「勝つ」よりもまず、競争自体を問い直してみる|学問への誘い #7
貴戸 理恵社会学部 教授
世の中には多くの学問分野があります。研究者はどこに魅力を感じてその分野を専門とし、研究するようになったのでしょうか。関西学院の研究者に聞いたところ、専門分野との出会いや、研究のおもしろさを語ってくれました。その言葉に耳を傾けると、新たな世界が広がるかもしれません。
私のテーマは「不登校の<その後>研究」です。テーマと出会ったきっかけは、私自身が小学校1年から6年まで学校に行かず家で過ごしたことでした。
1980年代当時、不登校は子どもや養育者の異常な性格傾向の問題だとされていました。学校の対応は「とにかく登校させる」というもので、不登校では将来社会に出ていけない、とする認識が強くありました。他方で、学校外で学び育ちの場がつくられ始め、「不登校は子どもの選択」「不登校でも社会に出ていける」とする不登校・フリースクール運動の考え方が出てきた頃でもあり、私はこれに救われました。
しかし、2000年代になり若者雇用の劣化が進み、進路は多様化しました。「学校に行っていても、安定した雇用に就けるとは限らない」という見通しの悪い世の中になり、不登校の中でも進学・就職して社会に出ていく人と、無業やひきこもりの状態で過ごす人との間の格差が目に見えるようになりました。
私自身は、不登校後に大学院まで進学して教員になりました。でも、「不登校でも良い仕事に就ける、競争に勝てる」という話にしてしまっていいのか、と強く疑問に思いました。不登校・フリースクール運動の根底にあるのは、社会からこぼれ落ちたと見なされる人に寄り添いながら、社会の基準を問い直すこと。ひきこもりや無業など生きづらさを抱える人が、ありのままで社会とつながるにはどうしたらよいかと考えたのが、「不登校の<その後>研究」のスタートです。
現代では、競争社会を勝ち残るために、子どもに早いうちから将来役に立つ習い事をさせたり、義務教育段階から受験させる親の態度は稀ではありません。ハワイ大学名誉教授であるハーゲン・クーのノンフィクション『特権と不安──グローバル資本主義と韓国の中間階層』(岩波書店)は、競争に勝ち抜いて得た特権を失わないようにと、韓国の特権中産層が子どもたちにさまざまな教育投資をする話ですが、日本にもそういう層はいるでしょう。私は大阪で10年以上、生きづらさを抱える人たちと一緒に当事者研究会をやっていますが、幼い頃から親の期待を背負わされた人が、有名な高校や大学に入学した後で、まるで自分の人生を取り戻すようにひきこもっていくケースは珍しくありません。大切なのは人とつながりながら自分の人生を生きることなのに、将来のリスク管理が一番になっている子育てに疑問を感じます。
みんなが勝者になれる競争はありません。「こぼれ落ちたら終わり」と考えるのではなく、競争に乗らない・乗れない人びとと共に、このような社会でよいのかと問い直す営みが必要だと思います。
Profile
貴戸 理恵(KIDO RIE)
関西学院大学社会学部教授。博士(アジア研究)。2009年4月に関西学院大学社会学部准教授着任、2023年4月より現職。現代日本社会における学校・仕事をめぐる子ども・若者の「生きづらさ」を、質的調査(インタビュー)から明らかにしている。著書に『「生きづらさ」を聴く 不登校・ひきこもりと当事者研究のエスノグラフィ』(日本評論社)、『個人的なことは社会的なこと』(青土社)、『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)などがある。
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