祉学科教授。神戸女学院大学を卒業後、ノースカロライナ大学大学院の修士課程修了、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了、博士(国際公共政策)。東京都老人総合研究所助手、神戸女子大学文学部専任講師、関西学院大学社会学部助教授を経て、2010年より関西学院大学人間福祉学部教授。社会福祉士。

この記事の要約

  • 高齢者の8割以上は介護保険サービスを利用しておらず、社会参加に対して意欲的。
  • 高齢者の社会参加は要介護リスクの抑制につながる。
  • 高齢者の社会参加を促すために、高齢者の居場所づくりが進んでいる。
  • 働き世代も地域との関わりを持っておくことが大切。

シニア世代の多くは健康で、社会参加に意欲的

「高齢者福祉」という言葉を聞いて、どんなことをイメージするでしょうか。まず「介護」を思い浮かべる人が少なくないかもしれません。しかし実際は、多くの人たちが持つ高齢者に対するイメージとその実態にはギャップがあると、大和先生は語ります。

「高齢になると誰もが介護が必要になるというイメージは、必ずしも正しいとは言えません。実際に介護保険サービスを利用している高齢者は2割未満。残る8割以上は健康で、就労やボランティア、学習、地域活動などへの意欲や熱意を持っている人も多くいらっしゃいます。65歳を超えたからといって、自分を高齢者だと思っている人はほぼいないくらい、心身ともにとてもお元気なんです」

60歳以上で働いている人の4割近くが、「何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか」という質問に対して、約4割が「働けるうちはいつまでも」と回答しているという内閣府の調査結果(令和2年版高齢社会白書)からも、シニア世代の高い意欲が伺えます。

また、働きたい理由としては経済的な面も大きいものの、「仕事そのものがおもしろいから」「仕事を通じて友人や仲間を得ることができるから」「働くのは体にいいから、老化を防ぐから」など、働きがいや生きがいを求める声も多く見られます。

しかし日本では、ほとんどの企業に定年退職制度があり、雇用延長などもあるとはいえ、多くの人たちが年齢を理由に退職せざるを得ない状況です。「定年退職制度は、明らかなエイジズム、つまり年齢による差別を内包しています。その人の能力や意欲を見ようとせず、生年月日のみで判断しているわけですから。アメリカやヨーロッパの多くの国では、パイロットなど一部の職種を除いて、定年制は差別だとして禁止されています」

さらに、高齢者ほど個体差が大きく、多様性に富んだ人たちはいないと、大和先生は指摘します。「60代で体が弱っている人もいれば、80代90代で元気に働いている人もいます。高齢になるほど個体差も大きいため、65歳以上の人たちを『高齢者』という同一の集団として捉えることはできません。年齢で判断するのではなく、もっと個人個人を見るようにしなくてはいけないんです」

高齢者の社会参加が介護予防につながる

現在、日本では100歳以上の人口が9万人を超えており、2050年頃には50万人に達するとも言われています。平均寿命が年々延びていく中、重要なのは健康寿命を延ばすことだと大和先生は語ります。

「日本の平均寿命は、2022年の時点で女性が87.57歳、男性が81.47歳。世界でもトップクラスです。しかし残念ながら、元気で介護などが必要ない期間、いわゆる健康寿命との差を厚生労働省の資料で見ると、女性で12年、男性で9年近くもあります。つまり、健康寿命を延ばして平均寿命との差を縮めることが大切なんです」

厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト内「平均寿命と健康寿命」をもとに作成

健康寿命には、食事や運動といった生活習慣だけでなく、社会参加が大きく関連しています。就労やボランティア、地域活動といった社会参加により、要介護リスクを抑制することが、JAGES(日本老年学的評価研究)などの研究により明らかになっているのです。高齢者の社会参加によって介護予防ができれば、公的介護保険が抱える問題の解決にもつながります。

「厚生労働省が発表した2022年度予算案によると、社会保障給付費のうち介護に要する費用は13兆円を超えています。介護保険が創設された2000年には3兆円程度でしたから、この20数年でみるみる膨らんでいるわけです。介護予防ができれば、介護保険サービスを使わなくてもよくなり、介護保険料が抑制される。こういったシナリオのもと、全国の自治体が健康寿命の延伸のための取り組みを進めているのです」

さらに、高齢者が就労することで、高齢者が社会保険の「もらい手」ではなく「担い手」になることができる。そうすれば、社会保障のパイも増える。このように大和先生は説明します。「もちろん無理に就労させようというわけではありません。就労でなくても、ボランティアや地域活動でもよいので、社会参加をすることは介護予防につながりますし、気持ちも生き生きとしてきます。さまざまな形で社会と関わり続けることが理想的な老い方ではないかと思いますね」

福祉NPOによる「高齢者の居場所づくり」が盛ん

高齢者の社会参加のために必要なものの一つとして、大和先生は「居場所づくり」を挙げます。

「高齢になり、仕事や子育てから卒業すると、社会とのつながりが薄くなり、ネットワークが縮小してしまう傾向があります。高齢者の孤立を避け、社会参加を促すための対策の一つが、居場所づくりだと考えています。人とのつながりをつくり出すためには、そこへ行けば知り合いがいて、誰かと触れ合うことができるような、身近な地域の居場所が必要です」

このような居場所を、厚生労働省は「通いの場」と名付けているそうです。「通いの場」を地域につくり出す取り組みには、自治体はもちろん、多くのNPOも関わっています。

「NPOには20の事業領域があり、保健・医療・福祉に関わるものが最も多いのですが、その中でも福祉課題に関わることをミッションに掲げているNPOを福祉NPOと呼んでいます。児童福祉や障害者福祉に関わるものなど、さまざまな福祉NPOがありますが、特に介護保険の導入以降は高齢者に関わる福祉NPOの活動がさかんになっています」

福祉NPOを研究テーマの一つとしている大和先生は、福祉NPOによる高齢者の居場所づくりの活動例を次のように紹介します。

「たとえば、神戸市東灘区の『特定非営利活動法人きょうどうのわ』は、音楽サロンなどのイベントを定期的に開催するほか、区内の居場所マップを作成して周知・啓発活動に取り組んでいます。同じく神戸市東灘区の『認定NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸(CS神戸)』は、生きがい活動ステーションなどの場を運営するほか、『居場所サミットin神戸』を開催し、居場所づくりに携わる人たちの意見交換や交流の場も手がけています」

ただ、居場所があるからといって、高齢者のつながり問題が解決するわけではありません。「多くの人は、現役世代で働いている頃は、住居と職場が離れていますよね。そうなると、住んでいる地域との接点がほとんどないんです。特に男性に顕著なのですが、女性もフルタイムで働いていたり、子育てがひと段落したりすると、地域とのつながりが少なくなる場合があるかと思います。だから、シニア世代になっていざ『地域デビュー』をしようとしてもなかなか難しい。特に男性は、何でもない世間話をするのが苦手な人が多いんです」

高齢者の居場所づくりをしても、女性は集まっても男性はあまり集まらない。そんな課題に対して、それぞれの興味に合うようなオーダーメイドの場づくりが成功している事例もあると大和先生は話します。

「居場所での活動は、お茶や食事、体操、スポーツ、音楽など多種多様です。たとえば囲碁や将棋、麻雀などを場に取り入れることで、男性が参加するようになったという事例もあります。現代の高齢者のみなさんは、知的好奇心が旺盛な方が多いので、学ぶ意欲を刺激されるような場が必要になっていると思います」

オーダーメイドの場づくりのほかに、多世代が交流できる場をつくるというアプローチもあると、大和先生は続けます。

「高齢者だけで集まっても楽しいかもしれないけれど、自分がいつもそこに行きたいとは思わない人もいます。そういう方には、多世代交流拠点が『通いの場』として向いているかもしれません。高齢者だけでなく子育て世代なども対象に、地域の拠点としてさまざまな人たちがつながる場づくりをしている福祉NPOも増えています」 たとえば、CS神戸が手がける「地域共生拠点・あすパーク」は、地域住民やNPO、企業などが集い交流する場所として、「誰もが居場所と出番がある社会」をめざして運営されています。西宮市の「NPO法人なごみ」が運営する「まちcafeなごみ」は、市の介護保険事業のモデルとして誕生し、現在は共生型地域交流拠点としてさまざまな世代が交流する場になっています。

西宮市の共生型地域交流拠点「まちcafeなごみ」の様子

こうした多世代交流拠点は、子どもたちの放課後の居場所として、地域の人たちが見守る場になったり、高齢者が若い世代からスマートフォンの操作などITを学ぶ場になったりと、さまざまな世代が役割を担いながら交流できる場所になっているそうです。

働き世代が地域と関わることが、親や自身の老後の支えに

多世代交流拠点も増えている中、高齢者の居場所づくりや社会参加に、働き世代はどんなふうに関わることができるのでしょうか。

「最近は、自分の専門スキルを生かしたボランティア活動も広がっています。まずはそういった形で福祉NPOに関わってみるのもいいかもしれません。たとえばデザインのスキルがある人なら、NPOのパンフレットやWebサイトを制作するなど、自分のスキルや経験を生かして関わりをつくる人も増えているようです」

多世代交流拠点に足を運んで、たとえば子育て中の人ならママ友・パパ友といった横のつながりでも、職場のような上下関係でもない、「斜めの関係」を地域で築いていくことも一つの方法だと、大和先生は語ります。「いろいろな世代の人たちと関わって斜めの関係をつくっておくと、自分が高齢になったとき、あるいは親が高齢になって介護が必要になったときも、支えになるネットワークがまったく違ってくると思いますよ」

大和先生は、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)と呼ばれる、人のつながりや信頼関係の重要性について次のように説明します。「自治会や町内会、消防団や青年団、PTAなど、さまざまなものがソーシャル・キャピタルにあたります。福祉NPOもその一つですね。ソーシャル・キャピタルが豊かな地域は孤立死が少ないという研究結果もあり、福祉の分野で重要な変数として注目されています」。都市部では、自治体や町内会といった昔ながらの地域コミュニティが希薄になっているところが多いのが現状ですが、小学校区を単位とした地域コミュニティの結成など、新たなソーシャル・キャピタルの構築も進んでいるそうです。

超高齢化社会を明るくポジティブなものにするために、そして今は仕事や子育てに追われている働き世代も、いずれはやってくる親の老後や自分自身の老後を見据えて、今から地域に関われる部分を見つけ、ソーシャル・キャピタルを築いていくことが肝要なのかもしれません。

取材対象:大和 三重(関西学院大学人間福祉学部 社会福祉学科 教授)
ライター:藤原 朋
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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