WELL-BEING

I Have a Dream ― 違和感から始まるもの |聖書に聞く #23

打樋 啓史関西学院宗教総主事、社会学部教授・宗教主事

関西学院のキリスト教関係教員が、聖書の一節を取り上げ、「真に豊かな人生」を生きるヒントをお届けします。

主は私に答えられた。「この幻を書き記せ。一目で分かるように板の上にはっきりと記せ。」

ハバクク書 2章2節

子どもの頃、「将来の夢」を書くのが苦手でした。毎日楽しく過ごしていましたが、将来の目標や就きたい職業は特になく、苦し紛れに適当なことを書いていました。牧師になり、大学で教えるようになったのも、目標に向かって進んできた結果というより、いろんな出会いの中で道を選択して、気づけばこうなっていた、というところです。そのように私は明確な夢や目標をもって努力するタイプではないのですが、これまで生きてきて、その都度自分に道を示し、前進する力を与えてくれたもの、それは「違和感」だったと思います。世の中の大きな動きに、「何か違う。しっくりこない」と反応する違和感。制御できないほどそれが大きくなったとき、「こうしたい」「こうなったらいいのに」という思いが育ち、そちらに進んできた。その結果、今の自分があると感じます。

冒頭の旧約聖書の言葉は、紀元前7世紀頃にハバククという預言者が記したものです。世に悪と不正がはびこり、弱い立場の人々が虐げられる中で、ハバククは強い違和感を抱いて神に問いました。「あなたが善と正義の神であるなら、なぜ悪がまかり通り、誠実な人々が苦しむのですか!」それに対する神の答えが引用の言葉です。「幻を書き記せ。一目で分かるように板の上にはっきりと記せ。」

この「幻」は英語の聖書では “vision” で、「夢」と言ってもいいでしょう。不思議な答えです。違和感を抱いて「なぜですか?」と嘆くハバククの問いに、神は真っすぐに答えず、「ビジョンを、夢をはっきりと書き記せ」と返すのです。

これは、「あなたが抱く違和感、嘆きや訴え、それは幻・夢の裏返しなのだ」ということでしょう。悪がまかり通る世の中への違和感の裏側に、自分が何を求め、どう生きたいのかが見えてくる。そこから、「痛みに満ちた世界を少しでも癒すために、自分に何ができるのか」という新たな問いが生まれ、進むべき一歩が示されるということです。神は預言者に、「『なぜ?』と嘆くよりも、その道を確かめて、歩み出しなさい」と招くのです。

タイトルの “I Have a Dream” はキング牧師の有名な演説の言葉です。彼が率いた公民権運動も、黒人差別という不正と暴力への違和感―そのレベルではすまない、より深刻なものでしたが―から始まったのでした。そこから「これを何とかしなければ」という熱意が生まれ、同じ夢をもつ人々の連帯と行動が実現していったのです。自由と平等を求めて。違いをもつ人々が平和に生きる世界を求めて。この “Dream” は、個人の利己的な夢・目標ではなく、普遍的なものです。だからこそ、今も多くの人の心を動かすのでしょう。

私は自分の、そして人それぞれの「違和感」を大切にしたいと思います。違和感は夢とビジョンの裏返しです。違和感こそ、私たちをより真実な生き方へと前進させてくれる力であり、私たちの中に純粋な夢と憧れを映し出してくれる鏡なのです。

Profile

打樋 啓史(UTEBI Keiji)

関西学院大学商学部、神学部卒業。同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。同後期課程単位取得満期退学。King’s College London大学院文学研究科神学・宗教学専攻修士課程(MPhil)修了。日本キリスト教団塚口教会で副牧師を務めた後、1999年関西学院大学社会学部宗教主事。2022年より関西学院宗教総主事。著書『キリスト教で読み解く世界の映画―作品解説110』(共編著、2023)、『ことばの力―キリスト教史・神学・スピリチュアリティ』(共編著、2023)他。

運営元:関西学院 広報部

この記事が気になったら、
感想と共にシェアください

  • X(Twitter)
  • Facebook
  • LINE
  • URLをコピー