すべての電子機器に安心・安全を。IoT社会に不可欠な電磁ノイズ問題解消への挑戦

RESEARCH

すべての電子機器に安心・安全を。IoT社会に不可欠な電磁ノイズ問題解消への挑戦

私たちの暮らしを便利に、豊かにしてくれる電子機器。一方でそれらが「電磁ノイズ」と呼ばれる不要な電磁波を発生させ、他の電子機器に悪影響を与えることが、問題となっています。またIoT化が進むこれからの社会では、電磁ノイズの問題はますます大きくなることが予想されます。そうした問題の解決をめざし、環境電磁工学の研究者である野村勝也先生は、シミュレーション手法を応用することで、効率的な設計方法を生み出そうとしています。

Profile

野村 勝也(NOMURA Katsuya)

1985年、兵庫県生まれ。2010年京都大学大学院電気工学専攻修士課程修了。同年、(株)豊田中央研究所入社。電力変換回路におけるEMC設計技術に関する研究、パワーエレクトロニクス分野への構造最適化法の応用に関する研究に主に従事。その間、2017年から大阪大学大学院機械工学専攻博士後期課程に入学、2019年同課程修了。博士(工学)。2021年に関西学院大学工学部 電気電子応用工学課程へ就任。

この記事の要約

  • 業界によっては電磁ノイズの基準を満たしていない製品は販売できない国際ルールがある。
  • 電磁ノイズ対策は絶対的な技術はなく、さまざまな対策を組み合わせる必要がある。
  • 電磁ノイズ対策の部品設計の効率化のため、シミュレーション技術を活用した研究が進行。

大事故にもつながりかねない電磁ノイズの危険性

2023年の今、私たちの身の回りには、あふれるほどの電子機器が存在しています。スマートフォン、パソコン、タブレット、テレビなど、機器の多くに無線通信機能が搭載され、インターネットに常時つながることも当たり前となりました。IoT (Internet of Things)時代の到来です。そうした電子機器の進歩により生活が便利になる一方で、対策や設計の必要性が増しているのが「電磁ノイズ」の問題です。野村先生は、電磁ノイズが引き起こす電子機器のトラブルを、未然に防ぐ研究を進めています。

「電磁ノイズとは、簡単にいえば『電磁波の雑音』です。誰かと会話をしているときに、すぐ隣りの工事現場で大きな音を出すドリルを使い始めたら、うるさくて話が聞こえなくなりますよね。それと同じように、電子機器も必要のない電磁波の影響を受けて、誤動作が発生したり機能が止まってしまうことがあるのです」

飛行機に乗ると、離陸の前に必ず「携帯電話やスマートフォンなど、電波を発する機器のスイッチをお切りください」というアナウンスが流れます。それはスマートフォン等から発せられる電波が、電磁ノイズとなって航空機の電気系統に悪影響を与える可能性があるからです。実際に過去には、アメリカの原子力発電所で、職員が用いた無線通信機器から出た電磁ノイズが管制装置に影響を与え、原子炉が緊急停止する事故もあったといいます。

また身近なところでは、家の中でスマホやパソコンの使用中に電子レンジを使い始めると、通信が途切れてしまうことがよくあります。それは電子レンジが食べ物を温めるのに使用している電磁波と、スマホやパソコンでよく利用されている電磁波が、ほぼ同じ2.4GHz近くの周波数であるためです。電子レンジでは電磁波が人体に悪影響を及ぼさないように、金属の筐体(部品を収めた箱)で電磁波を遮断する設計になっていますが、それでもわずかに漏れ出てしまう電波が、スマホの電波に干渉してしまうのです。

それでは、電子機器が電磁ノイズの悪影響を受けないようにするには、どうすれば良いのでしょうか。野村先生は「あらかじめ電子機器の設計時点で、2つの視点をもつことが重要です」と語ります。

「1つ目は必要のない電磁波にさらされても影響を受け過ぎないこと、2つ目は必要のない電磁波を最初から出さないこと。すなわち電磁ノイズに対する『防御力』を高めるとともに、他の機器に対する『攻撃力』を下げることを、最初から考えた設計にすることが重要なのです」 そうした電磁ノイズ対策を想定した電子機器の設計のことを、「EMC」(Electro Magnetic Compatibility)、日本語では「電磁両立性」と呼びます。

EMC対策に追われる家電・自動車メーカー

「電磁ノイズの発生原因には、さまざまな理由があります。例えば自然界で起こる落雷も、電磁ノイズを引き起こして電子機器に影響を与えます。先程の電子レンジのように、使用にともなって回路から電磁波が漏れ出してしまうものもあれば、スマホのような電波を利用する機器が他の機器に影響を与えることもあります。また、エアコンなどの大きな電流を使用する電化製品には『パワー半導体』という電気を制御する半導体が組み込まれています。そのパワー半導体が電流をオン・オフする度に不要な電流や電磁波が発生し、それが電磁ノイズとなるケースもよく見られます」

現在では、家電などの電化製品や、パソコン、スマホ、自動車など、電子回路を実装した製品を設計する際には、そうした電磁ノイズの影響を受けないように「EMC」を考慮することが必須となっている、と野村先生は説明します。

「自動車について言えば、もし電磁ノイズの影響で安全に関わる装置の稼働にトラブルが起これば、大きな事故にもつながりかねません。そのため電磁ノイズに関して一定の基準を満たしていない製品は、販売してはいけないというのが現在では国際的なルールになっています」

近い将来、交通手段としての自動車は、ガソリンに代わって電気でモーターを回転させて動く電気自動車が主流となることは確実です。電気自動車にはガソリン自動車よりもはるかに多くの電子回路が組み込まれ、大出力のパワー半導体が多数搭載されることから、電磁ノイズが発生する可能性も大きく高まります。そのため、自動車の設計におけるEMC対策の重要性が増しているのです。

「万が一、EMC性能が不十分なままの自動車を市場で販売してしまったら、大規模なリコールにもつながります。自動車の電動化や高性能化によって電磁ノイズの発生箇所や発生量はますます増えていることから、各自動車メーカーは現在、本腰を入れてEMC性能を高めるための努力を進めています」

さらに近年では、あらゆるモノが無線でネットにつながる「IoT社会」が身近なものになってきたことも、電磁ノイズ対策の重要性を後押ししています。これからの社会で安全、安心に電子機器を使用するためには、野村先生の研究する「EMC」のさらなる推進が欠かせないのです。

トポロジー最適化をEMC設計に応用

そうした状況の中、具体的に企業はどのようなアプローチで電磁ノイズ対策に取り組んでいるのでしょうか。野村先生によれば、「電磁ノイズ対策は、『これをやれば確実に防げる』という絶対的な技術がいまのところありません。そのためどのメーカーも、効果があると思われるさまざまな対策を組み合わせ、基準に合格するまで何度も試験を行いながら製品開発を進めているのが現実です」

そうした悪く言えば「下手な鉄砲も数撃てば当たる」という開発手法は、手間と時間がかかるのが大きな問題です。そこで野村先生が以前に所属していた、自動車関連の技術を中心に研究する豊田中央研究所では、コンピュータを用いたシミュレーション技術によって、より効率的にEMCを実現できる設計手法の開発を進めてきました。野村先生が豊田中央研究所の時代に始めて、関西学院大学に赴任してからも進めているのが、「トポロジー最適化」と呼ばれる技術を、EMC設計に応用する研究です。 「トポロジー最適化は1980年代に建築物や機械部品などの構造設計分野で提案された方法で、簡単にいえば、『与えられた空間の中で、強度などの必要な性能を満たす構造を、計算によって設計する』手法のことを指します。大ざっぱに設計した構造から、高性能で機能を十分に果たす構造をコンピュータ・シミュレーションを活用して得ることができます。得られた構造を削り出しや3Dプリンタによる積層で製造することもできます。近年では、航空機や宇宙ロケットなどの、できるだけ軽くて丈夫な構造にしたい機械の部品開発・設計などに、広く活用されています」

初期形状の部品(上)と、トポロジー最適化を用いた部品(下)の設計イメージ

「トポロジー最適化は、力学的に最適な構造を設計するために考案され、応用が進んでいる分野ですが、じつはEMC設計で考えなければならない電磁気現象や、効率の良い熱伝導設計などにも応用することが可能です。電磁ノイズを発生しにくい、あるいは影響を受けない回路の構造を、あらかじめトポロジー最適化を利用してシミュレーションすることで、実際のモノづくりに入る前に効率よくEMC性能を考えた設計ができると考えています」

そうした大きな可能性を秘めているトポロジー最適化のEMC設計への応用ですが、「まだ研究は新しい種を作って撒いたばかりの段階で、どういう芽が出てくるか、どんな作物が育つかはこれからです」と野村先生は言います。トポロジー最適化のEMC応用研究を行っている研究者も世界に数えるほどしか存在せず、手つかずの研究領域が広大に存在する状況です。

電子機器の多くがつながる未来に向けて

研究を続けるなかで、トポロジー最適化によって回路のEMC性能を高められることはわかってきましたが、次の大きな課題は「基礎検討用の単純な回路ではなく、実際の製品のような複雑な回路の設計でも使えるような方法に育て上げてゆくこと」だと野村先生は言います。

「実際の電子機器の開発では、狭いスペースに多数の部品が詰め込まれた複雑な回路を扱います。またEMC性能だけでなく、機器の発熱などの問題も考慮して、回路を設計する必要があります。複雑な製品を効率良く設計できるように、開発者を支援するための方法を実現することがこれからの目標です」

近い未来、私たちの社会における電化製品や電気自動車などのハードウェアは、「単体で存在するのではなく、それらすべてがつながって、より少ない電力損失で、より便利な機能を発揮するようになる」と野村先生は予想します。

「電気自動車であれば、搭載された大型の蓄電池が、駐車しているときは電力網の一部となって、家庭に電力を供給したり余剰電力を使って蓄電するようになっていくでしょう。そうした未来の実現に、私が研究しているEMC設計技術が貢献できれば、とても嬉しいですね」

目に見えず音もしない存在ながら、私たちの身の回りを飛び交い、ときに大きな問題も起こす電磁ノイズ。その不可視の「雑音」をとりのぞき、より快適に人々が暮らせる社会を実現するために、野村先生は研究を進めていきます。

取材対象:野村 勝也(関西学院大学工学部 電気電子応用工学課程 講師)
ライター:大越 裕
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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