WELL-BEING

伝えることの難しさを教えてくれた言葉|研究者たちの人生訓 #1

星山 健文学部 文学言語学科 教授

私たちの視野を広げ、知識を深め、世界の捉え方を変えてくれる「言葉」。第一線で活躍する研究者に影響を与えたのは、どんな言葉だったのでしょうか。専門分野の偉人や研究者とのエピソードを聞きました。研究者の人生訓は、私たちにとっても真に豊かな人生を築くためのヒントになるかもしれません。

学生の頃に読んだ国文学者のエッセイだったと思うのですが、そこに記されていた東京大学の教授の言葉が、今も印象に残っています。その先生は、発表を控えたゼミ生にアドバイスをしました。「おばあちゃんに語るように、みんなに説明しなさい」と。

実はその「おばあちゃん」が高名な国文学者だった、などというオチはありません(笑)。エッセイは40年以上前に書かれたもので、そのときに18歳を超える孫がいる女性を想定していますから、学ぶことも教養に触れる機会も多くない時代の話。その教授は東京大学の学生たちに、そのような方々にも話の骨子を理解してもらえるように、言葉を選び、話す順序を工夫しながら発表しなさいと諭していたのです。

人は身構えたときほど難しい言葉を使ったり、熱中するあまり自分にしかわからない論理になったり、あまり自信のない部分は早口になったりします。要は、かみくだいて話せなくなってくるんですね。それを諫めたのが先ほどの言葉なのだろうと思います。このエピソードを踏まえて、私は「自分の思いは他者に伝わらないことを前提として発表しなさい」と学生に指導しています。

自分の思いの100%を他者に正しく理解してもらうことなどできません。ですが、だからこそ少しでもそのパーセンテージを上げて相手に届けられるよう、言葉を選び、話の順序を考えることが必要なのではないでしょうか。

ネットでも構わないので辞書を使って言葉や言い回しを確認したり、書いた文章をしばらく寝かせて読み返してみたりして、伝わるパーセンテージが高くなる努力をすること。そしてそれらの工夫だけでなく、自分の思いや考えを他者にわかってほしい、伝えたいと思う気持ちが、一番大切ではないかと思います。

Profile

星山 健(HOSHIYAMA Ken)

関西学院大学文学部文学言語学科教授。博士(文学)。東北大学大学院文学研究科修了。宮城学院女子大学などを経て、2014年4月から関西学院大学へ。『源氏物語』を中心とする王朝物語の研究を行っている。著書に『王朝物語の表現機構 解釈の自動化への抵抗』(文学通信)、『王朝物語史論 引用の『源氏物語』』(笠間書院)など。2010年に第五回全国大学国語国文学会賞を受賞。

運営元:関西学院 広報部

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