何のために生まれて、何をして生きるのか |聖書に聞く #34
森本 典子神学部 専任講師
関西学院のキリスト教関係教員が、聖書の一節を取り上げ、「真に豊かな人生」を生きるヒントをお届けします。
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残ります。その中で最も大いなるものは、愛です。
コリントの信徒への手紙一 13章13節
「何のために生まれて、何をして生きるのか」。
お気づきの方もあるかもしれませんが、これは、アンパンマンの主題歌の一節です。3、4歳の子どもが歌うにしては哲学的といえるかもしれません。
この歌を作詞したアンパンマンの作者やなせたかしさんは、1941年21歳で徴兵されました。中国で終戦を迎え、故郷の高知へと戻り、軍国主義から民主主義へと社会状況が変化した中でたいへん戸惑ったといいます。日本という国家の「正義」のために戦い、命を捧げることが正しいと信じていたやなせさんは、「正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義はある日突然逆転する。正義は信じがたい」という思想を持つに至ったと綴っています。
さらに「逆転しない正義は献身と愛だ」と考えるようになりました。やなせさんはこの「献身と愛」を「目の前で餓死しそうな人がいれば、その人に一片のパンを与えること」と説明します。そして、この思想がアンパンマンへとつながったそうです。冒頭の歌詞へのやなせさんなりの回答なのかもしれません。
それまで当たり前だ、正しいのだと教えられ、信じて進んできた道が実は間違っていたという経験は、人を戸惑わせるだけでなく、拠り所を失い、自身の存在意義を疑うきっかけにもなります。80年前に多くの日本人が経験したことでしょう。そこから、やなせさんは、ただ一つ間違いがないことが「愛」だと結論付けたのです。カトリックの神父・本田哲郎は、この「愛」を「人を大切にすること」と説明しています。「愛」という言葉より、「大切にする」のほうが、わかりやすく実践しやすいかもしれません。
アンパンマンを見ていると、「愛」は与えるだけではなく受けることも大切だということがわかります。ジャムおじさんがいつもアンパンマンの顔をつくり直してくれるからこそ、アンパンマンは自分の顔を困っている人に与えることができます。「人を大切にすること」すなわち「愛」の循環がここにあります。小さな「愛」かもしれませんが、大切な「愛」です。
誰かが私のために尽くし、私を大切な人として扱ってくれている。このような誰かから与えられる小さな「愛」を見つけることで、私たちは元気や勇気が出ます。そして、私たちも誰かのことを大切に思ったり、尽くそうと思ったりすることができるのでしょう。この小さな「愛」のやり取りにより、逆転しない正義は守られ、世の中が平和であり続けることができるのだと思うのです。
Profile
森本 典子(MORIMOTO Noriko)
神学部 専任講師。1963年生まれ。1986年関西学院大学神学部卒。釜ヶ崎ディアコニアセンター喜望の家職員、デンマーク国民教会教区教会ディーコンとして勤務。2015年同志社大学大学院神学研究科後期課程満期退学。2018年博士(神学)取得。2022年より関西学院大学神学部専任講師。専門はディアコニア(キリスト教の社会実践)。
運営元:関西学院 広報部