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武道で学んだ「ニュートラルポイント」の重要性 |人生を豊かにした出会い #14

工藤 卓工学部 知能・機械工学課程 教授

私たちの人生は出会いにあふれています。みなさんは、どんな出会いが記憶に残っていますか? ここでは「人生を豊かにした出会い」をテーマに、関西学院の研究者のエピソードを紹介します。彼らの出会いや体験から“豊かさ”について考えてみませんか?

私にとって「人生を豊かにした出会い」といえば、何よりも「武道」が挙げられるだろう。最初に武道に関心を抱いたのは、高校時代のことである。その頃、私は禅に興味を持っており、我流で座禅を組んだりしていた。しかしいくら座禅を組んでも雑念が消えず、ピンとこない。そんなとき、たまたま高校の学園祭の古本市で、段ボール箱の中に見つけたのが、少林寺拳法の教本だった。

手にとって読んでみると、少林寺拳法は1947年に宗道臣(そう どうしん)という人物が始めた中国拳法を源流とした日本発の武道であり、その精神は「拳禅一如(けんぜんいちにょ)」、すなわち「肉体を鍛えることで心を養う」とあった。それを見て禅と通じるものを感じた私は、それからしばらく教本を片手に家の裏山で突き蹴りのまね事などを何日も我流で試してみたりした。だが、写真と文章では拳法も禅の教えもどうもよくわからない。家の近くに道院(少林寺拳法における道場)もなく、そのまま大学、大学院へと進学し、研究者への道を歩んでいった。

転機が訪れたのは、職場で健康診断を受けて、医者から「運動しなさい」と言われたときのことだった。「運動ならば少林寺拳法をやってみよう」と思い立ったのだ。入門してからわかったのだが、少林寺拳法というのは極めて実践的な武道である。突き蹴りはもちろん、有効な投げ技や関節技も数百のパターンがあり、武道体系は今でいう「総合格闘技」に近い。稽古では防具をつけて突きや蹴りをバチバチ当て合う。

武道のさらなる探求のために9年前から始めたのが、真剣の日本刀を用いて稽古を行う「居合道」だ。日本刀は人を殺傷するために作られた道具であるが、居合はその剣の修業を通じて、人としてのあるべき姿を探求する。居合の精神は神道系だが、禅の思想も居合道に深く影響を与えている。居合の修行をすることは、精神を修することでもある。

ニューロロボットという最先端の工学を研究する私が、なぜそこまで武道にのめりこむことになったのか。自分の心の奥をのぞくと、そこには「ニュートラルポイントを常に持っておきたい」という意思があったことに気づく。ニュートラルポイントとは文字通り「中立の場所」を意味し、武道でいえば「軸が定まった状態」のことを言う。相手の攻撃を防御する・受け流す、そして相手に技を返す、そのときに何より大切なのは、自分の軸をブレさせないことである。高速で回っているコマがブレないように、軸が定まっていれば、相手のいかなる攻撃にも動揺することなく、自然に対処することができる。

これは実は、研究でも同じことが言える。研究の軸、すなわちニュートラルポイントが定まっていれば、想定外の実験結果が出たときも、すぐに研究の立脚点に戻って正しい方向で考え直すことができる。武道では「相手の動き」によって自分の対応を瞬時に変える必要があるが、研究においても環境の変化や新しい発見に応じて、柔軟に自分の取り組みを変える必要がある。そのときに重要なのが、「自分のニュートラルポイント」なのである。人生とは出会いの連続の結果といえるが、私にとっては、武道と研究、その二つと出会ったことが、今の自分を形づくったといって間違いない。

Profile

工藤 卓(KUDOH Suguru)

関西学院大学工学部 知能・機械工学課程教授。日本学術振興会特別研究員、通商産業省工業技術院大阪工業技術研究所(現・独立行政法人産業技術総合研究所)研究員、独立行政法人科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)、大阪大学基礎工学部客員准教授(兼任)などを経て、2009年に関西学院大学理工学部人間システム工学科准教授に就任。2014年より現職。ライフワークは少林寺拳法と居合道。

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