今やリタイア後の選択肢ではない!? 移住・移民研究の専門家に問う、ライフスタイルとしての「海外移住」

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今やリタイア後の選択肢ではない!? 移住・移民研究の専門家に問う、ライフスタイルとしての「海外移住」

リタイア世代だけでなく、現役世代のなかにも、海外移住を夢見る人は多くいます。近年では、ごく一般的なファミリー層でも、暮らしの拠点を日本から海外に移す人が増えているそうです。実際に海外移住するとは、どういうことで、どんな魅力や課題があるのでしょうか。移住や移民を研究テーマとし、オーストラリアでの長期滞在経験もある長友淳先生に訊ねました。

Profile

長友 淳(NAGATOMO Jun)

関西学院大学 国際学部 教授。電力会社勤務を経て、文学修士(国際文化)、社会学博士(Ph.D./クイーンズランド大学大学院)を取得。2010年に関西学院大学に着任。2018年より現職。主な研究テーマは、現代オーストラリアへの日本人移住者の移住プロセスおよび定住プロセス、ライフスタイル価値観の変化と移住のつながり、島根県隠岐郡海士町をはじめとするIターン移住、など。主な著書に、『日本社会を「逃れる」―オーストラリアへのライフスタイル移住』(彩流社)、『グローバル化時代の文化・社会を学ぶ――文化人類学/社会学の新しい基礎教養』(世界思想社)など。

この記事の要約

  • “立身出世”から“自己実現”への価値観の転換とともに、移住の質も変わった。
  • 価値観の転換による国内の「ライフスタイル移住」は、今後も続くと見られる。
  • 自分の本質に目を向けることが、移住においても人生設計においても大切。

国際結婚以外で永住ビザを取得することも、戦略的に動けば実現可能。

一口に「移住」と言っても、何をもってそう呼ぶのか。滞在型の長期旅行とは、どう違うのでしょう。「実は『移住』の定義は曖昧で、研究者によって捉え方が違う」と長友先生は解説します。

「移住者を表すmigrantsは、migrate=移動して、そこに暮らす者を指します。この広い意味でいえば、現地の永住ビザをもつ永住者だけでなく、学生ビザやワーキングホリデービザ、ビジネスビザなど3ヵ月以上のビザをもつ長期滞在者も、海外移住者と見ることもできます。3ヵ月以内ではさすがに移住とは言えませんが、3ヵ月有効な観光ビザを使って、年に何度も長期滞在を繰り返せば、もはや観光ではなく複数拠点居住となり、移住の一種とも言えるでしょう。コロナ禍で二拠点居住やリモートワークも注目されるなか、明確な区分は難しくなってきています」

長期滞在をする際は、それぞれの目的に応じたビザを取得しますが、永住ビザの場合、まずイメージするのが国際結婚です。それ以外に、どんな取得方法があり、それは誰もが取れるものなのでしょうか。あらためて考えると知らないことばかりです。

「国際結婚以外でも、条件を満たすことで永住ビザを取得することができますが、制度や条件は国によってさまざまです。僕が研究の専門としているオーストラリアやニュージーランドでは、永住ビザを獲得したい場合、『独立技術永住ビザ』を取得するのが一般的です。これは職務経験や学歴、年齢や英語力などをポイント化して、一定の点数以上になると永住権を取得できるというものです。そのための職業リストが毎年更新されており、労働市場で足りていない職種ほどポイントが高く設定されています。僕はのべ6年ほどオーストラリアに住んでいましたが、移民が多様な職に就いており、医師から配管工まで全ての職種で移民が働いています。日本人の間でも、ポイントの高い職種に就くために家具職人や美容師、パティシエなどの専門学校に通っている人も結構いました。戦略的にポイントの高い職種に就くために専門学校へ通う人もいて、戦略的に動けば永住ビザの獲得はそこまで難しくありません」

オーストラリア社会で家族をもって人口を増やせることもポイントになるので、年齢のポイントは若いほど高くなるのだとか。この永住のためのポイント制は特殊な事例というわけではなく、「あまり知られていませんが、日本も実はポイント制を持っている」と長友先生は教えてくれます。

「とはいえ日本は、超エリートを入れるためのシステムになっていて、このシステムがうまく機能しているとは言いがたい。カナダやオーストラリア、ニュージーランドは、ポイント制の成功モデルだと言えるでしょう。かつてのオーストラリアは、人種で移民を選ぶ白豪主義社会でしたが、70年代に多文化主義に転換してからは、技術で移民を選ぶようになりました。多文化主義政策を導入した際、移民省と労働省を合併し、労働市場の穴を埋める存在として移民を位置づけたんです。結果的に90年代はアジア系の移民がとても増え、地元の反感を買う社会問題が起こったんですが、今は完全になじんでいます。彼らが経済的に貢献していることは明らかですし、現在は移民とともに働くのが当たり前の環境下で育ってきた人たちが、社会の担い手になっていますからね」

「オーストラリアの永住ビザ取得はそう難しくはない」と長友先生

海外移住先で問われるのは、語学力よりもパーソナリティの部分。

漠然と憧れを抱く人も多いであろう海外移住。実際、どんな魅力があるのでしょうか。オーストラリアに関して言えば、「ワークライフバランスの良さ」が大きなポイントになっていると長友先生は振り返ります。

「本当にみんな早く帰るんですよ。オージー(オーストラリア人)は怠け者のイメージがあるかもしれませんが、実はそうじゃなく、朝は7時半ぐらいから仕事をして、15~16時には家に帰り、夕方には近所からBBQのにおいが漂ってくるんです。それってすごく良くないですか。僕の子どもが通っていた小学校では、先生も子どもと同じく15時で帰る。それぞれが自分の時間を楽しんでいる、生活の豊かな社会だと感じました」

オーストラリアでは、どの公園にも無料のBBQ台やシェード付の遊び場がある

社会保障が手厚いオーストラリアでは、永住権があればパートタイムの給与でも生活は十分に可能とのこと。では実際に、海外移住するうえで注意すべき点はどんなところにあるのかも気になります。

「現地在住の日本人との付き合いを避ける人がいますが、気が合う人とはしっかり付き合うべきです。若者の場合は気負いで距離を置くんでしょうけど、海外生活はトラブルも多く、気持ちが沈むこともある。そういったときに母国語で相談できる人がいるのは非常に大きいです。僕自身も最初に住んだ場所では、2軒隣の日本人家族に本当に救われました。あとは英語への姿勢です。第二言語はいくら堪能になっても、一生、第二言語です。開き直るのが必要だと思います。現地の人は、我々の英語がペラペラかどうかなんて気にしません。むしろ笑顔でコミュニケーションがとれるかとか、パーソナリティの部分を見ていますから」

確かに私たちも日本に住んでいる外国人の日本語力なんて気にしないはず。一方で「パーソナリティの部分を見ている」という言葉にドキリとします。長友先生によれば、「フィールドワークで日本人の移住者を見てきましたが、日本時代のことを引きずっている人が結構多い」とのこと。

「自分は日本でこういう会社に勤めてきた、こういうプロジェクトに携わってきたと、自慢げに話す人も少なくないんですが、オーストラリア人には全然響きません。日本の企業社会にどっぷり浸かった人は、そういうくせがあるから気をつけるべきです。むしろ彼らは、ラグビーの話ができるか、日本の釣りを紹介できるか、ビールを呑みながら人生の深い話ができるかといった、人の本質を見てますからね」

移住者の傾向は、リタイア世代の準富裕層から子育て世代の中間層に。

昨年秋のデータでは、日本国籍で海外に居住している人は134万人もいるとのこと。国別では、アメリカが約32%、中国が約8%と、両国でおよそ4割を占めています。3位以降は、オーストラリア、タイ、カナダと続くのだそうです。

「アメリカは永住者だけでなく長期滞在ビザで暮らすビジネスマンも多いんですが、中国は圧倒的にビジネスマン。オーストラリアは永住者とビジネスに限らない長期滞在者が、10万人近く暮らします。長年、微増傾向だった日本からの海外移住者は、コロナ禍によって1~2%ほど減少しました。しかし減っているのは全体の約6割を占める長期滞在者、つまりビジネスマン、ワーキングホリデー、留学生などの層であり、永住者はこれまで通り微増しています」

外務省「海外在留邦人数調査統計(令和4年版)」をもとに作成(令和2年、3年は新型コロナウイルスの影響により減少)

永住者の微増は、国際結婚によるビザの取得が主な要因だと見られます。その多くが女性で、そもそも国際結婚のきっかけともなるワーホリや留学に出るのも男性より女性が多いのだとか。オーストラリアの場合、「日本の永住者、長期滞在者、いずれも65%が女性」なのだと長友先生は説明します。このような近年の傾向を「移民の女性化」と呼ばれています。では、これ以外にどのような傾向があるのでしょう。また、時代とともに移住の傾向は変ってきたのでしょうか。長友先生に教えてもらいました。

「戦前にハワイやオーストラリアに渡った人たちは、経済的に一旗揚げてやろうという、いわゆる経済移民でした。しかし戦後、日本国内の労働市場の需要が大きくなり、その数は激減していきます。そこから高度経済成長期を経て、バブル景気の80年代後半から90年代頭には、富裕層とまでいかずとも、50~60代である程度豊かな人たちが、オーストラリアなどへのリタイアメント移住をする人が増えました。その後さらに転換を遂げたのは、90年代半ばです。30~40代の子育て世代で移住する層が増えてきたのです。社会階層としては中の中。ごく一般的な家庭の人たちです」

転換のあった理由の一つは、バブル崩壊によりリタイアメント移住を諦める人が増えたから。これは想像に難くないのですが、より大きな側面として「価値観の変容」があると長友先生は分析します。

「バブル崩壊に伴い、一つの会社にしがみついて生きていく価値観が機能しなくなり、自分らしい生き方をしようという動きが顕著に表れてきました。いい大学を出ていい会社に入れば、そこに安泰の人生があるわけじゃなく、自分がやったことに対して成果が見える仕事に価値を感じる人が増えてきています。“立身出世の価値観”から“自己実現への価値観”に転換されたとも言えるでしょう。自分の人生を豊かにしたい、子どもの教育を海外でのびのびやりたいといった、経済的な目的以外の要因で移住する『ライフスタイル移住』が中間層で増えている。その一部がオーストラリアなど海外への移住となり、また一部では日本国内でのIターン移住や二拠点居住へとつながっています」

人生の一部でしかない仕事以外の部分に、人生の軸を見つけられるか。

コロナ禍により海外へと出にくくなった一方で、日本国内のIターン移住、二拠点居住は盛り上がりを見せています。価値観の転換による「ライフスタイル移住」は、今後も続くであろうというのが長友先生の見解です。

「インタビュー調査を行ったところ、海外移住者と国内移住者のマインドは近くて、生き方の多様化、都市から地方への回帰といった変化が、コロナ禍でより顕在化してきたことがわかりました。競争に勝ち抜く、実績をあげて利益を生むといった大都市の価値観が見直されつつあり、いかに自分の人生を豊かにするかに軸を置く価値観が一般的になってきています」

会社など属している組織名や肩書きを抜いたところに、自分の本質を持てているか。長友先生身が大事にしているのは、仕事以外の自分を見つめ直すことだといいます。

「僕は常々、『仕事を辞めたら、ただのおじさん』だと考えています。毎週、足を運ぶ釣り場で地元のおじさんたちと語らうのに、仕事の肩書きなんてまったく意味を成しませんからね。

就職活動を控えた学生たちにも、いつも『人生の軸を探そう』と言っています。彼らは志望先を業界や会社名などイメージで決めがちですが、いざ働き始めると生活の部分が重要だとわかってきますよね。仕事は自分の人生の一部でしかない。オーストラリア人が持つこの価値観に、僕自身も影響を受けました」

仕事にやりがいをもち、仕事を通じて自己実現をするのも大切なことです。ただ、退職したらどうなるのかを考えると、モヤがかかってしまうもの。「三十代、四十代から仕事以外の自分を考えておくと、リタイアメント後のショックもなくなるんじゃないでしょうか」と長友先生。自分の本質を見つめ直すにあたり、これまで特別視していた海外移住も、より良いライフスタイルを送るための選択肢として捉えてもいいのでは……と、視界が開けた気がします。

長友先生にとって釣りは、人生を豊かにする大切な時間

取材対象:長友 淳(関西学院大学国際学部 教授)
ライター:三浦 彩
運営元:関西学院 広報部
※掲載内容は取材当時のものとなります

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