洋上風力発電の電力を半導体で陸地に送電。日本の電力を賄う未来|暮らしのムダをなくす #2

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洋上風力発電の電力を半導体で陸地に送電。日本の電力を賄う未来|暮らしのムダをなくす #2

私たちは、実は膨大なムダに囲まれて暮らしています。そんなムダの解決に取り組む研究シリーズ、第2回でご紹介するのは半導体の研究者、葛原正明先生です。地球上に大量にあるのに、あまり活用されず放置されているエネルギーの一つが風力です。普及しつつあるとはいえ、陸上での大規模な風力発電には騒音問題がつきまといます。そこで注目されているのが洋上風力発電、それも領海(海岸線から22キロメートルの海域)ではなく370キロメートルまで広がるEEZ(排他的経済水域)での発電です。ただし問題は、発電した電気をどうやって陸地に送るのか。海上で大規模な発電を行い、無線で送電するプロジェクトに携わる葛原先生に、その将来性と今後の課題などを語ってもらいました。

Profile

葛原 正明(KUZUHARA Masaaki)

関西学院大学 工学部 電気電子応用工学課程 教授。1979年京都大学工学部電気工学科卒業、1981年京都大学大学院工学研究科電気工学専攻修了、1991年同工学博士取得。1981年よりNEC研究所に勤務、この間1987~1988年には米イリノイ大学客員研究員を務める。2004年より福井大学大学院工学研究科教授。2020年4月より現職。2002年市村産業賞受賞。2016年福井県科学学術大賞受賞。応用物理学会フェロー、IEEEフェロー。専門は電子デバイス工学。

この記事の要約

  • 窒化物半導体には、大電力を無線送電できるポテンシャルがある。
  • 日本のエネルギー問題を解決できる洋上風力発電プロジェクトが動き出している。
  • 洋上風力発電と海上インバースダムを組み合わせ、電力を安定供給する。

知られざる現代社会の縁の下の力持ち、窒化物半導体

半導体はコンピュータやスマートフォンはもとより、身近な家電や自動車などから大規模なインフラに至るまで、あらゆる電気製品を動作させるために必要不可欠な部品です。またスマートフォンと基地局間の通信などデータの送受信にも半導体は欠かせません。

「かつて半導体の製造技術は、日本のお家芸とされていました。ところがいつの間にか韓国や台湾のメーカーに追い越されるばかりか、今やかなり引き離されています。この現状を覆すために、次世代の半導体製造をめざす国策の新会社が2022年に設立されました。簡単にはいかないでしょうが、ぜひがんばってほしいですね」と、自らもかつては電機メーカーで半導体の研究者を務めていた葛原先生はエールを送ります。

半導体を使った集積回路の性能は、限られたスペースに半導体をどれだけ集積できるかにかかっています。集積化のカギとなるのが回路の線幅であり、線幅を微細化するほど半導体を小さくできます。つまり同じスペースなら多く集積できることになります。現在の最先端レベルは、スマホなどに使われているもので、その線幅は10ナノ(ナノ=10億分の1)メートル以下です。ただし台湾と韓国のメーカーは、すでに3ナノメートルの量産技術を開発済みで、そう遠くないうちに3ナノメートル以下の最先端製品も登場するだろうとみられています。線幅を微細化できれば、同じ面積により多くの半導体回路を集積でき、それだけ性能を高められます。

「半導体開発では微細化のほかにもう一つ、重要な要素があります。それは素材です。使う素材により半導体の性能は大きく変わるのです。いま最先端を走っていて最も多く使われているのがシリコンです。これに対して私が研究に取り組んできたのが窒化物半導体、具体的には窒化ガリウム(GaN)製の半導体です」

窒化ガリウム製の半導体

シリコンは原材料が豊富にあり、大口径化が進んで安価であるというたくさんのメリットがあります。その反面、高い電圧をかけると壊れやすく、高い周波数の電波を遠くまで飛ばせないなどの欠点もあります。また、シリコン半導体の省エネ性能を高めるために新しい半導体が開発されてきました。その代表例が、炭化ケイ素(SiC)と窒化ガリウムだと葛原先生。窒化ガリウムについては照明用途で使われるLED(発光ダイオード)の材料としての実用化が先行しました。高輝度の青色LEDの発明に対しては、名古屋大学の天野浩教授らが2014年にノーベル物理学賞を受賞しています。

「コンピュータやスマホにはシリコン半導体が使われています。一方で、私が関わっている窒化ガリウムは、携帯電話の基地局やパソコンの電源アダプターなどに使われてきました。窒化ガリウム半導体には、高電圧でも安定で壊れにくい性質に加えて、高速動作に優れているというユニークな性質があります。このため、高い周波数の電気信号を高効率かつ高出力に出力でき、携帯電話基地局の小型化と省エネ化に大きく貢献しています」

目立たないながらも社会を支えてきた窒化物半導体ですが、その可能性をフルに活かすためには、さらなる飛躍が必要だと葛原先生は語ります。

窒化物半導体を送電に応用する

「半導体集積回路の分野では、既にシリコンが主導権を握っています。携帯電話の基地局用途についても、基地局そのものの小型化が進み、街中のいたるところに設置されるようになれば、以前ほどの高出力は必要なくなります。すると、これもシリコン製に置き換えられるかもしれません。そうなったとき窒化ガリウムは、どこに活路を見い出せばよいか」

シリコンには決して実現できない領域、窒化ガリウムにしか発揮できない性能は何か。回路の微細化による集積回路の性能向上ではなく、別の用途で勝負してはどうか。そう考えたときに、浮かび上がってきたのが電力送電です。

電力送電、それも電波を使って電力をワイヤレスで伝える送電方式です。実際、スマホの充電では既にワイヤレス給電が実用化されています。ただ現状のシステムでは、数mmから数cmの短い距離にワイヤレスで電力を送るだけです。けれども窒化ガリウム半導体の高電圧動作を活用すれば、ギガヘルツ帯のマイクロ波を用いて大きな電力を送電できるのです。ただし理論的に可能とはいえ、実現するまでにはいくつものハードルを乗り越えなければなりません。

無線電力伝送による長距離送電システムの研究は、世界的にもまだ始まったばかりです。2022年6月に米国の研究所が、1.5kWの電力を1.5km離れた地点まで無線で送電するのに成功したとニュースになりました。これが現時点での世界記録です。1.5kWといえば、家庭用の電子レンジの出力が500Wから1kWぐらいですから、電力送電としてはまだ規模は小さいです。とはいえ、その電波が人に直接あたったりすると、とても危険です。

仮に、電子レンジ10万台分に相当する10万kWクラスの大容量電力を、たとえリスクを最低限に抑えて送るとしても、その送電ルートに陸上は使いにくいのが現状です。であれば、風力に恵まれている海上で大規模に風力発電し、その電力を洋上で有効に蓄積しつつ無線送電してはどうか。これが実現できたら、進まない再生可能エネルギーの弱点を解決し、国家安全保障にも関わる日本のエネルギー自給率を向上することができるはず。そのためには、広大なEEZ(排他的経済水域)で大規模な洋上風力発電を行い、再生可能エネルギーの蓄電と送電を自在に制御できる洋上エネルギープラットフォームが必要になります。このような、洋上の再生エネルギー戦略を実現するための研究開発プロジェクトが、文理融合的かつ産官学連携の下で進んでいます。

海上で大規模発電し、無線で送電する近未来予想図

2014年10月に、一般社団法人海洋インバースダム協会が設立されました(会長:石川容平氏、1970年 本学理学部物理学科卒)。同協会は大規模な洋上風力発電を行い、その電力を海洋インバースダムと呼ばれる蓄電技術とマイクロ波による電力伝送技術を活用して、陸まで送電するシステムづくりをめざしています。この壮大なプロジェクトに葛原先生は半導体部門のメンバーとして参加するほか、関西学院大学も法人会員として参加しています。日本は国土そのものは狭いながらも、領海とEEZまでを合わせた総面積は世界で6番目の広さです。この広大なEEZ内に巨大な洋上風力発電機をいくつも設置して大量に発電し、その大電力を無線で送るのです。 「特に太平洋側には広大なEEZが広がっているので、その中から条件の良い場所を選び、洋上を吹き渡る強い風を利用して発電する大規模な風力発電所をいくつもつくります。そこで発電した電力を、大容量伝送できるマイクロ波を使って、領海内につくった受電基地まで無線送電するのです。そこから先は電気タンカーで陸まで運びます。ただしEEZ内での風力発電は世界でも前例のない取り組みです。法令を整備する必要もあり、そのための活動を既に始めています」

洋上風力発電プロジェクトのイメージ図。海洋インバースダム協会Webサイトより引用

洋上風力発電所からの送電を実現するためには、ほかにもさまざまな課題を解決する必要があると、葛原先生は語ります。まず風力発電機を洋上に設置するための浮体式の土台を数多くEEZ内につくらなければなりません。風が吹いても波が押し寄せてもじっと静止し続ける船のような土台です。 また風力発電の発電量は風に大きく左右されるため、そのままでは送電量も変動して非効率です。効率的な送電のためには、発電した電気をいったん蓄電して無線送電の出力を一定に保つ必要があります。そのための仕組みが海洋インバースダムです。 「海洋インバースダムとは、わかりやすくいえば海中につくる水力発電所です。通常の水力発電所は、川をせき止めて流れ落ちる水の力を使って発電機を回します。一方、海洋インバースダムでは、まず風力発電による電力を使って海中につくった貯水槽から海水を排水します。さらに、今度はこの貯水槽に海水が満水するときに、水が貯水槽に入り込む運動エネルギーを使って発電機を回し発電します。発電は随時行えるので必要時に安定した送電ができます。計画では2050年に面積2平方kmのダムを、EEZ内に100個つくる予定です。これだけあれば、約6600万世帯の年間消費電力をまかなえます」

日本がアジア各国のエネルギー問題を解決する未来

プロジェクトのなかで、葛原先生の専門である窒化ガリウム半導体は、どこで活用されるのでしょうか。「構想をまとめると、まずEEZ内に巨大な洋上風力発電基地をつくり、発電した電力を同じく巨大な海洋インバースダムにいったん蓄電する。その上で窒化物半導体を使った無線電力伝送により領海付近にまで電力を送り、そこからは電力タンカー、つまり電気運搬専用のタンカーで陸地まで運びます。電力タンカーの建造は、自然エネルギーの普及実現をめざす民間企業でも進められています。ただし、1.5kWの電力を1.5km送電したのが世界記録という無線送電技術が象徴するように、いずれの技術もまだ理想には遠いレベルです。本格的な洋上風力発電とその無線送電を実現するまでには、まだ20~30年がかかるかもしれません。といえば、ほとんど夢物語のように思われるでしょう。けれども、必要な技術を一つひとつ見ていくと、いずれも要素技術そのものの研究はかなり進んでおり、あとはスケールアップが課題となっているのがわかります」

仮に大容量の電力を無線送電できる窒化物半導体の開発が進み、葛原先生が思い描く未来像が実現すれば、何が起こるのでしょうか。たとえば現状の日本のエネルギー自給率は、わずか12~13%程度にとどまります。これはOECD加盟国の中で下から3番目です。けれども洋上風力発電が実現すれば、日本はエネルギー自給に関する問題から解放されます。

「エネルギー自給は日本だけの問題ではありません。化石燃料を自国で産出できないアジア諸国にとっても、国の将来を左右する問題です。洋上風力発電から無線送電までのシステムを日本が構築し、その技術を各国に提供できるようになれば、アジア諸国のエネルギー問題を日本の技術によって解決できるようになるのです」

エネルギーといえば輸入に頼るもの、これが日本の常識でした。ところがこの常識が180度くつがえり、日本が他国のエネルギー問題を解決してあげる側のポジションに立てるかもしれないのです。

「この構想で使えるほどの大容量送電ができる半導体は、窒化物半導体だけです。日本だけにとどまらずエネルギー自給に苦しむ世界各国の問題を解決できれば、地球の未来像を変えられる。そんな展望のもとに、日々研究に勤しんでいます」

取材対象:葛原 正明(関西学院大学工学部 電気電子応用工学課程 教授)
ライター:竹林 篤実
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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