弱い刺激で鮮やかに変化! イノベーションの可能性を秘めた新たな物質「ソフトクリスタル」
“結晶”と聞くと、水晶やダイヤモンドのように硬く安定した物質、というイメージが強くありますが、その常識をくつがえすような結晶が近年、相次いで見出されています。結晶のなかでも、ある特徴をもつ一群を「ソフトクリスタル」とカテゴライズし、新しい学術分野として開拓してきた加藤昌子先生の研究室を訪れました。
Profile
加藤 昌子(KATO Masako)
関西学院大学生命環境学部教授、北海道大学名誉教授。博士(理学)。研究分野は「金属錯体の発光特性と構造化学特性の研究および光機能性開発」。岡崎国立共同研究機構分子科学研究所技官、奈良女子大学大学院人間文化研究科助教授、北海道大学大学院理学研究院教授、北海道大学Distinguished Professorなどを経て、2021年より現職。光化学協会Lectureship Award(2019年)、科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(2020年)、錯体化学会賞(2020年)などを受賞。新学術領域研究「ソフトクリスタル」領域代表者。科学技術振興機構CREST領域アドバイザー、SICORP「水素技術」研究主幹、ナノテク材料/グリーンイノベーション分野共通評価委員、米国化学会Inorganic Chemistry, Advisory Board Member、英国化学会Dalton Transactions, Chemical Society Reviews, Advisory Board Member、光化学協会会長など幅広い活動を展開。
この記事の要約
- 結晶=クリスタルとは、原子・分子のユニットが規則正しい三次元配列をなす固体のこと
- 室温付近での弱い刺激で構造が変わり、目に見える変化を起こすのがソフトクリスタル
- ソフトクリスタルの開発や新機能創出が、将来のイノベーションにつながる可能性もある
モノの性質は、原子が結合した分子の構造や集合状態によって現れる
今回取り上げるソフトクリスタルは、 “つつく”というような弱い刺激に反応して、色を発する、動くなどの変化を起こす結晶です。なぜそのような現象が起こるのでしょう? その秘密を理解するためには、まずクリスタル、つまり結晶の構造を知ることが必要だと加藤先生は言います。
「身の回りのあらゆるモノは、原子・分子からできています。もちろん結晶もです。結晶は専門的に説明すると『原子・分子のユニットが規則正しい三次元配列をなす固体』となります」
原子、分子……。学生時代の授業が脳裏によぎります。「原子は、陽子と中性子でできた原子核と、その周りを回る電子でできています。そして陽子と電子は1個の原子の中に同じ数が存在し、これらの数により原子の性質は異なっていきます」と加藤先生は続けます。
「この原子の性質の違いを区別するためにつけられた名前の総称が元素であり、その違いは陽子の数です。現状認定されている元素は118で、世の中のものはすべて元素記号の組み合わせで書き記すことができるのです」
陽子と電子の数を原子番号とし、元素を順番に並べたものが、学生時代に「水兵リーベ」の語呂合わせで暗記した「元素周期表」です。それぞれ陽子と電子の数は、H(水素)が1個、He(ヘリウム)が2個、Li(リチウム)が3個、Be(ベリリウム)が4個と増えていき、その分、重さも増していきます。なお、上の原子のモデル図は陽子が2個あるので、ヘリウムを表していることになります。
「水素ならH2、酸素ならO2と表されますが、それぞれ原子が2つ結合した状態です。このように原子は2つ以上が結合した分子の状態になって、物質として存在します。軽い分子なら標準状態では気体となっていますが、複数の原子が組み合わさっていくと水やアンモニア、メタンなどの分子が形成されて、ある一定の性質をもった物質となります。つまり原子が結合した分子の構造や集合状態によって、モノとしてのさまざまな性質が出てくるのです」
この「原子が結合した分子の構造・集合状態」が規則正しく、立体的に並ぶものが結晶ということですね。
「ちなみに、ガラスは結晶ではありません。原子・分子が不規則な状態で固まったもので、非晶質(アモルファス)と呼ばれています。かつて固体は結晶か非晶質の二つに大別されていましたが、そのどちらでもない“準結晶”が1984年に発表され、2011年のノーベル化学賞を受賞しました。準結晶は、三次元の繰り返しのような規則性はないのですが、モザイク模様のようなパターンがあるため、“第三の固体”といわれています」
弱い刺激で、光を発したり色が変わったりするソフトクリスタル
水が温度によって蒸気や氷になるように、物質は温度や圧力など、外界の環境によって気体、液体、固体と状態を変えていきます。「通常は、液体、ゲル、液晶、結晶と分子配列の秩序性が高まるにつれ、大まかには硬さも増していきます」と加藤先生。一般的に物質は秩序性が高まるほどに安定し、構造を変化させるための活性化エネルギーもより多く必要になってくるのだそうです。
では、結晶=クリスタルでありながら、柔らかい=ソフトと形容される「ソフトクリスタル」とは、いったい、どんなものなのでしょうか。
「こする、つつく、蒸気にさらす、光にさらす、軽く温めるなどといった、ごく弱い刺激で発光現象や光学特性、つまり光を発したり色が変わったりという変化が見てとれるものを、『ソフトクリスタル』と定義づけています。変化に可逆性があることも大きなポイントです。一度変化しても、その刺激がなくなるなどすれば元に戻るという、柔軟な構造変化が起きるものをソフトクリスタルと呼んでいるのです」
学術的に言えば、「結晶の三次元秩序構造を保ちながら、弱い刺激であっても容易に構造が変化し、その変化が“目に見える物性”として捉えられるもの」と表現するとのことですが、ではなぜ、そのような現象が起こるのでしょう。
物質は、原子・分子が集合し、結びつくことで成り立ちます。一口に結晶といっても、結合のしかたはさまざまです。分子の間に働く力を「分子間力」といいますが、ソフトクリスタルの多くは、弱い分子間力が効果的に働く「分子結晶」なのだそうです。
「塩の結晶などは、カッチリ結合していて硬い部類に入ります。これは陽イオンと陰イオンが規則正しく配列して結合している『イオン結晶』です。金属を形づくる『金属結晶』も、一般的に日常的な温度においては硬いハードクリスタルといえるでしょう。また、ダイヤモンドは炭素で構成されながら非常に硬いですよね。これは非金属原子が電子対を共有することで結合している『共有結合結晶』だからだと化学の世界では捉えます。一方、ソフトクリスタルは、分子の中のわずかな電荷の偏りや揺らぎによって引きつけ合ってできる『分子結晶』が主となり、柔軟な性質が現れます」
加藤先生が研究されているのは、ソフトクリスタルの中でも金属錯体をベースにしたもの。金属錯体とは、金属イオンと有機分子からなる複合体のことで、「金属と有機物の組み合わせによって変わる分子間の相互作用で、特徴的な構造や電子状態を示すのです」と言います。
「私が手がけたソフトクリスタルの一例として、集積発光性白金錯体が挙げられます。それ自体では発光もせず色もない白金錯体が、集まって結晶化すると赤く光ります。これは結晶の中で配列をとり、白金との間で積み重なった分子が、電子的に相互作用が出るぐらいの距離に来ると、赤い結晶ができてピカピカ光るのです。さらに水蒸気にさらすと黄色く変わり、乾かすと赤になるという二色性を示します。つまり、蒸気に応答し、リバーシブルに変わるわけです」
「ソフトクリスタル」という学術分野を開拓し、材料開発による新機能の創出をめざす
加藤先生がソフトクリスタルを発見したのは、偶然だったと言います。加藤先生は「きれいな結晶に感動しながら、真理を解き明かそうとしてきたことが研究の原点」だと振り返ります。
「ソフトクリスタルはつくろうとして、できたものではありません。もともとは発光性の白金錯体をつくろうと合成した結晶が、黒っぽい色で光らずじまい。ところが翌日、その結晶が赤くピカピカ光っていたんです。何が起こったのかと調べたところ、アセトニトリルやアルコールといった有機溶媒の蒸気と反応することで色が変化する、いわゆるベイポクロミズムが起こることがわかりました」
加藤先生は、ソフトクリスタルの物性変化がどのようにして起こるのか原理を解明し、体系化して学理を確立させようと、科学研究費補助金「新学術領域研究」を得て分野融合型の研究領域を2017年に設立。2019年にソフトクリスタルのコンセプト論文を発表し、化学分野、理論計算分野、数物分野、工学分野の研究者が密に連携・協力して研究を推進することで、「ソフトクリスタル」という新しい学術分野を開拓し、材料開発による新機能の創出をめざして研究を推進したと言います。
「当時の新学術領域研究の班長でもあった北海道大学の伊藤肇先生らが発表したソフトクリスタルには、擦ると発光色が青から黄色に変化する金錯体の結晶がありますが、現在では多くの報告例があるメカノクロミック発光(※)の走りです」
※こする、つぶすなどの物理的な刺激によって、発光する色が変わる現象
「また、横浜市立大学の教授、高見澤聡先生は、針で軽く押すと結晶がちょっとずれて変形しますが、離すとまるでバネのように元に戻るという超弾性現象を有機結晶として初めて発見されました。その後、超弾性・超塑性を示すさまざまなソフトクリスタルが報告されています」
ところで、気になるのは、今後ソフトクリスタルがどのように活用されていくか、ということ。化学的に生成された結晶の活用例には、1993年に実用化された青色発光ダイオード(LED)がありますが、「ソフトクリスタルの実用化や応用は、まだ模索段階」だと加藤先生は言います。
「たとえば、私が手掛けたソフトクリスタルのおおもとである『白金錯体』は、耐久性に優れていることから有機EL 発光色素として利用されているのですが、環境によって発光色が鋭敏に変わる『集積発光性の白金錯体』、つまりソフトクリスタルは、まだまだ研究段階です。しかし、近赤外発光材料としても注目され、環境センサーへの適用が期待されています。ゆくゆくは、発光性のソフトクリスタルを布地に織り込むことで電子デバイスを使わず鮮やかに光を発する舞台衣裳などにも応用できるかもしれませんね」
「パッと見で変化がわかり、『おもしろい!』と感じられることが、ソフトクリスタル研究の醍醐味」だと話す加藤先生。
「色が変わったときには、磁性や誘電性といった物性の変化も何かしら起こっているはずです。そのような特性を活用した材料開発も期待されます。ソフトクリスタルを生かした新機能の創出により、将来のイノベーションにつながる成果を引き出すことが、分野としての目標です。ただ、研究者は誰もがそうであるように、これまでも原動力になってきたのは、やはり『知りたい』という知的好奇心。不思議な現象に出会うとその理由を知りたくなるのが、今でも研究のモチベーションです」
取材対象:加藤 昌子(関西学院大学 生命環境学部環境応用化学科 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります